これ以上は余裕がないから各自で頑張って、そう言い残した春嶺は一瞬でユリラの背後に回った。
「ぐっ!?」
変身の本質を伝えられたかもしれないがそれが出来るかどうかはまた別の話だ。
春嶺は皆の救援に向かわねば、と勝負を急ぐ。
「弾けなさい」
「ぐぅあ!?」
散らばった弾は跳弾を繰り返し、あらゆる方向からユリラを襲う。
その直撃受けてさらによろめいたものの、幹部の一人であるユリラも簡単には引き下がらない。
「調子に……乗るなぁ!」
起き上がりながら振り回した薄紫の髪に展開力を纏わせて巨大な斬撃を放つ。
冷静な佇まいからは想像もつかない攻撃に春嶺も上半身を柔軟に仰け反らせて紙一重で回避する。
「らしくない技ね」
「あなたとそんなに親しくなった覚えはないけど?」
頭を振った遠心力を利用して距離を一気に詰めるユリラ。
春嶺は跳弾により近距離にも対応できるが、超接近戦に持ち込まれれば戦況は苦しくなるのは間違いない。
「ヒーロー相手に様子見は不要。さっさと死んでもらうわ」
「今までとは違う。もう逃げも隠れもしない!」
飛彩にも劣らぬ格闘術でユリラの拳を受け止め、そのまま背負い投げで吹き飛ばす。
しかしユリラもまたすぐに跳ね起き、長い脚から繰り出される素早い槍撃が春嶺の柔肌を掠めていく。
まさに一進一退の攻防だが、春嶺としては距離を取りたい。
相手を突き放そうとする防御的な戦いがユリラの付け入る隙となり、拳や脚撃が減り込むようになった。
「私を文官だと思わないで頂戴?」
「文武両道なんて反則だな」
至近距離からの弾丸は展開力を纏った拳で弾き返され、跳弾不可能なものとしてユリラの指揮下に置かれてしまう。知覚された状態では春嶺の十八番も無意味なものとなる。
(奴が知覚出来ないほどの速さで撃ち抜くには……仕込む時間が足りない!)
近接戦を引き受けてくれる誰かがいれば、そう春嶺は考えた。
そして戦いを眺めている刑は肌でそれを感じ取り、戦闘の頭数に数えられていないことを悟る。
先ほどから刑が感じている視線は戦いに参加しろという高圧的なものではなく、守るものを見るような優しげな視線だった。
守られている、それが変身できないことよりも悔しく拳に力が入り唇の端からは血が出るほどで。
「俺は……何をやっている!」
斜に構えて冷静を気取り、必ず勝てる相手としか戦わない、外面ばかり気にしてヴィランにも取り憑かれた。
そんな殻を脱ぎ捨て、人気を捨ててまで誇りを優先したというのに今の刑は地面と仲良しといった状態だ。
何のために血の滲むような努力をした、と刑は再び仕込み槍を握る。
「……どのみち、全員生き残れるような戦いじゃない」
槍を杖代わりに起き上がった刑は春嶺とユリラが距離をとった瞬間に一気に立ち上がり、端正な顔立ちからは想像もつかない咆哮をあげる。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
負傷も顧みない特攻に春嶺はおろか、ユリラもたじろぐ。
ヒーローが戦えるこの状況でわざわざ命を散らすような真似が必要なのかという逡巡を縫った一撃がユリラの腹部へと叩き込まれた。
「こっ……んなもの! 効くわけないだろう!」
身体をくの字に折ったユリラはそのまま槍を突き戻す。
しかし刑の猛攻は止まらず、弾き返された勢いを槍の先端に乗せて回転する。
大振りな一撃だが、超速で放たれた二撃目も横腹へと炸裂した。
微弱なダメージなのは間違いないが、すぐさま刺突の乱打という流麗な攻撃展開を見せる刑に春嶺は瞠目する。
冷静な刑の落ち着いた攻撃の手数に見え隠れする、なりふり構わない泥臭さがある心を。
そこで遠距離支援の役目を任されたことに本能的に気づいた春嶺も、刑を守りつつ跳弾の檻へと封じ込めた。
「あのヒーローのために捨て駒になったのね」
「死に物狂いと言ってもらおう!」
痛みを完全に無視している刑は、気合と経験則だけでユリラの攻撃を捌いていく。
槍で受け止められない一撃が入りそうな場合は春嶺の跳弾が割って入り更なる隙を作り出した。
たった二人だが、ユリラにとっては数十人を同時に相手している時のような血気迫る状態まで追い込まれている。
(あの女を自由にしただけでここまで出来るとは……この男を殺したくとも、人間の割りに中々出来る)
槍をフェイントにした波動、波動をフェイントにした槍撃。
どちらも無視するわけにもいかないユリラは四肢全てを動員した超接近戦で呼吸を早めていく。
(私が追い込まれるなど……指揮者として許すわけには!)
春嶺の作り上げた展開域と混ざり合うユリラの領域がより黒く、まるで穴が開いてしまったかのように闇へと溶け出した。
何かの前触れのようなその深化に目を向けられない二人は決死の攻撃を続けていく。
一方その頃、制約による縛り、さらにはユリラの指揮下にも置かれていることからほぼほぼ自分の意志とは関係なく動くリージェとララクが牙を剥いていた。
意思もなく目についたホリィと蘭華を破壊の限りを尽くしながら追いかけ回す姿はまさに災厄。
恐怖の権化は完全に復活してしまった。
しかしリージェは未だに意思を持ち合わせており、飄々とした雰囲気と声音で熱太と接近戦を繰り広げている。
「ちょっと時間稼ぎさせてよ。上からの縛りを外すのに手間取っててさ」
「そんなものに付き合っている暇はない!」
「余生を少しでも長くしてあげる僕の心遣いが分からないかなぁ?」
拳と剣が重い金属音を響かせて接近戦を繰り広げ、エレナと翔香も位置を巧みに変えながら広間の一角で戦いを繰り広げている。
ヴィランが憩うのかは不明だが、少なくともこの小さな公園のような場所は戦場と化していた。
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