「……よし、飛彩のことは任せたぞ」
そこで熱太もまた、歩みを止める。察した翔香とエレナもまたその場で立ち止まった。
死鎧はいまだに残っているが、その数は大幅に減っている。今戦力を投入すべきはどちらなのか、蘭華もホリィも理解は出来ていた。
飛彩を救うために、仲間たちを踏み台にしなければならないことを。
「ありがとう、熱太先輩」
「エレナ先輩も、翔香ちゃんも……ここは宜しく御願いします!」
内側から溢れる涙を堪え、二人は走り続けた。そんな二人を守るようにリージェの護衛をやめたララクが先陣を務める。
「数はだいぶ減ったね、一気に飛彩ちゃんを助けに行こう!」
「ええ。そして皆を助ける!」
フェイウォンを倒せば、その展開力から生まれた死鎧たちもたちまち力を失うであろうことからホリィたちは乳酸が溜る身体に鞭を打って走り続けた。
「リージェ」
それに続こうとしたリージェだが、熱太がちょっと待てと足を止めさせる。
「なんだい?」
「飛彩を頼んだぞ」
そこにあるのは拳を交えたもの同士だから芽生える好敵手への信頼。
そして、生まれた絆を守るためにリージェもまた小さく頷いた。
「はいはい。とりあえず始祖フェイウォンには殺させないよ。そのあとは知らないけどね」
「ははっ、頼もしい話だ……では、レスキューワールド! 出動だ!」
「「はい!」」
三色の展開が苦戦する刑たちへと駆け寄っていく。五色の展開領域が装甲龍を完璧に封じ込めていった。
仲間のために命を顧みない姿勢、それこそがヒーローの弱さだと考えていたリージェだが強さにもなるとやっと理解する。
「お前も、俺が殺すまで死ぬなよ」
精一杯の激励を溢し、ララクたちの元へとリージェも拒絶を利用して一瞬で駆け抜けていく。
血沸き肉踊る戦いも、悪として昂れることも全ては相手がいなければ始まらない。
最終的に全てを支配することが目的のリージェだが、その過程に飛彩たちがいなければつまらないと理由を並べて『ヒーロー』を助けようと奮闘して。
大軍を引き受けたメイと黒斗は終わらない戦いの中で、とにかく手足を動かし続けた。
奪った展開力の刃で鎧を切り裂き、メイは様々な攻撃を創出して光弾や斬撃で死鎧たちを屠っていく。
しかし、黒斗の消耗はあまりにも激しく生身の人間ではどうにもならない領域に踏み込んでいた。
「黒斗くん、もう撤退した方がいいわ」
「馬鹿を言うな、お前も展開力が全然回復していないだろう」
鎧を破られたことでメイも実力の半分も発揮出来ていない。故に黒斗を守りきれない、そう考えているのだ。
とはいえ、これほどの相手にメイ一人だけでも現状は厳しいことに変わりないのだが。
背中合わせの二人は迫り来る死が避けられないものだと悟る。
張り切って展開域を広げすぎて大軍を引き受けたからだろうか。
いや全ては未来につなぐために己を犠牲にしたからに他ならない。
「……黒斗くんも頑固だよね」
「お前もな」
「ねぇ……逃げないなら、私と一緒に、死んでくれる?」
諦めのセリフに対し、メイの語気は死んでいない。
「当たり前だ」
迷いのない答え故に、いつからか飛彩とは違う意味でこの人間に惹かれていたのか、とメイは小さく笑った。
残る全ての展開力を拳に注ぎ込み、黒斗と一緒に刀を握る。
ふと、黒斗はメイも飛彩も自分の命以上に守りたい存在だったのか、と笑みがこぼれてしまった。
「ちょっと不気味よ?」
「何で世界を守りたかったのか……思い出したのさ」
思い返せば、年上に敬意を払わない粗暴な飛彩との日常。
気怠そうにしつつ、飛彩にべったりな蘭華へ苦言を呈することもあった。
夜通しで研究を続け、休むこともないメイとの日々。
渋々押しつけられた護利隊の日々は、いつしか掛け替えのないものとなり、それこそが黒斗の守りたい世界になっている。
「なんだってやってやるさ。そのために俺は異世に来たんだ!」
「私の残る全てをこれに込めた。だから私一人じゃこれは振り回せない」
展開域操作が一瞬で行われたのは流石の実力と言えよう。
一瞬にしてメイの全ては刀へと宿り立っているのも厳しそうな息遣いを見せている。
「常人がこんな展開力を浴びたら、どうなるかは分からないの」
「俺は未来に全てを賭けた。なんだってやってやるさ」
互いの手を握り合って突き出した刀は名の頭髪と同じ緑色のオーロラのような揺らめきを見せた。どんどん伸びていく刀身はメイの展開域の端まで到達する。
この時、メイの胸中に暖かいものが広がっていく。
闇の世界で飛彩を見つけられた幸運を。
人として生きる意味をくれたきっかけに感謝して。
さらに、慈しむ母性とはまた別の燃え上がるような愛を教えてくれたもう一人の人間に心から感謝の心を抱く。
同じく攻撃よりも黒斗は別のことで頭がいっぱいだった。
流れ込んでくるメイの展開力はヴィランの物とは思えない優しく包み込んでくるような物で。
「いこう!」
「ああ!」
いつしか飛彩を救うこと以上にどこか特別な存在になっていた相手への感謝を応えるように刀にこめて。
「「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」
ちょうど大軍の中央で囲まれるようになっていた二人はそのまま刀をなぎ払い続け、死鎧たちを両断していった。
重くなっていく刀身を抱えながら二、三回転した二人は鎧が地面に落ちていく騒音に手応えを感じながら何度も斬撃を放つ。
いつしか、刀が何者にも触れなくなった刹那、互いの鼓動に耳を傾けるように座り込んだ。
片膝を着いた黒斗が優しくメイを抱き抱えるも、すり抜けるように鎧が消えていきメイは異世の砂上へと身を投げ出す。
「メイ……!」
「黒斗くん、流石、だね……」
強制解除された鎧の下にある白衣が黒砂に塗れていく。
崩れかけた黒斗は鈍くなっていた痛覚が意識を取り戻し始めたことで、黒斗の表情が苦痛に歪む。
それでもまだ倒れるわけにはいかない、と握るだけで腕が吹き飛びそうな勢いを持つ刀を強く掴み上げた。
痛みが脳を灼くも、おかげで死に近づく身体へと鮮明な意識を与えている。
強化アーマーも内側から吹き飛び、シャツもボロボロと崩れていった。
メガネを投げ捨てた黒斗は髪をかきあげて険しい表情をさらに鋭いものへと変える。
「最後の、仕事を」
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