異世の勝敗を決する天秤が動く中、現世では勝利の雄叫びが上げられていた。
「やった! やったぞ! ヴィランども撃退したぁ!」
異世へと続く亀裂は全て閉じた。実の被害がある侵攻をメイと黒斗の作戦で防ぎ切ったことで隊員たちは歓喜の声に沸いている。
「あの若造司令官もやるじゃないか」
「被害額も経費もバカになりませんが……世界を救ったことに免じて許す、といったところですか?」
「これは結果ではない、まだ過程だ」
遠く離れた別邸から戦いを覗き見ていたカエザールは一時的な勝敗は決したと巨大なプロジェクターの電源を切らせた。
「墓棺が戦場に行ったまま消えたと聞いている。我が愛娘も、な」
「何か別の作戦が行われているということでしょうか?」
「情報が少ない。現地にいるお前の部隊を使って調査に乗り出せ」
「……かしこまりました」
娘を想う気持ちなのか、英雄を擁立したいだけなのか、カエザールの胸中は不明である。
現地でも英人が勝った勝ったと喜びの声を上げる中、病院に戻っていたカクリもくすねていた通信機で司令部の状況を傍受していた。
「良かった、あとは飛彩さんたちが帰ってくるのを待つだけ……」
ホッとしたカクリは元に戻った筋力のおかげで病院のいろいろな場所を彷徨くのをやめて自室のベッドに戻ってきている。
勝利の知らせよりも飛彩たちが帰ってこなければ真の勝利とは呼べないのだろう。
再び暗い表情に戻ってしまったカクリは、スマートフォンを取り出して飛彩や蘭華、ホリィと一緒に笑っているホーム画面を眺めた。
「皆さん……」
展開能力の抜け殻となってしまった自身では助けに行くことも叶わない。
仮に助けに行けたとして、足手纏いにすらなれないだろう。
「うっ、うぅ……」
自分が泣いたところで意味はない。わかっていても溢れてしまう涙が画面を歪ませる。
そして、不安な心さらに揺らすように、手元に亀裂が走る音が響いた。
「えっ?」
力強く握ったわけでもなく、胸に無理やり押し当てたわけでもなく。
何もせずともひび割れたスマートフォンの画面は飛彩を隔てるように亀裂を作ってしまった。
「━━飛彩さん?」
月並みだが何か起きたのだと直感するカクリの視線は、暗雲立ち込める外へと向けられる。
そして、全ての時が重なる。
ホリィとララクの全力を用いてやっと、展開力の檻を斬り飛ばした。
力を使い果たした二人はあえなく地面に転がり、鈍くなった身体を無理やり起こしていくものの。
「━━っ!?」
そんな救援のヒーローたちの視界に飛び込んできたのは。
「がっ、はぁ……!?」
心臓を貫かれ、赤い血が黒の世界を染めていく飛彩の敗北を決定付けるものだった。
「ほう、死兵を退けたか」
ヒーローたちに冷めた視線を向けるフェイウォンは刀に着いた血を払うように飛彩を地面へと投げ捨てる。
「飛彩ぉ!」
「お、おい! 人間!」
静止を振り切り駆け出すのは唯一展開力などを持たない蘭華だった。
戦いの全てをヒーローやリージェが引き受けてくれていただけに、唯一まともに足が動くのだろう。
足が竦んで動けない場面でも始祖への恐怖すらなく、地面に叩きつけられた飛彩に蘭華が寄り添った。
「くっ……おい、ララク、ホーリーフォーチュン! 隠雅飛彩をなんとかしろ! そいつに死なれたら、もうどうにもならん!」
意外にも冷静に場を先導するのはリージェだった。
ライバルという関係性ではあるが、大局を一番利害関係で見ていたからかもしれない。
実際、ホリィとララクはその絶望的な状況に呆然と倒れ伏したままで、蘭華は手を握りしめて泣き喚いていた。
「耳障りな娘よ」
「ふっ!」
もはや周囲に拒絶領域を張る必要はない、と全力でリージェは展開力による闇弾を放つ。
「━━お前もララクのように寝返るとはな」
「もともとアンタは気に食わないんだ。ヒーローでもなんでも利用して、王の座を僕がもらうだけだよ!」
そのまま殴りかかったリージェは巧みに拒絶の領域にフェイウォンを引き入れ、致命傷を負った飛彩から遠ざけていく。
「それにしても、らしくないな?」
「うるさい……僕の命のためだ!」
戦闘音が遠のいていくことにも気づかない蘭華は飛彩に縋って涙を流すしか出来なかった。
応急処置などが頭に浮かぶものの、心臓部に空いてしまった大きな風穴を見て動転しない者はいないだろう。
もしくはホリィたちのように茫然自失となるだけだ。
「飛彩! ダメっ……死なないで……!」
何をどうしたらいいのか分からない、もっと言わなければならないことがあったはずだが蘭華の脳はすでに情報を受け入れられずにいる。
「蘭……華……?」
「飛彩! 大丈夫なの!?」
「腹に穴開いて……大丈夫な、わけ、ねぇだろ……」
とは言いつつも、添えられた蘭華の手を握り返し飛彩は僅かに口角をあげた。
柔らかい手の感触が鎧ごしに感じられた瞬間、飛彩はすぐに力を緩める。
鎧で触ったはずなのに生身で触れたような感触に、なおのこと自分がヴィランなのだと思い知らされて。
「お前らに、こんな姿、見られたくなかったのによ……来てくれて、すごく安心してる、俺がいる」
「何、言ってるのよ」
あえて蘭華は強く握り返していた両手を緩めた。
その言葉で安心するどころか、伝えたかった想いや生きていて欲しい気持ちなどが全てが混ざっていく。
より動揺した蘭華は自分の気持ちを止めることは出来なかった。
「っ!」
パァンと小気味よい平手打ちが飛彩の頬に炸裂する。
予想だにしない痛みに飛彩も意識が鮮明になり、ララクとホリィも驚きのあまり我を取り戻す。
「ら、蘭華? 今、仮にも俺、死にかけてるんだけど……」
首を元に戻す飛彩が見たのは、涙を懸命に堪えて顔を赤くした大切な幼なじみだった。
こんな顔をさせるために、俺は一人で戦ったのか? と己の愚行を認識し始める。
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