「ホリィちゃんのお父さん、結構いい人じゃん?」
「死ぬかもしれない戦いに向かう娘に何も声をかけない父親がいい父親と言えるでしょうか」
廊下を歩く一同はそれっきり黙り込む。複雑な親子関係を知らされたことよりも、指揮権を全て手に入れたものの負けられない戦いの責任を感じ始めたのだ。
「ご、ごめんね……」
ただでさえヒーローの力を失い、暗くなっている状況なのだ
「まずは自軍の状況把握だ。そして意思を統一する」
「助手やオペレーターが必要だろう? 僕が仲良かった連中に声をかけてくる」
「熱太くん、翔香ちゃん、私達もそうしましょう」
「すまないが頼む。信頼できる人員で周囲は固めておきたい」
決戦へ着々と進んでいく準備。このまま黒斗達はヒーロー本部の司令室を本陣として戦況を把握していくことになる。
「この戦いは飛彩以外は戦えない……どう士気を保つかが勝負の分かれ目だな」
あまりにも厳しすぎる状況。
ヴィラン陣営の情報が不透明なこともあり、足並みを揃えている今だけは戦いが始まってくれるなとフェイウィンを知る連中は焦燥を募らせていった。
人類陣営が戦いに備える中、フェイウォンやメイ、囚われたリージェやララクは一度闇の居城へと戻っていた。
リージェが反旗を翻したことで城下に住まうヴィランは飛彩やフェイウォンにより滅され、大幅に数を減らしている。
故に次の作戦のために異世各地に散らばっているヴィランを結集させるのには時間はかかる上に、我が強い連中はフェイウォンへの忠誠はあっても互いにいがみ合っていた。
リージェの時とは異なるヴィランという全ての種を結集しての侵攻が奇跡的に人類側へ時間を与えている。
「さて、クリエメイト……お前の要求を聞こうじゃないか」
円卓に向かい合うように着座している二人。
そこから少し離れたソファに人形のような佇まいで飾られているララクとリージェの意識は未だに復活していない。
「あら、本当に寛大なのね」
「私は一度あちらを見限り、興味を示したお前に全てを渡した……お前が支配していた世界と言っても過言ではない」
室内でもローブを纏ったままのフェイウォンを鎧の全貌を明かさずにいる。
光の少ない世界はフェイウォンの周囲ともなるとどうしても闇の帳が降りてしまい、恐怖の空間へと変貌していく。
「それを無理やり奪おうと言うのだ……お前が醸成した悪の世界を、な。せめて敬意を払い、言い分くらいは聞いてやろうというんだよ」
誰もそんな様子を見たことはないのだろうが、今のフェイウォンはまさしく機嫌が良い状態と言えよう。
悪を抜き取り見捨てたはずの世界で悪が芽生えていた事実は、悪をこよなく愛するフェイウォンにとって宝の山が見つかったも同義なのかもしれない。
「別に私はそういうつもりでやったんじゃないんだけど? 私の便利な世界、私が誰にも脅かされない世界を目指しただけ……」
「まあ、理由はどうあれだ。クリエメイト、お前の要望をかなえてやる。私は身内には優しいんでね」
リージェに対する厳しい態度を察知しているメイは、どの口が言うのかと心の中でせせら笑った。
それが感知されているのかもしれない、と思いつつも素直に従うつもりもないらしい。
「私が正式にあっちに渡ってから……人間の単位で言えば数十年よ? あの箱庭で遊ぶのが飽きるまで侵攻はやめてくれないかしら?」
悠久の時を生きるヴィランにとって数十年、数百年という単位は一瞬かもしれない。その真意を測りかねる問答にフェイウォンはゆっくりと口角をあげた。
「それは難しいな。私の求めるものが目の前にあるのに黙っていろなど……お預けされるのは嫌いでな」
「そ……じゃあ、せめてある程度私の好きなように出来る区画を頂戴な。時の魔王でも世界の半分くれるって言うんだから」
一歩も退かないメイはヴィランらしく欲望を垂れ流している。
受肉した存在は基本的に鎧をかぶらないが、表情を気取らせぬように美しい顔を隠していた。
「私に対してそこまで申すとは。お前もララクと同じであちらの文明に惹かれた口か?」
「……ええ、そういうところね」
「戦い以外の娯楽を求めるのは流石に欲深すぎるとは思わんかね?」
「はぁ……やっぱり無理やりいくしかないか」
メイは覚悟したようにゆっくりと立ち上がった。緑がかったオーロラが輝く展開域が三次元的に広がっていき光を散らしていく。
「後から欲しいって言ったくせに図々しすぎじゃない?」
「私から生まれた存在が、そこまでの口をきけるとは面白い」
交渉の決裂は互いに譲らぬものがある時点でフェイウォンにもメイにも見えていたものだろう。
それでも一度異世に戻ったのは現世という賞品を傷つけないためにある。
メイは己の領土を守るため、フェイウォンは壊すならば自らの手でじっくりと壊すため、という目論見のために。
「フッ!」
立ち上がったメイは大振りな回し蹴りを顔面目掛けて放つ。
蹴り始めの勢いだけでフェイウォンの長髪が靡いて視界を覆っていった。
(威力はあるようだが、この程度の速度で当てられると思っているのか?)
空を裂く速度の脚撃を紙一重で避けようとしたフェイウォンだが椅子に縛られたように身動きが取れなかった。
「何?」
「はぁぁ!」
硬く鋭い鎧が斬撃と打撃を同時にフェイウォンの顔へ刻み込んだ。
仰け反って衝撃を逃すことも出来ない相手へメイは拳に展開力を込めて打ち付けていく。
すると椅子に発生していた鎖は千切れ、フェイウォンは城を突き破るようにして吹き飛んでいった。
城下を越え、荒地に叩きつけられるフェイウォンは久方ぶりに倒れ込まされたという感覚を味わったことで笑いが止まらなくなっていた。
「そうか、そうだったな! お前は『創造』の悪だったなぁ!」
そう叫ぶと同時に、闇の世界を照らすオーロラが空のような部分へと広がっていく。
「この展開域の中で創れないものはないわ」
「むっ」
「創誕、鉄槌雪崩」
四角い巨大な岩塊が寝転ぶフェイウォンの視界を埋め尽くす。
再び避けようとしたものの、地面から生える鎖というあり得ないものに阻まれたことで岩の雨をその身に浴び続けた。
「戦いから離れて、鈍ったとでも思った?」
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