「そう言うな、ひい……」
紡いでいた熱太の言葉を翔香はすぐに抑えて封じる。
飛彩を熱太とは違う想いで見ている翔香だからこそ、微妙な機微を察することが出来たのだろう。
ため息まじりで飄々とした様子を少しだけ見せた後、飛彩は意外な行動に出る。
「——悪かった。俺の単独行動の尻拭いさせちまってよ」
深々と下げられた頭。
どれだけ命令違反を繰り返しても黒斗に謝ることがなかった飛彩が初めて仲間たちに見せた心からの謝罪。
面を食らう熱太や黒斗をよそに蘭華をはじめとする少女たちは、その次の言葉あると信じている。
今日、飛彩が学んだことの本質はそれではないはずだ、と。
特に蘭華とホリィは頭を下げていた飛彩の前に回り込んで、その重く沈んだ頭を上げさせる。
「そうじゃないですよ?」
「ほら、もっと言いたいことあるんじゃない?」
お節介な笑顔を浮かべる二人が照れ臭くて表に出せない本心を引き出そうと手伝った。
強敵との戦いが終わったばかりだというのに、頬を赤く染めた飛彩は意を決しつつも視線を逸らしながら呟いた。
「それで……その、ありがとな。助けにきてくれて」
感謝するのに慣れていないからかとにかく恥ずかしそうな様子を見せる。
話を逸らすように蘭華の通信機を奪い取り、カクリにも短く礼を告げる。
「ふふっ、あのヴィラン倒すよりお礼言うのが難しいのかしら?」
「ば、馬鹿言ってんじゃねぇ! 慣れてねぇだけだ!」
茶化されて吠える飛彩に仲間たちが次々と集っていく。
親のような目線でその光景を眺め続けていた黒斗は思わず言葉を漏らしていた。
「そうだ、それでいい……お前も、そうやって笑い合っていいんだ」
「——それ、直接言ってあげたほうがいいわよ?」
周りくどいことをした結果、今回の戦いが発生したのだとジトっとした目線を送ってくるメイに黒斗は咳払いする。
「と、とにかく帰還しよう。面倒な報告は俺たち大人が全て受け持つぞ」
「——そうね。飛彩にはどんな治療よりも、あの子たちと一緒にいることの方が効きそうだわ」
月夜の下、茶化されつつも笑い合う飛彩たち。
メイや黒斗の願いが届いたのか、自暴自棄だった少年はどこにもおらず、表情にも笑みが戻っている。
「はぁ〜、戦い終わったばかりなのにこんな平和ボケしちまって良いのかねぇ?」
「良いの! 良いに決まってるでしょ!」
突きつけられた蘭華の人差し指が飛彩の頬を撫でる。
柔らかく形を変えたと同時に飛彩の口からも自然と笑い声が漏れ始めた。
しかし蘭華や春嶺を見るとどうしても傷つけた罪悪感が疼痛となって飛彩を襲ってしまう。
「……」
その微妙な表情の変化にいち早く気づいた蘭華は談笑している飛彩の顔を両手で掴み、自分の方へと向けさせる。
「ここに居ていいの。誰が何と言おうと私たちは飛彩の味方だから」
「蘭華……」
全員の視線を集める中、距離をつめるならばここしかないと飛彩の顔をどんどん蘭華は引き寄せていく。
「——私は、あんたになら何されても平気だから」
瞳を閉じて唇を近づける蘭華。飛彩も驚いて振り払うこともなく、素直にそれを受け入れようとしてしまった。
「ちょ、お前どうした……?」
動揺し過ぎているせいで身体が金縛りにあったような飛彩へ黄色い救援が瞬時に近づく。
「こらあ!」
その名の通り、飛びかかったのは翔香だった。
おんぶしてもらっていた熱太を踏み台にして一気に加速したのである。
「そういうの見せつけられたら困るんですけど!」
「お、おい! 別に俺は何もやってねぇぞ!」
「蘭華ちゃんじゃなくて私が、頑張った隠雅にご褒美あげるから」
「い、意味わかんねぇって」
飛彩を奪い去り、大胆にも押し倒す形になった翔香だが躊躇っているうちに怒りのオーラを纏わせた春嶺が翔香を投げ飛ばす。
「蘭華の幸せを邪魔するな……!」
行き過ぎた友情観を感じさせる春嶺は今度こそ力尽きて、その場に片膝をつく。
「くそっ、隠雅飛彩。もう一度蘭華のところに戻れ」
「えぇ……? お前、キャラ変わってねぇか?」
敵だった存在の地の性格に本日最大の違和感を見せた飛彩は、目を細めて怪訝な表情になってしまった。
「ちょっと春嶺、黙ってて。恥ずかしいから」
「蘭華が言うのなら……」
見ていられないと蘭華が駆け寄った隙に、唯一変身を解除していなかったホリィが未来確定の力で飛彩を真正面へと移動させる。
「はぁ、戦ってる時より疲れるわ。ありがとな」
鈍感な飛彩は純粋に助けてもらったと勘違いし、ホリィの両肩に手を載せたまま澄んだ眼差しで瞳を交わらせた。常に無愛想な飛彩から感情を引出させる少女たちに、飛彩自身も戸惑ってしまう。
「こんなことに力使わせちまったなぁ……にしても皆、どうしちまったんだ?」
「あ、う、うん……! へ、変だよね?」
他の少女たちと同じく勇気を出したものの、飛彩が優しく見つめてくれただけで満足してしまった初心な少女は顔を真っ赤に染め上げて変身を解除してしまう。
「? お前も顔が赤いぜ?」
これにて少女たちの騒動も一件落着と思えば飛彩の背後に異空間への扉が開く。
「もう〜! カクリのいないところで何をやってるんですかぁ〜!」
バランスを崩してその中に飛び込んでしまった飛彩は一瞬にしてカクリのいる輸送機へと転送された。
ごろりと転がった飛彩は仰向けでごちゃごちゃしている操縦席を眺める。
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