再び力を上昇させている始祖に対して飛彩は極めて冷静に向き直った。
「それはお前の願いか? 始祖のヴィラン」
「っ……私の願い? だと?」
「だったらいいな、で、俺は止まらねぇよ」
再びフェイウォンは飛彩の背後に集うヒーロー達の幻影を見る。
満身創痍のヒーロー達は確かに存在しており、展開力で幻を見せている余裕などなさそうだった。
それでもフェイウォンには目の前の事象は理解出来ても理解したくないもので。
人やヴィランという垣根を超えて全てを飛彩に賭けて共に戦っている信頼など、到底認められるものではないようだ。
「世界展開は想いを具現化するって言ってたよな?」
頭部の鎧を外し、飛彩はそれを投げ捨てる。
短い髪はより漆黒に染まるものの、常に凶暴だった目つきは穏やかなものになっていた。
「俺たちの想いがひとつになって、お前と戦う……これは能力でも何でもない。俺たちの絆だ!」
たった一人を支えるために戦う飛彩達と、たった一人で部下も何もかも使役してきたフェイウォン。
(それでは、私がヴィランを生んだのは、ただ━━)
本当に欲しかったものが何か、わかりそうになった頭へ何とフェイウォンはと手刀を突き刺す。
「えっ!?」
動揺は離れたところで見守るホリィ達にも広まっていく。
飛彩も目を見開き、辺りに飛び散る黒い血のようなものに致命傷を感じてしまうほどで。
「テメェ、イカれたか……!」
その致命傷を治そうと、頂点の力が残り少ない異世を構成する展開力を吸収していく。
「私は頂点。情けない思考など、不要」
崩壊の速度は比にならないほど早まり、大地が避けて深淵へと沈んでいった。
「全て、私の元に戻るのだ!」
蘭華やホリィ達の足元にも亀裂が走り、侵攻時に見た重力の渦が視界へと映る。
「あと一分も保たないよ!」
ララクだけが感じられるヴィランの細かい異世の状況を知らせる展開力。
あと一押しでフェイウォンを討てる状況で撤退せざるを得ない状況に追い込まれてしまった。
「飛彩くん! 私たちの展開力を全部乗せた一撃なら!」
「そうよ、もう少しで勝てるって!」
倒れていた仲間達もよろよろと立ち上がり、フェイウォンへとそれぞれの得物や拳を向ける。
飛彩を一人にはしない犠牲の心をこの場にいる全員が抱いていて。
「未来確定で、飛彩くんの攻撃を当てましょう!」
しかし、そんな気持ちを絶対に許せない男が一人だけ存在している。
仮面が外されたことで穏やかな表情が見えた蘭華には、その優しさが恐怖にしか思えなかった。
「━━嫌」
別離の笑みは、残酷なまでに優しく。
「ここからは俺だけの仕事さ」
飛彩とフェイウォン以外の戦場にいる全員の前に空間亀裂が発生する。
しかも、元の世界へと安全に渡れるような白き展開力の道まで舗装されていた。
「ダメ! 飛彩!」
その空間亀裂は対象を追尾するように穴へとヒーロー達を吸い込んでいく。
「ありがとな。変わらず受け入れてくれて」
「当たり前でしょ! だから一人で背負わないで!」
「お前らが死ぬのだけは耐えられないんだ」
全員の足元に移動した亀裂が全身を飲み込み、現世へと続く狭間に落とすことは容易かった。
「飛彩ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
別れの言葉も言えない刹那の出来事に、暗い異世に一層の寂寥を運ぶ。
この壊れゆく薄暗い世界には、たった二人しか残っていない。
「いいのか? 貴様一人では我に勝てぬぞ?」
「はっ。さっきの一撃で死にかけだろ?」
崩壊を始めていた足場が動きを止める。
フェイウォンと飛彩の展開域だけが崩壊の動きを止め、狭間の世界に闘技場を作り上げた。
紫と青の混ざったような狭間の光により、異世で固められた時よりも視界は開けている。
「それに皆の想いは受け取ってる。俺は……一人じゃない!」
「黙れ黙れ黙れぇ! 貴様はヴィラン側だろうに!」
始祖故にフェイウォンの展開力を検知する能力は並外れたものになっている。
飛彩には見えていない展開力の形が、ヒーローの姿を保っていることが、尚更鬱陶しく。
振り返ったフェイウォンの後ろに死してなお自らの意志でフェイウォンを守ろうとするものは存在しなかった。
「嫉妬など私が抱いてたまるものか……」
打って変わって小さくつぶやかれた言葉を、もはや飛彩は深く拾うこともなく開戦のゴング代わりに切り掛かった。
「さっきからぶつぶつうるさいぜ」
飛彩が行なったのはまさかの投擲。
絆の象徴である刀を投げ飛ばす飛彩にフェイウォンは目を見開く。
「そんなに仲間が羨ましいか?」
投げた刀を追い抜かすほどの速度で背後に回り込む飛彩は首筋目掛けて回し蹴りを放つ。
その一言がなかったら奇襲に成功していただろうが、おかげでフェイウォンは我に帰り飛んできた刀を掴む。
「戯言を! 仲間の一撃で死ぬがいい!」
「お前にゃ振れねぇよ」
振り向きながらの横薙で足を飛ばしてやろうとするフェイウォンだったが、突如として刀を握った左手に激痛が走る。
「ほらな」
向き直ったことで飛彩の回し蹴りは顔面に炸裂し、その勢いのまま怒涛の拳を叩き込んでいく。
今や世界の狭間にある浮島となった場所の端までフェイウォンは殴り飛ばされていった。
(あの刀、麻痺の力が?)
「ヴィランにヒーローの刀が使えるわけねぇだろ」
種族で言えば飛彩もヴィランだが、展開力に呼応した虹色の刀は逆再生のように飛彩の手元へと戻ってくる。
「貴様も同じだと何度言わせれば!」
今にも崩れそうになる崖際で踏みとどまったフェイウォンは渾身の力で右ストレートを射出した。
「ああ。そうだな」
対する飛彩は拳を両断する勢いで刀を振り下ろしている。
黒と虹の光がぶつかり合う鍔迫り合いは、薄暗い世界を照らす太陽のように輝きを増していく。
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