全員が戦いに向けて準備している中で、ホリィは何をすればいいかわからない自分に気づく。
それぞれの得意分野だったり、率先して解明に動けたわけでもなく。
「……ホリィ、無茶する必要はねぇぞ?」
そして再び、その心の不安は飛彩に見抜かれてしまった。
金色の前髪で隠れた瞳が驚きで見開かれる。
「俺が言うことじゃねぇかもしれねーが、寝るのも備えの一つだ」
「まぁったく、戦いに関係あることばっかり鋭いんだから……恋心もこれくらい鋭くなってほしいもんよね」
割って入る蘭華だが、この手の気休めがむしろ逆効果なことは身をもって経験していた。
しかし、何かしなければという焦りが成長につながる猶予が残されているわけでもなく。
「ホリィも寝てた方がいいわよ? 周りが元気すぎるだけだし?」
「……」
決意を新たにして再燃した闘志が、ただ待つだけという選択肢をホリィから取り除いてしまう。
温厚なホリィの見せたプライド、飛彩を守りたいという覚悟のために一つの道をホリィに示した。
「私も……行くところがあります!」
「お、おい」
「こうなったら止めない方がいいわ」
「でもよ……」
「役に立てる何かがあるなら、突き進みたいでしょ」
足早に飛び出していくホリィに手を伸ばすも、もはや前だけを向いている彼女を止めることは出来なかった。
ピシャリとしめられたドアが勢いのついた音を出した後は部屋に残るのは静寂のみ。
閑散とした休憩スペースは人が消えて世界の終焉を待つ寂しげな空気を醸し出している。
「どいつもこいつも背負いすぎだって。発破かけすぎたか?」
重い空気を跳ね飛ばすくらいで考えていた飛彩は予想以上に効いた結果に、とりあえず座り込むしかなかった。
「ま、飛彩だって逆の立場ならそうするでしょ」
「そりゃそうだけどよ……」
「だったら飛彩は信じて待ってればいいの」
行儀悪く座る飛彩の前に立った蘭華が人差し指を額へと当てた。
その時、わずかに触れた指先から震えを感じた飛彩は反射的にその手を握ってしまう。
「ほあっ!?」
素っ頓狂な声をあげて飛び退いた蘭華を見て、過剰に緊張しているように感じたのは思い過ごしだったかと飛彩は首を傾げる。
鋭い歯がのぞく口を真一文字に結び、鋭い目つきがより細まった。
「きゅ、急に何よ! 二人きっりになった途端に!?」
「はぁ? 割といつも二人だけの時が多いだろ? 何動揺してんだよ」
相変わらず飛彩は蘭華を女子として意識しているのかしていないのか掴めない。
少なくとも今の飛彩は戦いを前に蘭華を有能な援護要員という側面で見ているのだろう。
「べ、別に動揺なんて……いや、してるわ。さっきまでは皆を励まさなきゃって思ってたけど、今度は私も焦ってる」
蘭華は飛彩が勝利する未来しか見えていないし、それ意外を夢想するつもりもなかった。
だからこそ、この戦いで自分が何の貢献が出来るのだろうかと気が逸るのも無理はない。
「あんなヴィラン相手じゃ、分析も狙撃も無意味でしょ。結局安全なところで待つしかない。まだヒーローに戻れるかもしれない皆が……羨ましいわ」
再起を誓ったヒーロー達は必ず飛彩の力になれるだろう。
しかし、蘭華は最初から闘志を捨てなかったとしてもフェイウォンを相手にするときはいてもいなくても同じだろう。
「私、結局何も出来ないもの」
「蘭華……」
心配する声音で、今飛彩に心労をかけてどうすると蘭華は作り笑いを浮かべて黒く美しい髪で顔を隠した。
「あー、ごめん! 湿っぽかったわね!」
どんな時でも飛彩を支えようという決意こそが蘭華のサポーターとしての矜恃。
しかし、今覗かせてしまったのはただの年相応の少女の弱さだった。
敵の脅威よりも飛彩の役に立てないことの方が蘭華にとっては恐ろしく、飛彩を好いているがゆえに人一倍思い悩むのもホリィと通ずるものがあるのだろう。
「ここの簡易ベット硬そうだし、他の場所でも探しにいきましょ。あ、変な意味じゃないから勘違いしないでよね!」
取り繕おうとしたがゆえに余計なことまで口走ってしまう蘭華は見るからに平常心ではなかった。
先ほどの飛彩の叱咤激励も飛彩の隣に並び立てる相手にしか響かないだろう。
いそいそと部屋から出て行こうとする蘭華を飛彩はあえて左手を伸ばして肩を引き寄せた。
「待ってくれ」
「ちょ、あ、ええ? な、何?」
「メイさんから聞いた話なんだけどよ……」
「あ、う、うん」
真剣な飛彩の様子に告白の二文字が過ぎるも、情緒不安定かと己へのツッコミで理性を蘭華は律する。
さらにメイから聞いた話という誰にも彼にも話せなさそうな内容に二人の顔が近づいていく。
誰にも聞かれるわけにはいかない話なのかと、想像して。
「教えてくれたんだ。この左腕はギャブランと戦うより前に目覚めてたって」
「……そうなの?」
かつてメイが黒斗に話た能力覚醒のきっかけは、次々と飛彩に能力が目覚めていく中で伝えられていたようだ。
コンテナに潰されかけた蘭華の窮地を救った出来事は、余計な心配をかけさせないために飛彩にすら隠匿されていたらしい。
「訓練中の事故でお前がコンテナの下敷きになりかけたことは覚えてるか?」
「う、うん。でもまぁ、よく覚えてないけど……まさかその時?」
「俺も最近聞かされたんだが、蘭華を死なせたくない一心で左腕の力を呼び覚ましたらしい」
その一言で表情が下がっていき、二人の間で握って開いてを繰り返す左拳に視線が集まる。
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