(くっ、だめよ私……いくら嬉しいからってニヤケちゃだめ……! 下手したら殺されるかもしれないんだから。私が他の方向を警戒しなくちゃ……)
「ま、とにかく安心しろ。俺が絶対守ってやる」
「〜〜〜〜!」
声にならない声を胸の中であげる蘭華。
いつもより四、五倍カッコよく見えてしまっている飛彩に殺されてしまいそうだと蘭華は完全に飛彩に身を預けるのであった。
「っと。途中からは展開力をかなり抑えたから誰にも見つかってないと思うぜ」
「う、うん。さすがね」
事実抱えられていた蘭華はおぼろげながらその凄まじい勢いが見えていた。
屋根から屋根へ単純に飛ぶのではなく、物陰や着地してからの方向転換などを織り交ぜて完全に追っ手を振り払っている。
そのまま護利隊本部の屋上へと着地した二人は姿勢を低くして作戦を再度練っていた。
「でも、ここに来るっていうのはバレてると思うし、さっきよりスピード勝負ね」
そう言って隠し持っていたタブレット端末で内部の防犯カメラをハッキングして内情を探っていく。
どうやら夜勤の隊員すら出払ってしまっており、黒斗やメイ、果てにはララクを含め完全にもぬけのからになっているように見受けられた。
「多分、黒斗司令官たちは非常時の地下第二司令室に逃げたんだわ」
「入り方は?」
「塞がれたとしてもハッキングで開けられる。でも問題は……」
言い淀む蘭華の二の句を闘志みなぎる飛彩がつなげた。蘭華のカメラ越しに見た室内にある違和感を、飛彩は気配で鮮明に感じているらしい。
「防犯カメラにも映らないような手練が中にいるって話だろ?」
狭い室内で飛彩だけならいざ知らず、蘭華と共に精鋭を相手どれるだろうかというところで作戦が破綻する。
飛彩だけが辿り着いても中に入ることは叶わないからだ。カクリにさえ連絡を飛ばすことが出来たなら余計な考えが蘭華には湧き上がるが、その不可能な方法しか未だに良い方法が思いつかない。
「ええ。おそらく傭兵か軍人か……対ヴィランじゃなくて対人間を想定した何かが私たちを襲ってきてるわ」
「どこのどいつが雇ってんのかって言いたいところだが。ヒーロー本部しか俺たちのこと知らねぇんだから一択だよな」
そう呟いた飛彩は蘭華に背を向けておぶさるように促す。お姫様抱っこの次はおんぶ、かと幼馴染をやってきてこれほど嬉しいことはないと蘭華は涙を流す勢いだった。
しかし、それと同時に付き合いの長い飛彩に対する荒っぽい作戦についても見抜けてしまう。
「……突っ込む気?」
「もちろん、蘭華を背負ってきゃ地下への扉も開けられるだろ? 安心しな、身体には傷一つ負わせないからよ」
「そ、そこは信頼してるけど!」
「何か問題でもあるのか?」
「その……」
いくら胸部のアーマーがあるとはいえ、女子の胸を背中に当てられることをもう少し意識しろという怒りがふつふつと湧いた。
とはいえ有事にこれ以上怒っやり抵抗しても無意味だと恐る恐る飛彩の背中へと身体を預ける。
「道案内は頼むぜ。速度全開で行くからよ」
「ちょ、ちょっと心の準備が!」
肌に触れてなければ照れないのかと文句も言いたいところだが、屋上の扉を突き破り目まぐるしく変わっていく視界にしがみつくので精一杯だった。
「とりあえず一番下行けばいいんだよな?」
「だったら扉をぶち開けないでよ! 一階まではそこの階段駆け下りて!」
もはや二人して居場所を晒したも同然で、飛彩は素早い一歩を踏み出した瞬間に、殺気に溢れた気配に包まれて自然と口角が上がった。
「なかなかやばそうな気配じゃねーの」
「尚更最悪じゃない。私、背後から撃たれて死ぬとか嫌よ?」
「任せとけよ」
殺意という展開で敵が追い詰めてくるのであれば、上下左右に広がる紅き暴虐の展開で迎え撃つのみだと飛彩は凶悪な笑みを浮かべた。
それに頼もしさを感じる蘭華は、鎧のヴィランでも飛彩を止められないのだから人間が止められるはずがないと安堵の気持ちが湧いてくる。
「いくぜ!」
残像を残すほどの速度に蘭華は必死で飛彩にしがみつく。
わずかに見える景色から指で飛彩を叩いて方向を指示していった。
そして音もなく向けられる銃口には相手を確認せず紅い飛び蹴りを炸裂させる。
これだけ騒いでいる飛彩たちの接近に仲間であれば絶対に気付くことから、問答無用の殺意に対しては容赦ない足蹴を喰らわせるのだ。
展開力を螺旋状に練り上げた脚撃は空間を抉るように周りを巻き込んでいった。
放たれた銃弾を他のところに吹き飛ばすだけでなく銃と防刃チョッキをいとも簡単に吹き飛ばす。
「ぐああっ!?」
「どれだけ強かろうと一撃で倒しちまえば関係ねぇ」
反撃の心配もない戦闘不能状態に叩き込むには飛彩の一撃は充分すぎる。
散開して隠れた人員を探しているのか、それとも飛彩を迎え討とうとしたのかはもはや定かではないが、残虐の王の前には悪手だったに違いない。
「どっちが悪役分かんないわね」
「おいおい、俺はヒーローを守る正義の味方だぜ!」
奇襲を受けた護利隊本部の仇を討つかの如く、傭兵たちに紅き旋風を見舞っていく。
下の階に向かうに連れて増えていく敵兵だが、狭い室内での飛彩の脚撃は爆突風と言っても過言ではない。
「飛彩、やりすぎないでよ!」
「手加減してっから安心しろ! とりあえず地下三階までかっ飛ばすぜ」
歴戦の傭兵たちも少女を背負った少年に片足だけで軽々と敗北を味わされるとは思ってもいなかっただろう。
身体のダメージよりも精神を砕く脚撃に傭兵たちは敗北の記憶を消そうと気を失うことに躍起になっていたかもしれない。
「ここよ!」
通路に気絶した男たちの山を作りつつ、飛彩は蘭華を下ろして袋小路の場所を防衛する。
背後からの強襲の心配はないが、一点で狙われやすいことには間違いない。
「どのくらいで開く?」
「このくらい数十秒よ」
「頼もしい……なっ!?」
こうなったら終わったも同然と感じた刹那、隠れることをやめた軍靴の大部隊がロケットランチャーやミニガンという暗殺や奇襲も捨て去ったド派手な武器を行使してくる。
「俺らが中に入った後にも無理やりこじ開ける気か! じゃあ余計放っておくわけにはいかねぇな!」
数十メートルの通路など、飛彩にとっては一歩の距離だ。紅い閃光がに瞬きのうちに詰め寄られて兵士たちは壁と飛彩の足にサンドされる。
「そんな危ねえもん、狭いところで使ってくれるなよ」
「この、化物が……!」
「褒め言葉だね」
そのまま武装の引き金を踏み抜いて破壊した飛彩は再び一瞬で蘭華の側へと戻る。
蘭華もまた飛彩が一掃することを予見していたかのようで、ちょうど地下司令室へと続く扉が開いた。
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