「お、お前ら何やってんだよ! 早く俺たちを守れ!」
「安全なところまで離脱させてくれぇ!」
ただ守られているだけの矮小な存在に対し、流石に飛彩たちにも苛立ちが走った。
足手まといがいなければもう少し攻め手に回れるのに、と。
「飛彩……俺と蘭華をあのヒーローたちのところへ運んでくれ」
「何する気だ?」
「良いか? カクリの世界展開はヒーローの力を通せない、だからいっそのこと連中の世界展開装置をここにおいて脱出させる」
「飛彩やカクリみたいに身体と合体してないから出来るってわけね……いいわね、私たちは一旦退いた方が邪魔にならないと思うし」
そう賛同する蘭華だが、狙撃銃のグリップを音が出るほどに強く握りしめていた。
この場所は世界展開できない存在に対してあまりにも酷な現実を突きつけている。
「……そうだな、少なくともお前らは安全なところまで下がった方が良さそうだ」
「カクリ、メイ聞こえるか? ……二人とも? どうした、聞こえないのか?」
不穏になっていく会話。そもそもカクリの能力を発揮出来なければこの作戦は無意味も同然なのだ。
「まずい、やつの展開力が強すぎるからか通信が遮断されている」
「リージェの時と同じ状況か……仕方ねぇ。俺たちで引き付ける間に自力で脱出してもらうしかねぇぞ」
「残ってるヴィランの反応もないわ。司令官、そうするしかなさそうよ」
「……すまんな飛彩」
「どうしたよ改まって」
「いつもお前に苦難ばかり強いている」
「はっ、やっと自覚が芽生えてきたか? だけどよ、ヒーローを守るヒーロー名乗ってんだ。これくらい出来なきゃどうしようもねぇだろ!」
もはや離れ過ぎた実力差に、相手の底が見えずに絶望することすらできない。故に飛彩は無謀かもしれないが蛮勇を振るうことが出来たのだろう。
「テメェをぶっ潰して、全部終わらせてやる!」
「力比べか? まあ、いいだろう」
左腕にヴィランを支配する展開力を込め、矢の如く飛彩は駆け出した。
未だに長いマントをたなびかせている長髪のヴィランは力だけでなく全貌すら表していない。
この拳撃の行方は勝負の重要な試金石になるはずだった。
飛彩もまたリージェ以上の強敵に自分の力が通じるのかという不安もあったが、それを振り払うのもまた己の力だと展開力と闘志が燃え盛る。
「ダメぇ! 飛彩ちゃん!」
翻るマントから渦巻くような展開が発生し、飛彩の攻撃に込められていた展開力が霞のように消えていく。
そのまま四肢にまとっていた鎧が内側から弾け飛んだ。
「がっ……はぁ!?」
差どころではなく、もはや勝負にすらなっていない結末。
今ままで人類が最強の相手だと思っていたリージェやララクすら撃破した飛彩は一撃の元に戦闘不能となった。
地面に頭から叩きつけられた飛彩は、指先一つ動かさず気を失っている。
「飛彩くん!」
「飛彩ちゃん!」
駆け寄ろうとした世界展開を持つ面々もまた、なす術もなく倒れていく。
目にも止まらぬ速さで攻撃しているということしか蘭華と黒斗には認識できず、ただただ仲間が倒れていくのを眺めるしか出来ない。
「そ、そんな……一瞬で、全滅?」
「奴らとここまでの開きがあったなど……信じられんぞ」
人間は歯牙にも掛けないということか、蘭華と黒斗は何もせずに見過ごされた。
放っておいても展開に耐えきれず死ぬ未来が待っている。
「我らが王、これよりは我らにお任せを……!」
さらに媚を売るつもりなのか続々と生き残ったヴィラン達が集まってくる。
より濃い展開の威圧感に蘭華も黒斗も過呼吸気味になっていく。
(まずい、これ以上はどうにもならん!)
(せめて、飛彩だけでも助けないと……!)
羽虫を潰したくらいの様子で長髪のヴィランはマントの汚れを払い、なんと歩み寄ってきたヴィラン達をも一薙ぎのうちに全滅させた。
「えっ……!?」
もはや意識の残っていることが苦痛に思えるほど目まぐるしく変わっていく戦況。
敵味方関係なく瓦解させた最強のヴィランの思惑が一切予想できない。
「一体、何をどうしたいんだ? 敵も味方も一掃するなんて……!?」
王に質問できる身分でもない黒斗は指先一つで軽々と腰を抜かしている変身できない連中の元まで吹き飛ばされる。
「司令官!」
「今のが人の首魁か? 前線まで出てくるとは見上げた根性だ」
始祖が前線に出てきておいて何を言うかという話ではあるが、黒斗の覚悟とは違ってこの長髪のヴィランは遊び半分でやってきているように蘭華には思えた。
目の前を闊歩する始祖のヴィランを前に蘭華は震えが止まらない。倒れた飛彩の身体に寄り添うのは、隠れたいがためにも見える。
「リージェめ、こんな謀反を見過ごすはずがなかろう……しかも無様にも人間に敗れおって」
そこかしこに散らばる鎧を無造作に蹴り飛ばすそのヴィランは、まるで散歩のように悠々と歩いて死を振りまく。
自分が殺されないのは命を奪うにも値しない羽虫だからだと蘭華はひとりでに納得した。
(もう私たちに興味を示してもいない……他のヴィランは殲滅してくれたし、逃げられるかも)
そう余生に縋るのは無理もない。だが、そんな浅はかな思考と無駄な安堵を始祖のヴィランが逃すはずもなく。
「女」
「ひっ」
踵を返した様子もなく、まるで最初から蘭華と倒れ臥す飛彩の前にいたかのようなヴィランに対して見上げることすら出来ない。
「逃そうとは思った。些細な者の命を奪うのも面倒だからな。しかし、逃げられると思われるのも癪だ」
横暴も同然な強者の理論。
その言葉に対しても聞きたくもないという様子で蘭華は目を固く閉じて耳を抑えた。
襲いくる死が少しでも軽くなるようにと祈るしかなく。
「どいつもこいつもこんな連中に手こずりおって……結局は自ら出向くしかないとは本当に嘆かわしい」
庭先に現れた虫を殺す、それくらい自然な様子でヴィランは腕を振り下ろした。
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