エンジン音が離れたことでメイも追随しようとするが、背後からの突き刺すような殺気に本能的に振り向いてしまう。
「ふっ!」
バイクに跨ったままの一太刀は爆煙を渦巻かせながら吹き飛ばしていく。
空を蹴るメイは紙一重でその攻撃を避けるも、すれ違いざまにミサイルポットから発射された粘着式爆弾を大量に浴びてしまった。
「寝ててくれ」
二輪車が着地して火花を散らす中、メイは空中で爆発という花火を咲かせる。
タイヤが道路に黒い跡を残して止まったが黒斗はすぐさま小銃に持ち替えて爆煙の中を狙う。
「はぁ……はぁ……」
そう何度も行えないこの攻防に黒斗は集中力を大きく費やしたようで、激しく息切れしていた。
実際爆風に巻き込まれないように戦うだけでも厳しいというのに、相手はランクSのメイなのだからこの一連の攻撃が完全に炸裂したのは奇跡に等しい。
飛彩達が駆る装甲車がどんどん遠くに離れていく音を聞きながら、未だに煙の中にいるメイを警戒しながらヘッドセットへと手短に要件を告げた。
「ヴィランを引き付けることに成功した。別働隊の飛彩は移動開始、他の部隊もこちらは気にせず亀裂の中へと押し返すことに集中しろ」
「し、しかし司令官! そのヴィランを一人で相手に……」
「こちらには構うな。引き続き情報は寄越せ」
相変わらずメイを相手にしながら見えない戦況の指揮もしようというのだから黒斗の覚悟というものは凄まじい。
自分の声が入らないようにマイクをオフにした黒斗は地面に鎧が落ちたガチャリという音を聞き漏らさず、その場所へ小銃を連射する。
「飛彩や蘭華ではお前を倒すことはおろか戦うことも出来まい。ここは大人の出番だ……そうだろう、メイ?」
音源へと弾丸は一直線に向かったはずなのに、命中した音もなければアスファルトを穿つ音もない。
「ハァァァァ……!」
「そう簡単にはいかない、か」
弾がカラカラと音を立てて地面に落ちていく。メイは煙の中で全て弾丸を受け止めていたのだ。
理性のない戦い方の中で垣間見える理知的な動きに黒斗は眼鏡の位置を直して深呼吸する。
「やはりお前は一筋縄ではいかないよな」
ゆらりと動いたメイが一気にトップスピードで黒斗の側を通り過ぎていく。
この戦場で一番の強者を運んでいる装甲車を本能的に狙っているのだろう。
「言ったはずだぞ」
直後、地面に転がっていた地雷がメイを囲むように火柱をあげた。
またがったバイクの周囲に発生する薄い緑色のシールドに守られながら黒斗はバイクから降りる。
「俺が相手だとな」
火柱を脚撃で吹き飛ばしたメイは関節がないような動きで仰反るように黒斗へと向き直った。
飛彩だけでない強者の存在を認めたのかもしれない。
「う、うぅぅ、うぐ……!」
時折見せる抗いの吐息を聞かされれば攻撃の手は鈍るだろう。
飛彩でも拳に力が籠らなくなる状況で、黒斗が見せたのは縮地で距離を詰めた上での居合切りだ。
「はあぁ!」
「ぐガッ!?」
ヴィランの固い鎧を両断することは叶わずとも、腰から左肩口まで叩き込まれた斬撃でメイは大きく怯む。
後方へ重心が傾き、僅かに浮いた左足という隙を黒斗の鋭利な瞳が見逃すはずもなく。
「ただの人間だと侮ったか? お前なら俺の実力くらい分かると思っていたんだがな」
踏み込んだ姿勢、振り抜いた刀身。
この状態からの追撃などあり得ないが振り抜いた右手を引くと同時に、軸足だった左足を払いながら黒斗は回転する。
「お前のおかげで時間も稼げた。こうして戦えているのもお前のおかげだ」
「アアァ!?」
「だから絶対に目を覚まさせてやる!」
蹴り飛ばされ、両足が地面から浮いたメイはそのまま後方へと吸い込まれていく。
瞬時に一回転した黒斗の姿勢は左足を深く踏み込み、右手の刀を突きの構えへと流れるように姿勢を変えていた。
「鎧を砕けば大きく展開力を消費するだろう?」
『注入!』
回転しながら柄へと突き刺していた飛彩用の展開付与装置。
刀身に流れ込む展開力に焦ったメイが展開で足場を作って起き上がったことが更なる不幸を招く。
「構刀・界突刺!」
光を纏った神速の一突きが膨らみのある胸部の鎧へと叩き込まれた。
展開力を纏ったことで強度を増した刀身はその威力を全てメイの鎧へと浴びせている。
「ッ、ハッ……!?」
ひび割れていく鎧を視界に捉えた黒斗は確かな手応えを感じつつ、二輪車に積んである誘導区域を作っている封印杭を取りに向かった。
その様子をドローンカメラで息を飲みながら見ていたホリィ達もガッツポーズを取ってしまうほどだ。
「これならメイさんも!」
「ああ、きっと正気に戻るはずだ!」
普段表情の少ない春嶺や刑にも笑顔が灯る。その緩んだ空気を引き締めるが如く、後部座席へと蘭華の怒号が響いた。
「亀裂が見えたわ! 突貫するわよ!」
その刹那、飛彩達の端末にとある人物からの着信が入る。
「カクリ!?」
慌てた飛彩だが蘭華は戦えずに残る辛さを察し、突貫直前のタイミングだが通信を許可する。
「つないでくれてありがとうございます」
検査入院も終わったのか、カクリの声音からは活力のようなものを感じられた。そして決意というものも。
「生きて帰ってきてください。祈ることしか出来ないけど……誰が諦めようとカクリだけは絶対に皆さんが無事に帰ってくるって信じてますから!」
「カクリ、それだけで充分俺たちの力になるんだ。俺たちの未来を掴むために絶対に帰ってくる! だから安心しろ!」
カクリの呼びかけは集中力を切らすかもしれない、と感じた蘭華だったが杞憂に終わり安堵する。
むしろ集中力が高まり展開力が集中していることを肌で感じることも出来ていた。
飛彩の言葉に涙を流している息遣いが聞こえつつも、カクリはせめて自分のことで心配させないように元気いっぱいの声で全員を送り出した。
「はい! 頑張ってください!」
その言葉を最後に蘭華は小さくまたねと残して通信を切った。
帰るべき場所を再確認した一同は、浮ついていた気持ちを引き締める事ができ、自分たちの任務の成功のみに焦点を当てられている。
「異次元空間は何が起こるかわからねぇ! 気合い入れろよみんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
その掛け声からわずか数秒で、飛彩達は異次元空間の亀裂へと突入していった。
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