その拳は鎧のない飛彩の顔面へと炸裂し、バイザーを叩き割るだけでなく砂地へと巨大なクレーターを作り上げた。
「ぐがふっ!?」
鼻や口から鮮血を吹き出す飛彩は破片が目に入る前にバイザーを取り外しつつも痛みにのたうち回る。
黒い砂地は鮮血を浴びて潤いを得ていき、飛彩は逆に乾いた息を漏らすようになった。
(——リージェと同等、いやそれ以上か? とにかく馬鹿みてぇに強ぇ……)
乱雑に口元を拭いながら立ち上がろうとするも、背中へと叩き込まれた踵が動きを押さえつけるだけでなく飛彩の肺から空気を放(ひ)り出した。
「ぐあっ!」
「飛彩ちゃん、考え直して」
「くっ……そりゃお前だろ……そんなんじゃ人間と仲良く出来ねぇぞ」
「ララクはララクの作りたい世界で仲良くしたいの。今の世界はララクにとって必要でも不必要でもないの」
本性を露わにしたというより、子供の我が儘のような様子は変わらぬままのように感じられたこそ飛彩は嫌気がさしたのかもしれない。
「そんなの認められるか!」
「認められるよ」
うつ伏せになっていた飛彩が素早く反転して足に拳を叩き付けるものの硬い鎧に阻まれて腹部を踏みつけられるように体勢を変えただけだった。
「世界ってそんなものだよ? こっちもそっちも。生き物は自分の見える範疇だけが世界なの。だから侵略なんて興味ないけど、ララクは見える世界を好きなものだけで埋め尽くしたい」
子供のわがままな理想論だが、とんでもないことにララクにはそれを実行する力がある。
このままではララクの思い描く侵略区域の誕生を許すだけだ。
そして、それはきっと飛彩にも心地よいものになるだろう。
仲間がいて、娯楽があって、使命はない。
だが、飛彩はヒーローを守る戦士なのだ。
ララクの野望を打ち砕かなければならないと左足の生命力を迸らせ、黒い砂地に植物を生み出した。
「うわぁ、何これ?」
地面から伸びる蔦がララクの両手を縛り宙へと運ぶ。
その僅かな隙を使って跳ね起きた飛彩は後方宙返りを繰り返して約十歩分の間合いを作り出す。
蔦ではララクを押し留めることは不可能だが、一方的にマウントを取られて命を蹂躙されるようなことはないはずだ。
「もう、こんな縛るような遊びはやめてよね」
「誤解招くようなこと言うな!」
間合いを詰めようとするララクに対し、飛彩は下がって間合いを維持し続ける。
攻撃は全てララクに防がれている時点で実力差は明白だ。
コクジョーの時とは違い、単純な力の差がそこにはあるのだから。
「ねぇ、飛彩ちゃん」
「……」
「さっきも言ったけど、世界は見える範囲だけなんだよ? 会ったこともない人を守れなくてもいいじゃない。見捨てたっていいじゃない。だって、最初っからそんな人いないんだから」
その言葉は敗北を認めたいものには心地よい服従の言葉として届くだろう。
だからこそ飛彩は頭を左右に振って言葉を弾き飛ばした。
「お前らヴィランは欲張りだ。少しだけで我慢出来るわけねぇだろ。最初は俺やホリィ、蘭華やカクリだけでももっと欲しがる。そうならないと断言できるか?」
「うーん……」
「——そう迷った時点でアウトなんだよ!」
その叫びと同時に後方から天蓋へと昇る光の柱。
ホリィが変身したと理解した瞬間、ララクは瞳を輝かせて走り出す。
「何あれ! 蘭華ちゃん達の中の誰かってヒーローなのかな!? 綺麗だなぁ〜!」
ヒーローの展開を綺麗と宣うララクはヴィランの中でも異質なのだろう。
だからといって、味方のような言動の相手が結果的に味方になるかどうかは分からない。
「壊したら、もっとキラキラしそうじゃない? もちろんホリィちゃんは傷つけないから!」
「俺を踏みつけてた奴の言葉なんて信じられるか!」
すかさず全力で追いかける飛彩はホリィの変身時間を思い出していた。
カップ麺より長いとかつて揶揄した「五分」という時間がそのまま追いかけっこの時間に直結する。
「あははっ、こういう追いかけっこって見たことあるよー!」
恋人同士が行うようなじゃれつく鬼ごっこを夢想するララクに対し、飛彩が想像するは死の鬼ごっこ。
ホーリーフォーチュンの未来確定の力があればララクにも充分戦えることから何がなんでも守りきらねばならないのだ。
「やらせねぇよ!」
右足の展開力を最大限に発揮すれば、直線距離で飛彩に敵うものはいない。
飛び跳ねるララクの右足を掴み、そのまま砂地の方へと投げ飛ばした。
「ちょっと! 邪魔しないで!」
「大人しくしておけ。あん中から面白いもんが出てくるんだからよ」
「やだ。光が散るとこが見たいの」
「そういうところがヴィランだって言ってんだ!」
価値観の相違は決して埋まることはない。
硬いスカートは翻ることもなく形を保ったまま地面に手をついたララクはその勢いを利用して反転して着地する。
飛彩に投げ飛ばされた勢いは受け身が取れるものではないがララクは純粋な膂力でそれを押し返しているのだ。
リージェ以上、その感覚に支配されつつも怯んでいては勝利はない。
今までの経験を総動員し、様子見ではなく飛彩はララクの側へと滑り込む。
「我慢しろよなッ!」
緑色の展開力を辺りに迸らさせながらの突撃は、ヴィランには毒そのものだ。
抱き込まれたララクは力が抜ける感覚に襲われながら飛彩と共に結界へと叩きつけられる。
「大胆だねぇ、飛彩ちゃん」
「そんな甘いもんじゃねぇぜ。俺とお前で我慢比べだ」
ララクを外へ出さないように作られた結界に押し当てるのと同時に左脚の生命力が溢れる展開で弱体化させつつ、お互いを蔦で強固に縛り上げていく。
「悪いな。ヒーローの変身時間を護るのが俺の仕事なんだよ」
「でも大丈夫? そんな展開力全開にしていつまで保つかなぁ?」
「知るか。後のことは、後で考える!」
危惧はもっともであり、ララクを抑え込むだけで飛彩は全ての膂力を注ぎ込んで結界へと押し付け、展開力を左脚のみに集中させてヴィランにとって毒になる生命エネルギーを押し当てている。
それが尽きれば間違いなく無様な敗北が待ち受けているだろうが、ララクを弱体化させられればホリィや刑の戦いが有利になる。
命を賭したヒーローの一手のための我慢比べは飛彩にとって一秒ですら永遠のように感じられた。
薄明かりが差すようになったものの、未だに闇の多い世界は音もなければ命もない。
視界には押さえつけているララクの冷たいドレス型の鎧のみだ。
飛彩に抱きつかれているとはいえ、弱体化の毒素が極めて煩わしいのか苦悶の表情を浮かべたままだ。
抗おうとしても蔦で縛られている上にそこからも毒素が注入されていく。
飛彩にしては周りくどい戦い方だったが、それがララクには効果的面だった。
まずララクには飛彩を殺すつもりはない。
動きを封じようとはするものの命まで奪う気はないのだ。
その覚悟の違いが有利不利を分けている。
「くっ、うぅ……飛彩ちゃん、苦しいよ……」
「だったらもう諦めろ! お前の夢は間違ってる」
「なんで……なんでそんなひどいこと言うの!?」
空間が振動するほどの展開力から漏れる余波が、二人のせめぎ合いの凄まじさを伝えていた。
下手に解除すれば暴走した展開力が暴発することも互いに理解し、駆け引きを生んでいく。
そこでふと力を抜いたララクは意地を捨て去り、本心を小さく呟いた。
「——ねぇ、飛彩ちゃん。私達どうやったら会った時みたいに戻れるの?」
その言葉は単純な疑問だったかもしれない。だが、それこそ今の飛彩を大きく揺さぶるものだった。
垣根を超えた絆を感じてしまうことが、歪んだ希望として飛彩を照らすとも知らずに。
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