「!?」
元の直立にへと体勢を戻す飛彩は、鎧のみを壊し今も力なく胸へともたれる右腕を切り落とした。
鎧と一体化している腕は斬り飛ばされた瞬間に甲高い音と共に宙を舞う。
吹き出すはずの展開力が何も発生しないのは、そもそも「なかったこと」になっているからだろう。
「くっ!?」
大幅な力の減衰に喘ぐフェイウォンはよろめきながら数歩後ろへ下がるだけで精一杯だった。
それでも痛みすらなかったことにされたのは、まるで哀れみのようでフェイウォンの怒りを逆立たせる。
「馬鹿な。私の拳は確実にお前の体を貫き……」
「殴られるってわかってれば未完ノ王冠を集中することくらいわけねぇさ」
それでも賭けであることは間違いないが、フェイウォンの殺気はだいぶ存在感があるものだったのだろう。
鎧を修復しながら刀を構え直す飛彩は、消え去った右腕を抑えて修復に努めるフェイウォンへ再び刀を向けた。
「いいか? たくさん部下を作っても、お前は孤独だよ」
「な、に? この私が孤独を紛らわすためにヴィランを作っていると?」
「まだ耳までなかったことにはしてないぜ?」
再生することない右腕に対し、展開力を右腕の形に留めることなどフェイウォンには造作もない。
むしろ自由に変化する武器として蛇腹剣のように右腕をしならせた。
もはや千切られようと痛みもない、展開力が飛彩を上回り続ける限り何度でも蘇る拳を飛彩へと叩きつけた。
「お前が欲しいものは支配じゃ決して得れないぜ」
「それ以上……知ったような口をきくなぁ!」
縦横無尽に飛彩へと向けられる右腕だが、冷静な太刀筋で斬り返して充填された展開力を消し飛ばしていく。
「恐れで押さえつけても、誰もお前を見やしない」
「黙れ、黙れぇ!」
さらに鋭くなる攻撃の勢いだが、飛彩はゆっくりと確実に前へと進んでいる。
伸びる右腕の展開力では止められないからか、左からは展開力を散弾として飛ばしていった。
もはや四方八方から迫る攻撃に飛彩はたった一本の刀だけで突き進む。
今まで持ち味としていたアクロバットな戦い方とは打って変わった堅実な攻め。
それは戦いの師である黒斗との修行が死の淵でよぎったからだろうか。
「悪とは力だ! どんな生物も私の権能を頼る! 私の権能に縋り、己の欲望を満たす!」
「そして、後悔するんだ」
「私が、私こそが! そんな悪を! 悪を求める者を束ねることが出来る!」
「悪い心ってのはな、利用されるだけなんだよ」
「ならば、その者は悪だろうに!」
「違う、弱いだけだ……悪意のせいにしたい、弱い心が悪を利用するだけだ!」
気がつけば眼前にまで迫っていた飛彩は再び右腕の展開力を根こそぎ奪っていった。
さらに振り下ろした太刀を素早く返し、腰から左肩目掛けて白い太刀が鎧と混ざったフェイウォンの身体を裂いていく。
「な、ぜだ……私の頂点が発動しない? この一撃にも負けない身体を、作ったはず……」
「お前と戦って分かった。どれだけ強かろうと悪に手を染めたやつは弱い」
両膝をついて倒れかけたフェイウォンは口の端から黒い血のような展開力を溢れさせていった。
「悪そのものであるお前を含めて、全部言い訳に使ってるからだよ」
この時、飛彩の展開力の総量がとうとフェイウォンを上回ったのだ。
なかったことにし続けたことで、頂点に君臨出来ないところまで引き摺り下したのである。
「ならば……貴様はどうなのだぁ!」
流れた展開力を堰き止めながら振り上げた拳は精彩を欠いていた。
刀の峰で受け止めた飛彩は微動だにせず、フェイウォンの動きをたったそれだけで封じ込める。
「ああ。俺も弱かったさ」
思い出すはヒーローになれずに尖っていた頃の己自身。
あの頃のまま思考が変わっていなかったら、今頃フェイウォンと世界を破壊するヴィランになっていただろう。
「俺が強くなりたかったのは自分のためだと思ってたよ。でも、それは違った」
刀を振り払うどころか、フェイウォンはその場に縛り付けられたかのように苦悶の表情を浮かべる。
「仲間を守るために戦いたかったって、皆が気づかせてくれたんだ」
「では、なんだ……互いを想い合い、支え合うことが強さだというのか?」
「正解はわからん」
「私を愚弄しているのか?」
「だがら俺は! それを正解にするために……お前を倒すんだ!」
広がっていた展開力が飛彩の周囲のみに結集し、その勢いでフェイウォンは浮かばされた。
足場の固定がなくなり、嫌な浮遊感に包まれるもののカクリの能力で慣れている飛彩は意にも介さない。
「おらぁ!」
体幹が崩れる足場でも揺るぎない踏み込み蹴りが切り裂いたばかりの腹部へ追撃した。
「本当に強いやつは己の弱さを認められる! 悪の力を借りて解決しようなんて真似はしねぇ!」
存在の否定。
そして、力でも悪は間違っていると善を信じるヴィランがフェイウォンを討とうとしている。
悪は結局、弱さを認められない愚かなものが自分を強者と思い込むための道具だと語られたことがフェイウォンには否定できなかった。
(あの時と、同じ……!)
異世を作ろうと全ての悪を率いた時、フェイウォンは誰も自分を見ていないことを嘆いていた。
悪に心を染めてまで強くなった者も、心のそこから悪であることを誇るものはいなかった。
どれだけ狂気に染まる者が悪を語ろうと、それはどこかに負い目があるようなもので。
(私の権能に縋りながらも、誰もが私を拒否する……!)
流麗な連打でフェイウォンの視界が目まぐるしく回っていく。
攻撃しながら展開力の総量を減らし、必殺の一刀を放つ隙を飛彩は熱い想いとは裏腹に冷静に狙っていた。
「今度こそ仕留める!」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!