「変身による能力強化か!」
「——うーん、残念だがそんな小さな能力じゃない」
わざと見せつけるように振り回していた巨大鎌と少し攻撃の勢いを緩めた飛彩の異変に気付いたコクジョーは僅かな展開力の揺らぎを感知して後ろへと飛び退く。
それと同時に音もなく地面を切り裂いた斬撃にコクジョーは肝を冷やした。
見えない斬撃を放つ能力かと認識し、先に刑を倒そうと踏み込んだ瞬間見えない何かに縛られてしまったかのように震えながらその場に押し留められる。
「な、なんだ……!?」
「不可視なのは斬撃だけじゃないってことさ」
勢いよく振り回した鎌に惨刑場の刃を載せて巨大なギロチンを作り上げた刑が放つ斬首の極刑。
首を差し出すようにひざまずかされたコクジョーは迫りくる刃に対して強靭な翼で防御体制を取るも、バターのようにそれは簡単に斬り裂かれてしまった。
「馬鹿な! この男にそんな底力が!?」
「あるだろ」
敵が一人だけだとコクジョーが錯覚してしまうほどに刑は展開力を放っていた。
今まで戦っていた相手を忘れていたことに気づいた時には遅く、左手の手刀が残った翼をへし斬るようにして吹き飛ばす。
「ぐおぉぉぉ!?」
「コレで飛び回るのはなしだぜ」
「ああ。借物の力が扱い切れてないようだ。一気に攻めるぞ」
千切れた翼を眺め、背中から漏れ出ていく命の源を感じながらコクジョーは紳士的な化けの皮を脱ぎ捨てて叫びたてる。
「ふざけるな貴様らぁ!」
「やめなさいコクジョー」
侵略区域を劈く咆哮とは異なり、小さいながらも凛とした呟きは飛彩たちの耳にもよく届く。
その場にいる全員どころか、蘭華がスコープ越しにララクを覗いてしまう。
そこにいるララクは負傷など全く気にすることなく悠々と戦場を眺めていた。
「その恐怖は貴方に飼いならせる物じゃないわ」
「私に力を奪われた分際で何を言う!」
「これは忠告よ。力を返さなくたっていい。早く放棄しなさい」
「何を……!」
「その必要はねーだろ」
注目がララクに集まっていたことを利用し、鳩尾目掛けて突き出されたアッパーカット、さらに背後に回り込んでいた刑の踵落としが我を忘れていたコクジョーに炸裂する。
仰け反りと前屈みが同時に起こり、行き場のないダメージがコクジョーの芯へと響き渡る。
「ぐふっ!?」
「ここで俺たちがぶっ潰すからなぁ!」
最初はコクジョーの恐怖に圧倒されたものの、偽物の恐怖など覚悟をした飛彩たちにとっては虚構のものに過ぎない。
ララクと対峙している時に感じていた本能的な恐怖に匹敵しないコクジョーでは覚醒した飛彩と刑の猛攻を止められないのだ。
「今度は首をもらうぞ!」
「じゃあ俺は心臓ぶち抜いてやる!」
ヒーローとは思えない叫びと共に刑が再び不可視の鎖を放ち、コクジョーを縛り上げていく。
再び断頭台に首をかけるように頭を垂れたヴィランへとさらに飛彩たちは展開力を濃縮し、呼吸すらままならない空間を作り上げていく。
「ドミネートブレイク!」
「首斬刑!」
低く懐に潜り込んだ飛彩の突き上げで浮いたコクジョー目掛けて振り下ろされるギロチンのごとき大鎌がとうとう首筋へと突き刺さる。
「もらった!」
「これで終わりだぁ!」
だが、勝利の確信するという毒が飛彩と刑に広がってしまう。
ほんの少し速ければ飛彩の拳は心臓部を貫き、あと少しだけ速ければ間違いなく刑の大鎌はコクジョーの首と身体を切り離していただろう。
「グオォぉぉぉぉぉぉぉぉ! 」
理知を捨てた獣のような咆哮と共に、龍の尾に命が宿ったかのように動き回り飛彩と刑をすんでのところで吹き飛ばした。
「くそっ!」
「——油断したか……だが、もう一度!」
「二人とも早く逃げて!」
打って変わって悲痛な叫びをあげたララクに気を取られた二人は、音を置き去りにした展開光弾を全身に着弾され、煙を上げながら倒れ込む。
「——がはっ……い、いつの間にこのレベルの展開力を……」
「さっきまでやられてた奴が準備できるもんじゃねーぜ……またやられたフリでもしてたのか?」
しかし、攻勢は間違いないものだったと飛彩も刑も痛みに喘ぎながら記憶を反芻する。
あと一歩のところまで確実に追い詰めていたことはララクも客観的に見ていた蘭華ですら実感し、当事者でもあるコクジョーもまた理解していた。
では何が、コクジョーを突き動かしているのだろうか。
「う、う……ウォォォォォォォォォ! 」
「——飲まれちゃったわ」
初めて険しい表情を浮かべたララクの苦言と共に、コクジョーは足元から立ち昇る黒い竜巻に飲み込まれる。
あれ狂う展開が波濤のように廃墟を飲み込んでいき、吸収されれば骨も残らないような腐食音に飛彩はすかさずララクを抱えた。
「刑! あいつらを!」
「任せてくれ!」
走り出した刑がすかさず不可視の台座を作り上げ、倒れるホリィたちを抱えて空中へと回避する。
空飛ぶ絨毯のような形で一際大きな建築物であるララクの城を再び目指した。
「飛彩ちゃん、このままじゃ皆死んじゃうわ」
飛彩は刑とは違い、左足の力で建築物から木々を生やして足場を作りつつ右足の跳躍力を発揮する泥臭い跳び方だった。
一行は凄まじい勢いで災害の中心から離れて行くが恐怖の中心はさらに荒れ狂い、侵略区域に黒い雲を作り上げていく。三次元的に広がる展開はもはや付け入る隙もないように思えた。
「あいつは俺が止める。話は後だ」
「ララクの中にある能力はコクジョーじゃ止められない。ララクだから抑え込めてたんだから」
「はぁ?」
「本能のまま恐怖を振りまこうとすれば……」
背筋に突き刺さる殺意の視線。
それを知りながら飛彩はとにかくララクたちが展開力に飲まれない場所へおくことだけを考えていたものの、竜巻の奥に何もかもを殴殺しようとするコクジョーの意識を感じていた。
「全てが終わるわ」
地震を両手で止めろ、おぼろげにそういうニュアンスを感じていた飛彩だがララクの言葉で人間の力で天災に立ち向かわなければならないことをはっきりと知覚する。
ゴーガレギオン、さらにはギャブランやリージェの時よりも強大な相手に巨大な壁を感じつつも恐れはなかった。
「——嘘じゃなさそうだな。お前……どれだけ危ねぇ能力持ってんだよ」
呆れたながら走り続ける飛彩が信じられないのかララクは信じられないものを見る表情で飛彩の横顔を見つめる。
「……まあ、だから嫌いだったの。もっと可愛い能力が良かったわ。甘いものをいっぱい作れるとか」
「その方がお前には似合ってるよ」
「——そっか」
己の力の暴走で引き起こされた未曾有の災害だが、ララクには飛彩ならば何とか出来てしまう気がしてならなかった。
それこそ初めて出会った時と同じような運命を感じ、己のやっていたことが間違いだったと悟る。
何もかも終わったら謝らなければ、飛彩の望むようになろうと考えるララクは仮初の安寧に身を預け小さく呟く。
「——飛彩ちゃんって、とっても強いのね。きっと誰にも負けないんだと思うわ」
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