「寂しがりがぁ! うだうだうるせぇんだよ!」
そう吠えてもフェイウォンが手をかざせば黒炎が螺旋を描いて飛彩へと降り注いでいく。
フェイウォンの展開力がどんどん広がっているとはいえ、唯一大きく残る足場が砕かれては攻めも難しい。
(無限のエネルギーを持つ相手に長期戦はむずい。この炎を雨を潜り抜けるには……)
今もなお迸る紅い力、残虐ノ王の脈動を感じた飛彩は空中を駆け回りながら己の力を信じる。
「一気にぶち抜く!」
紅の脈動、展開力の異変に気づいていたのかフェイウォンの炎が飛彩の進行方向を埋め尽くす。
「っ!?」
もはやスピードを緩めても逃げられず、今の速度では炎の壁に突っ込むも同義だ。
さらに速度を上げつつ、なかったことにする力で炎を吹き飛ばしながら進むしかない。
緩やかに突入して受けに回れば、また一歩敗北に近づく。
「追いかけ合うのも終わりだ! 燃え尽きろ!」
そのフェイウォンの方向が耳に届くと同時に、飛彩は瞳を強く閉じた。
「隠雅」
そして、耳元に確かに聞こえたその声が飛彩を瞬時に開眼させる。
存在するはずのない黄色の展開力が両足に漲り、飛彩は空気を蹴ってさらなる加速を見せつけていく。
「なっ!? 今ここで限界を超えたと!?」
暴れ狂うように見えて飛彩の限界値を測っていたフェイウォンが驚くのも無理はない。
凄まじい速度で相手の眼前へと迫るどころか、背後を取るように一気に加速したのだから。
「今のは、翔香……?」
何が起きたか分からない飛彩だが、自身へと一時的に宿った力と共に修行を重ねてきた記憶が蘇る。
たったそれだけで説明のつかない力の上昇を飛彩は納得した。
「あぁ……皆一緒に戦ってくれるんだ!」
残像と黄色い軌跡を残す飛彩の攻め手は桁外れの速度を手に入れたことで一変する。
それが本当に見えたものなのか 、飛彩だけに見えた幻影なのかは分からない。
「ぐっ、ぐぅぅぅ……!」
ただ、別人の展開力が加算されたような動きを見せる飛彩がフェイウォンにとって煩わしいものであることは間違いなかった。
「これがレスキューイエローのトップスピードだぜ!」
蛇のように這い寄る炎を避け続け、すれ違いざまに太刀を浴びせるヒットアンドアウェイ。
上下左右様々な方向から何度もフェイウォンを斬り裂いていく。
(煩わしい。軽くとも、こう何度もやられては……)
展開効率の良い追尾型の攻撃をやめて、飛彩を取り囲むように黒炎での壁が出来上がった。
「これならば速さは関係あるまい」
「ちっ、展開域を自由に使いやがって……」
火葬を起こす棺に阻まれた飛彩はまさしく万事休すだが、今味方をしてくれるのは自身の能力だけでないと知っている。
「さあ、どうやってぶち抜くか」
「考える時間はたっぷり与えただろう。さあ、燃え尽きよ!」
黒い展開域の足場が紫と黒を混ぜたような光をあげて飛彩を焼き尽くす炎柱の準備が整う。
炎の壁で囲まれた空間はまさに飛彩の存在を消す火葬場といったところか。
「お前の勝ち誇った間抜け面が見れねぇのが残念だぜ」
「……何?」
「俺には頼れる先輩達がいるんでな!」
まず飛彩に宿るは水色の展開力、レスキューブルーことエレナのものだ。
コンマ数秒ほどの間に飛彩は冷静に炎の壁を分析する。
仲間の展開力を宿す際に、受け継ぐのは能力だけではないらしい。
(同じように見えて火力にはムラがあるな)
的確に見抜いた炎壁の薄い部分へと白刀を振り抜き、巨大な氷柱を叩きつける。
「氷? 無駄だ! この炎は全てを焼き尽くす!」
「おいおい。先輩『達』って、言ったろ?」
次に宿るは左足の展開にもにた赤い展開力。
それはフェイウォンの炎よりも先に暖かい橙色の炎で飛彩を包み込む。
「はっ、そんな炎で何を━━」
「さぁ、たまには熱太を見習って熱くならねぇとな」
灼熱を纏う飛彩は空を蹴り、氷柱で攻撃した炎壁へと速度をあげて突撃していく。
その時ちょうどフェイウォンの黒炎の準備が整い、壁の中を焼き尽くさんとうねりを上げた。
「はっ、大口を叩いた割には自滅特攻か?」
「いーや」
赤と青、そして黄色の展開力を白き身に宿す飛彩は火葬場から抜け出すだけでなく、目にも留まらぬ速さで背後を奪っていた。
「何!? 我が炎で燃え尽きたはず!」
「悪いな」
三つの展開力が螺旋を描きながら刀身へと宿り、虹色の力をわずかに呼び覚ます。
「熱太以上に熱い炎なんて知らなくてよ」
振り向きざまの迎撃も間に合わず、隙を晒した肩口へと鋭い一閃が浴びせられた。
黒い展開力が飛び散ることで、濡らされたかのように周りで荒れ狂っていた炎が勢いを弱める。
「ちいぃ……往生際の悪い男よ」
「お前こそな。今の一太刀は確実に首を落としたと思ったんだがよ」
傷口を黒炎で焼くフェイウォンに飛彩は確かな手応えを感じ始めた。
無尽蔵のエネルギーを引き出せたとして、破壊と再生に耐え切れる器が存在しないことが証明される。
「仲間の力を借りる? それが強さだと?」
「超えられない壁を乗り越える力を……みんなが俺に託してくれたんだ」
白き鎧は黒きヴィランを塗り替える白でありながら、友の力に染まる白でもあるのかもしれない。
だが、その構成を認められないフェイウォンはだらりと両手を下げた野性味あふれる構えで飛彩を睨みつけた。
「私にはそのように群れることが強さなど、到底理解できん」
「してもらう気なんてねぇから戦ってんだろ、俺たち」
「圧倒的な『個』を崇め、その力を活かすために奉公する……そして強さは結集する」
「問答はやめるんじゃなかったか? お前、俺を説得したいのか殺したいのかどっちだよ」
その問いに、再びフェイウォンが瞳を揺らす。
まるで、数少ない同胞を手にかけるのを躊躇っているように思えるほどで。
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