「馬鹿ッ。だったら最初から一人で背負わないで!」
「でも、俺は……」
「ヴィランだって言いたいの? そんなの関係ないよ! 飛彩が一番わかってるでしょ!」
「それは……」
「ヴィランなら展開力でその傷くらい修復できるよね? 自分が何かなんてビビらないで!」
もはや蘭華も何を言いたいのか、何を伝えたいのか自身でも理解出来ていない。
「うるさ━━」
その乱雑な言葉に飛彩は痛みを忘れて反論しようとするも、鋭い鎧ごと優しく抱きしめてきた蘭華に言葉を失った。
「飛彩が何者だろうと私たちの気持ちは変わらないよ!」
「蘭華……」
「そうですよ、飛彩くん……みんなの想いを、受け取ってください」
「ホリィ、その、刀は……」
倒れる飛彩の左手にそっと抜身の刀を置く。
フェイウォンの作り上げたドームを破壊するためにほとんどの展開力を放出したようだが、そこには確実に込められた想いが残っていた。
「皆の展開力が……」
「私たちをここに送るために、繋いだバトンですね」
その刀からは激戦の記憶が宿っているようで仲間たちがどれほど堅い決意で自分を助けようとしているのか飛彩にはよく理解できた。
「飛彩ちゃんは、私を友達にしてくれたでしょ? そんな飛彩ちゃんがヴィランだったからって傷つくの、変じゃない?」
「ララク……」
自棄になるという行為はある意味ララクを傷つけるものだろう。
それよりも飛彩の身を一番に案じるララクはヴィランではなく人間だった。
その姿勢が心に宿る「人間じゃない」という思いを軽くしていく。
「私たちは、それだけを伝えるためにここに来たの。だから、勝って一緒に帰ろう?」
慈愛の展開力に包まれる中で、飛彩は恐怖の根元を理解した。
ヴィランとなり、仲間から畏怖の目で見られることよりも。
自分という存在が何なのかが分からなくなり、自分が誰よりも自分を信じられなくなったのだ。
「本当にいいのか? もう力が暴走とか……そういうレベルじゃないぜ?」
四肢の能力も、ヒーローを守る力も、仲間を救う力も、全てが偽りのような気がしてしまっていて。
「いいんだよ」
抱きしめていた身体を離し、蘭華は真っ直ぐに飛彩の瞳を見つめた。
「飛彩の歩んだ道は。私たちの想いは。偽物なんかじゃないから!」
見透かしたように放つ蘭華の言葉に呼応して、飛彩の傷口は黒い煙を上げて塞がっていく。
そして、その上から砕け散った鎧も新品同様の煌めきを取り戻していった。
「そうか、そうだよな……」
ナンバーワンヒーローを死なせてしまい、がむしゃらにヒーローを目指した過去。
ヒーローを目の敵にしながらもヒーローを守り続けた過去。
左腕の力に目覚め、本当の戦う理由を思い出した過去。
暴虐の力で仲間を傷つけてしまい、戸惑った過去。
生命力溢れる力で、仲間を本当の意味で信じられるようになった過去。
解放の力で恐怖のヴィランとも手を取り合えるようになった過去。
そして今、世界の行末を決める戦いで飛彩は己のルーツを思い知らされた。
「俺の答えは……決まってたんだ」
自分が何者かは皆が、ずっと語ってくれていた。
それは人でもなくヴィランでもなく。
「俺はみんなの仲間、だもんな」
「うんっ。そう、そうだよ? だから飛彩が何もかも、自分も信じられなくても……」
「私たちのことだけは信じてください」
「飛彩ちゃんのことを絶対に裏切らない仲間がいるんだから!」
たとえ種族がヴィランでも、自分の歩んできた道こそが、受け取った想いこそが己を形作るのだと飛彩は死の淵で気づく。
「ありがとう……ララク、ホリィ、蘭華」
そのまま上半身をゆっくりと起こす飛彩の顔に、ゆっくりと鎧が広がっていく。
己を信じられなくなっていた飛彩はヴィランの力を拒み続けていたが、ヒーローとしての世界展開もヴィランとしての鎧の力も全て受け入れてこそ本当の自分だと。
「ぐぁ!?」
そこへ鎧に大きな亀裂を作ったリージェが転がってきた。
「はは……足止めは成功した、かな?」
「リージェ、恩に着る」
そこに展開力を揺らめかせる悪魔の如き鎧を纏うフェイウォンも戻ってくる。
「どうやら、身体を張った甲斐はあったようだね……」
相変わらず燃え上がる炎のような髪の毛は、並々ならぬ展開力を示していた。
「兜……そうか。ヴィランであることを認めたか!」
歓喜の笑い声を上げるフェイウォンに同調するかのように鎧の強度を高めながら立ち上がる。
全員を下がらせた飛彩の表情は鎧に隠れて見ることは出来ない。
鋭く、獅子の立髪のように逆立つ兜は中世の鎧というよりかは近未来的な仮面を思わせる。
レスキューワールドがつけるようなバイザー型の仮面に近いそれは黒い鎧でありながら白い輝きを見せる。
「……なんだ、お前は?」
そこでフェイウォンはある異変に気付いた。飛彩の纏う展開力はヒーローでもヴィランのものでもないような不気味さがあることに。
「俺は人間でも、ヴィランでもねぇ! 隠雅飛彩だ!」
「なんだと?」
意思薄弱とした心を振り払うように足掻いていた様子が消え去ったことをフェイウォンは悟らされる。
孤高の存在故に絆の力などは微塵も理解出来ないままに。
「仲間と紡いできた時間こそが俺なんだ! どんなに自分を疑いたくても、刻んできた時間だけは疑っちゃいけねぇ!」
仮面の奥にある素顔から迷いは消え去り、刀に宿っていた「想い」という展開力をその身に宿らせている。
「ヒーローを守る、ヒーローだ……俺の仲間は、みんな俺のヒーローだぜ!」
そして、その場にいる誰もが目を覆うほどの白光が周囲へと発生した。
闇の世界が塗り替えられ、神々しい光が周囲を照らしていく。
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