「一緒にあっちの世界へ行って、人として過ごせるように……いつしか、それが私の願いになったんだと思う」
記録や記憶の偽造など、創造の悪にとっては容易い。そして自身以外にもヴィランの侵攻が始まった時に対抗するため世界展開システムを作り上げたのだ。
メイの行動は一貫して「飛彩の暮らす世界」を守るために、なのかもしれない。
「人と……して」
もはや疑いようのない現実。メイも選んだ言葉が不味かったかと視線を後ろに向けながら口元を抑えた。
「飛彩、気にしないで。あなたは人よ。黒斗くんや蘭華ちゃんと何も変わらない」
「ララクだって仲間なんだ、今更俺がヴィランだったとしても構わねぇよ」
言葉では強気に語る飛彩だが、視線は俯いて影を落としている。
「でもよ……どうしても怖くなっちまった。皆が俺を受け入れてくれるのか」
仲間が何よりも大切なものになった飛彩にとって自身の変化よりも仲間の恐怖に染まった目が何よりも恐ろしいも
ので。
「飛彩……」
ヴィランであるメイにはかけられる言葉がない。
仲間ではあるが目線の違う黒斗の言葉もきっと心には浸透しない。
もう少し早く駆けつけられれば、そう感じたメイと黒斗がフェイウォンへとそれぞれの獲物を向けた瞬間。
音もない攻撃がフェイウォンの眉間へと突き刺さる。
「なっ!?」
「俺がケジメつけるしか……ねえだろ!」
黒い展開弾が顔面に刺さろうとフェイウォンの命を奪うことはないが、二、三歩よろめかせることは出来るだろう。
「飛彩! 待ちなさい!」
そのままよろめいていたはずの飛彩がフェイウォンの頭を掴んで膝蹴りを叩き込む。
軽やかに鎧を扱い、黒い軌跡を残すその姿はまさしくヴィランそのもので。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
自暴自棄。
紅き左足が目覚めた時に起こったものは能力を使わなくていい世界を目指したものだったが今は違う。
大切な仲間たちと言葉を交わすことを恐れた、言わば「逃げの戦い」である。
「はっ、先ほどまでとは大違いだ! お前もそれをわかっているだろう?」
「うるせぇッ!」
黒に塗りつぶされた自身の鎧達だが、能力は今も息づいている。
膂力強化、常時回復、展開無効と能力支配、それら全てが常時発動となり、今までとは比べ物にならない威力を叩きこめていた。
その実感もまた、飛彩の心を追い詰めて真っ黒な展開力を壁のように聳えさせていく。
仲間たちに自分の恐ろしい姿を見ないでくれと語るかのようで。
「ああ! 存分にその力を味わってみろ!」
黒に染まった全身の鎧に能力の差はなく全てが合わさり濁った黒となる。
飛彩は持てる全ての力を緻密に操作しつつ、大胆な出力で戦うことが出来ていた。
それはつまり。
「はぁ!」
右ストレートを受け止めようとしたフェイウォンの鎧をそのまま突き破り、ぐちゃぐちゃに粉砕していく。
拳がぶつかった相手にだけ展開無効を押し付けながら、自身は回復しつつ出力を上昇させる。
さらにダメージにより飛び散るフェイウォンの展開を支配の能力でさらに増加させていく。
これぞ飛彩の真骨頂であり、自棄になって殴りかかっただけで想像以上の威力を発揮したことに尚嫌悪感が増した。
そして、これが本来の実力だと感じてしまう現状にも歯が鳴るほどに怒りを覚えて。
「ああああああああああああああああああ!!!!!」
「はははっ! そうだ! もっと怒れ! それがヴィランだ! お前の本質だ!」
砕かれても即座に展開力で元の形に戻るフェイウォンに飛彩は激情のまま何度も拳を打ち付けた。
獣の親が狩りのやり方を教えるように、フェイウォンはよりヴィランとして深化させようと飛彩を悪の魅力へと誘っていく。
怒りにより、強さが満ち満ちていき、それがいつしか快感に変わるはずだ、と。
「お前も理解しろ! 人側にいるのは間違いなのだと!」
「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」
戦術も何もないただの感情を込めた右拳は軌道も丸わかりの大振りな一撃。
戸惑いつつも力に酔い始めた頃合いと考えるフェイウォンは、それでもなお強大な壁として立ちはだかろうと両手を前に突き出して防御壁を展開する。
全能感を持ってしても超えられない存在がいるのだと示せば、増長していただけ心も折れやすいと考えて。
しかし、防御壁と飛彩の拳が触れ合った瞬間、フェイウォンは誤算を悟る。
「なっ」
声が放り出されるのも束の間、防御壁を軽々と打ち破った飛彩の拳はそのままフェイウォンの顔面へと減り込み、目隠しのために作った展開域を突き破るほどの勢いで吹き飛ばした。
「はぁ……はぁ……!」
音のない拳が当たったと自覚できたのは、吹き飛ぶフェイウォンが黒い住居区画を粉々にしながら吹き飛んでいく光景を目の当たりにした時である。
蒼いはずの右腕も形はそのままに黒い光沢を放っていた。そして、それが真の姿であると見慣れない身体を覆う鎧が語りかけてくる。
認めたくなくとも、人であることをやめさせられた飛彩の拳は始祖をも穿つものになっていた。
短く切りそろえられた黒い髪の下で揺れる瞳だけが、情けない人の一面を語っている。
「……やつは死んでねぇ。あいつの展開力が尽きるまで殴り続けてやるさ」
そうフェイウォンだけを見ようとする飛彩だが、壊れた展開壁の背後を見ることは出来なかった。
いつしか壊れていた通信機を投げ捨てたことで飛彩は完全に孤立する。
この間も、仲間たちが駆け寄ってくれているかもしれないという想いが込み上げるのだが恐怖で振り返ることが出来ない。
故に前を見るしかないという後ろ向きな矛盾をはらんだまま、飛彩は一気に展開力を暴走させてフェイウォンへの追撃を開始する。
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