「質問よろしいでしょうか」
「どうぞ」
司会を置き去りに進行まで初めてしまう英人は己の手柄かのような振る舞いを見せている。
善人になろうと自己顕示欲は健在というわけだ。
「今回の出撃は無断だったとお聞きしています。失敗された場合、異世化する区域が増えていたかもしれません」
「——え?」
予想外の質問に瞬時に動揺する英人。
それもそのはずで存在しない護利隊に代わり、今回の作戦指揮は英人が執ったことになっているのだから。
熱太は微動だにしないが、ホリィはわずかに表情を崩してしまう。
「あなた方の独断で国民を危険に晒したのです。侵略区域を取り戻す作戦が失敗すれば間違いなく地球の危機でしょう。その責任はどう取るおつもりですか?」
「え、えぇと……」
この時ばかりは口の立つ悪人のままの方が良かったんじゃないかと飛彩はテレビの向こうにいる英人を哀れむ。
「被害を食い止めるヒーローが! 被害の原因になったらどうするんですか!」
たった一人の記者の発言で風向きは完全に変わる。
輸送機ディフェンスフォースが原因ということは知られていないが封印のドームは完全に壊れてしまった情報を隠し切ることはできていない。
つまり戦いによって大きな被害があったことは知れ渡っているのだ。
「あそこはまだ山間部だったから良かったものの。もし都市部に近いところで戦闘に発展すれば……」
ヤジにも似た質問が少しずつ大きくなる。
この報道の方が面白い、そう判断されたのだろう。
ヴィランのような悪意に熱太が苦虫を潰したような表情になり、一言言い返してやろうとするが意外にもそれをホリィが制する。
「ホリィ?」
「——ここは私が」
席に取り付けられていたマイクを持って立ち上がるホリィ。
凛とした佇まいに場の空気が一瞬静まり返り、財閥センテイア家の彼女が何を話すのかに視線が集まる。
「……」
まずホリィは息を深く吸った。
今までならば家柄やら何やらくだらないものを気にして、この場で発言などしなかったと自嘲しながら。
「この作戦は私たちヒーローも充分に話し合った上で、決行しようという結論に至りました」
責任を負ってもなおホリィは力強く語る。
何かに縛られたちっぽけな存在を強いと認めた飛彩のために、少女は決意を謳うのだ。
「今まで……異世との戦いにおいて、必ずしも勝利だけを収められたわけではありません」
世界に点在する奪われた区域のことを暗に示す。
記者たちは語られた常識を鼻で笑いつつもレコーダーやカメラを向ける。
「世界が奪われたことで辛い思いをした人がいます。ヴィランのせいで命を奪われた方もいます」
画面の向こう側にも関わらず、何故だか飛彩は語り掛けられたような気持ちになった。
そして脳裏に浮かぶは自分を庇って死んだかつてのナンバーワンヒーロー。
「確かにな」
「何がよ」
テレビの向こうのホリィに返した呟きを返したのは同じように画面を見つめる蘭華だった。
わかっているだろと言いたげな飛彩は目を伏せて会見の声に耳を澄ます。
「……」
誰かを守る力を手に入れた飛彩だが、それでもあの日に戻ってヒーローを救うことは出来ない。
飛彩は自分のような思いをする人間がこれ以上増えることを望んでいないのだ。それを推し量る蘭華は本当に丸くなったと薄く笑う。
「日々、私たちはヴィランと戦い、撃退に成功しています。ただ成功とはいえ……それは現状維持でしかありません」
カメラの向こうで見ている飛彩に恥じない姿を、恥じない決意を見せようと凛と振る舞い続けるホリィ。
名家のお嬢様の教育が役立っているようで、その声は会場に透き通るように響き渡る。
「私たちは世界を守っているのではありません! 人を守っているんです!」
心臓の鼓動が早まったのがホリィにも感じられていた。
大それたことを言っているが故に、反論や反感が怖くも感じられる。しかし、それだけではホリィは止まらなかった。
「ヴィランに奪われた世界で涙を流す人がいるのなら、私はそれを取り返さないといけない!」
故郷を失った人、大切な人を亡くした人。
彼らの悲しみを少しでも和らげる一助になるのならば戦うべきだとホリィは叫ぶのだ。
その言葉でいてもたってもいられなくなった飛彩は近くにあった上着を掴み取る。
「誰も泣かない世界のために……私たちヒーローがいるんです!」
背中で叫びを聞いた飛彩のが忙しなく身支度をする中、会場は完全に静まり返った。笑みを漏らした飛彩はゆっくりと振り返る。
「言うようになったじゃねーか。ペーペーの新米だったくせによ」
「飛彩? どこ行く気?」
「決まってんだろ? ヒーローを守りにいかねぇとな。お前も行くだろ?」
「あ、当たり前でしょ!」
この天然ジゴロを放っておけばホリィとどんな進展があるか分かったものではないと蘭華も一瞬で着替えて駆け出した。最近は大人しかったが謹慎などで飛彩を縛っておくことなどは不可能だったのだ。
「火ぃつけてくれるぜ……でも、きっとあの人だってそうするはずだ。だったら俺もやるしかねぇよな」
「えー、みなさん、落ち着いてもらえますか?」
飛彩が予期したかどうかは分からないが、ホリィの想いと反して会場は批難の嵐になった。
感情論では世界を救えない、夢見る少女の言葉は大人たちによって簡単に覆されてしまう。
「失敗したらどうなるか聞いているんです!」
「そんな気持ちでは敵に足元を救われるだけでは?」
「そもそも無断出撃をヒーローが主導してやったということですか!?」
「お、落ち着いてください!」
すっかり腰の低くなった英人がいくら宥めたところで記者たちの勢いは止まらない。
ホリィは次の言葉を紡ごうとするが喧騒をそれが許さなかった。
「動ずるなホリィ。後は俺が何とかする」
同じ気持ちを抱いていた熱太はホリィに話させたことに後悔を強く抱いてしまった。
同じ避難されるにしても自分に矛先を向けるべきだったと。
「奪還作戦はヴィランの勢いを減らすためにも不可欠! 俺たちが勝利を掴んでみせますよ!」
この論争は最初から平行線となっている。
どちらの言い分も正しい中、多勢に無勢なのはヒーロー側であって声の小さい方が話し合いに負けるのは自明の理だ。
ネットではヒーローたちの声に賛同するものもいるが、その声はこの場に届くことはない。
むしろ記者たちの勢いに推され、批判的なコメントが現れるようになってきた。
「貴方たちの活躍には感謝していますが、わざわざリスクを負うような真似はいかがと言っているんです!」
「被害を増やす可能性も考慮していただきたい!」
ヒーローを金儲けの道具としか捉えていないスポンサーが軌道修正を入れるために放った子飼いの記者たちは容赦無く攻撃を続けた。
ここにきて手綱を握り直そうという魂胆なのだろう。
「……この戦いが必要になるんです」
か細い声をマイクすら拾うことはなかった。
もうどうすることもできないと感じた英人は媚び諂うように区切りを提案する。
「そ、それでは会見を終わります! 今後の公式見解は後ほど発表しますので!」
このままでは所詮脳筋のヒーローなどと揶揄される記事ばかりになってしまうだろう。
すごすごと退陣させられたホリィと熱太が会見場を出ようとした瞬間、バンと大きな音を立てて明かりが沈黙する。
「停、電?」
「うわっ! カメラが!?」
「なんでスマホの電源まで切れるんだ!?」
ちょっとしパニックが一瞬だけ起こるも、すぐに明かりが息を吹き返す。
生中継は再開されるも記者たちのざわめきはまだ消えない。
「あれ……データが消えてる!?」
「お、俺もだぁ!?」
瞬く間に広がる阿鼻叫喚の地獄。
もともとスポンサーの仕込みが発破をかけた会見でもあるが故に、ヒーロー本部へと矛先が向くことはなかった。
「とりあえず中継は生きてます!」
一人の記者の声に合わせ、英人は一気に終わりへと畳み掛ける。
今後の計画は別途発表、会見も作戦の詳細を決まり次第逐一伝えていくと速やかに伝え、会見を終了へ導いていく。
波が引いたように記者たちは去っていき、本来ならば部屋から去るべき熱太とホリィだけがその場に残った。
「これは……?」
「——ふむ、余計な真似をしてくれたなぁ」
頭をかいた熱太はため息をつきつつ、窮地の中である友の名前を呼んだ。
「飛彩、謹慎中だろう?」
天井から影が落ちてきたかと思えば、両足の展開を発動した飛彩が軽やかに着地する。
「よっ」
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