遅れてやってきた熱太やエレナを放置し、果敢にミューパへと蹴り技を繰り出す。
「いつの間に変身を!? お前たちの世界展開は不安定だったはず……!」
「もう、泣いたりしない! 悩んだりしない!」
勢いよく飛び出してきたドローンカメラが翔香の猛攻を市井の人々へと伝える。
そのカメラから外れるようにホリィは飛彩を抱えて身体を蝕む毒素を抜こうと聖なる光を照射する。
「けっ……やりゃぁ出来んじゃねぇか」
介抱されながら翔香とミューパの体術の交差が火花を上げる。
陽が沈みかけ、夜が闇を伸ばしても翔香を暗く染めることはなかった。
「やぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「自棄っぱちですか? 焦げた食材は、廃棄するのみなんですがねぇ!」
繰り出された麻痺の鱗粉を、翔香は脚部についているスラスターの出力をあげて暴風を携える回し蹴りを放つ。
「くっ……相性が悪い」
「はぁぁ!」
足があらぬ方向に吹き飛びそうになるのを膂力のみで堪えて一気にミューパの懐へと潜り込む。
そのまま腹部へとほぼ同時に四連撃が叩き込まれた。
「がふっ!?」
道路に亀裂を作りながら数百メートル離れた雑木林まで吹き飛んでいくミューパ。
これが世界展開の展開力で優位に立つということなのだ。
「私は……守ってくれる人達を守りたい! 死なせたくない!」
熱太やエレナと違って、翔香は人類の希望になりたかったわけでもなければ平和を守りたいわけでもない。
自分はヒーローになって戦うことが出来る、人々を笑顔にすることが出来る、だからやらなければならない、という小さな使命感が彼女を今まで駆り立ててきたのだ。
ある意味、出来たからやっていたという覚悟の無さが今回の弱さの引き金になったことは間違いない。
「そうだ、綺麗事なんて関係ねぇんだよ」
「飛彩くん、それはどういう……?」
戦う理由に高潔さなどいらない、と飛彩は暗に語る。
自身も人々を守るのではなく、ヒーローを守ることが流儀であり熱太は人々を守りたいと考えていたが、エレナはそんな熱太を守るためにヒーローをやっている。
その「理由」こそが、人を『ヒーロー』に変えるのだ。飛彩はホリィを守りたいと願った大規模侵攻で深く実感していた。
「足りなかったのは使命感だ。どんな理由でもいい、それを手に入れたのなら……」
雑木林から音速の衝撃波を携えたミューパが飛来する。
対する翔香は一切動じず、突き出された口吻を捻り上げ一本背負いの勢いで地面へ突き刺すように叩きつけた。
「お前はもう、『ヒーロー』だ」
その瞳に迷いはなくなっていた。
ずっと翔香は熱太のような高潔な人間こそがヒーローなのだと考えていたのかもしれない。
だが、その勝手な思い込みが間違いだったと今は冷静になることが出来た。
「熱太先輩、エレナ先輩、心配かけてごめんなさい。私、戦えます!」
言葉には芯が感じられ、悲壮な雰囲気など一切存在しない。
その時もミューパから視線を一切逸らすことはなかった。
「やっぱり誰かが傷つくのは嫌だけど……私が迷わなかったら、きっと救える命のはずだから!」
「やはり翔香には笑顔が一番だ!」
「ええ。私も翔香ちゃんの覚悟を応援するわ」
いつもとは異なる陣形、レスキューイエローを中央に配置することは翔香を中心に戦うと宣言したも同然だ。
「小娘ぇ……調子に乗るなよ? お前の甘い覚悟など、吸い尽くしてくれる!」
操り人形のようによろよろと起き上がったミューパは全方位に麻痺、毒などの状態異常の鱗粉を撒き散らす。
「いくら吹き飛ばしても無駄だ! この展開にいる限り、私の能力が尽きることはない!」
飛彩に見舞った時以上に毒々しい色の鱗粉は、近づけば世界展開(リアライズ)状態のヒーローと言えど一溜まりもないことは明白だった。
「目眩しにもなっているな……!」
形勢逆転と思いきや、攻めあぐねるレスキューワールド。
まだまだ支援が必要だな、と飛彩はゆっくりと起き上がった。
「もう大丈夫なんですか?」
「ああ、ありがとなホリィ」
「——心配かけすぎです。蘭華ちゃんも怒ってますよ?」
「ああ、後で謝っておくさ。カクリにもな」
毒素が取り除かれたのか顔から苦悶の色が消える飛彩。
すかさず封印されし左腕を発動し、傷口を覆い隠す。
左手が動くようになったことを確認すると同時に、飛彩は戦場へと歩き出した。
「まだまだ護利隊の仕事はこれからなんでね」
護るべきは変身途中だけではない。ヒーローが戦いやすくなるように、必殺技を撃ちやすいように、やることはごまんととある。
「黒斗、蘭華、カクリ、心配かけたな……悪ぃけどまだ撤退は出来ねぇ」
止めたところで無視するのがオチだと読んでいた三人は飛彩の話を聞くよりも早く、医療班の準備を進める。
「とりあえず展開を張っている間は問題ないだろう。さっさと終わらせて集中治療室に篭れ」
「お優しいねぇ!」
共に駆け出す飛彩とホリィ。
ホーリーフォーチュンとなった彼女は自身の展開力を用いて鱗粉で目眩しをしているミューパの未来位置を決定する。
「飛彩くん! 五秒後に中央!」
「了解!」
カメラが新たな絵を欲しがって痺れを切らそうとする中、画面に映ることのない飛彩が鱗粉を完全に吸収し姿を現したミューパの腹部へと拳を減り込ませる。
「なっ、何ぃぃぃ!?」
「あー、くそっ。穴開けられた仕返ししてやろうと思ったんだけどな」
身体をくの字に曲げたミューパは口吻を出す開口部から黒い液体を吐き出す。
そのまま展開力が歪み、レスキューワールドの世界展開が壊れた道路を塗り替えた。
「お膳立てはしてやったぜ」
臨戦態勢を解かなかった翔香たちの方へミューパを蹴り飛ばす。
緩やかに動く羽根が地面に落ちぬように力なく蠢いた。
「まかせろ! 行くぞ、エレナ! 翔香!」
決めポーズをとる熱太をドローンカメラが写すよりも早く翔香が空を歩く。
レスキューイエローにだけつけられている脚部のスラスターが唸りを上げ、旋風と共にミューパへ肉薄した。
「っておい! 翔香!?」
打って変わって果敢に攻める翔香に、頼もしさを覚えつつも迷える後輩に言葉ではなく行動で語ろうとしていた熱太は肩透かしを食らう。
「ふぅ、飛彩の狙い通りか……リーダーとしてはいささか寂しいものがあるな」
「何しみじみしてるのよ、私達も援護しないと!」
その言葉で解散の危機に瀕していたことを思い出した熱太もまた翔香とミューパが消えた廃墟方面へと駆け出した。
ドローンカメラも一斉にレスキューワールドを追走する。
「くっ、たかが人間風情に、この私が……!」
曲がり角が多数ある空間、さらにがらんどうになった廃墟の中を低空飛行で逃げるミューパ。
しかしそこから振りほどかれることなく、翔香は一定の距離を保っていた。
「本当にしつこいですねぇ!」
狭い二階建ての一軒家へ飛び込んだミューパを追いかけると、その内部は鱗粉が充満する罠となっていた。
「自慢の速さが仇となったなぁ!」
「そうでもないけど?」
なんと翔香は一瞬にして方向転換し、跳び箱のように家を飛び越えていたのだ。
鱗粉によって自分を見失う瞬間を虎視眈々と狙っていたのだ。
「や、やめ……!?」
大きく振りかぶった右腕。肘についているバーニアが翔香の拳の勢いを増幅させる。
「もう情けない姿は見せられないの!」
「ぐはぁ!?」
鎧を砕く重い一撃。
ミューパは廃墟となった一軒家を打ち壊しながら転がっていく。
その兜は大きく砕け、口吻がだらしなく垂れ下がっていた。
「ガハッ……馬鹿な……! 何故私が狩られている!?」
女々しく泣き喚いていた少女はいなくなっていた。
ミューパを追撃するのは自分だけの戦う理由を手に入れた、真のヒーローのみ。
「君、侵略しに来たわけじゃないんでしょ? 二度とこの世界にこないなら見逃してあげるけど?」
相変わらずの甘さを発揮してしまうのは、生来の性格ゆえにどうしようもないのかもしれない。
住宅街を中心に行われる戦闘のせいで住居は見るも無残な形に変化していく。
激しい戦いを少し離れた場所でバイザー越しに視認していた飛彩は呆れるようにため息をつく。
「ったく、甘ちゃんだよなぁ?」
「え? わ、私も危害を加えないなら見逃しますけど……」
「……」
驚くホリィの反応に謎の疎外感を味わされる飛彩。
こんな甘い考えの連中ばかりでは不意を突かれて全滅するかもしれない、というありえない結末に頭を悩ませてしまう。
ヒーローを守る存在の名にかけて飛彩もまた戦場へ身を投じるのであった。
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