だが、「やや」なのだ。
ハイドアウターは足で蹴り上げただけ。落下しているはずなのに、明らかにエネルギー量が違う。
「くっ!」
「それが全力だとしたら興ざめだわぁ〜!」
しかし、ここにはもう一人戦士がいる。狙撃銃を携えて走る一人の少女が。
「はっ……はっ……!」
元より蘭華は後方支援、狙撃の才があるからと言っても前に出ない方がいいのは明白だ。
「あー怖い。死ぬほど怖いわ。ほんと、笑っちゃうほどにね」
瞬時にされた計算により導き出された弾道。それから寸分狂わず射出された弾はレギオンの時にも使った炸裂弾だ。
「でも、基地に帰って震えてるより百倍マシでしょ?」
それはハイドアウターの左肩に命中して即座に爆発する。
おかしな方向に勢いづいたせいで、鍔迫り合いをしていた拳と足が離れる。
「ここだぁー!」
腹部へと減り込む飛彩の拳。膨らむ筋肉が威力をどんどん底上げしていく。
「な、ナメんじゃないわよー!」
渾身の一撃がめり込んだまま、落下していく二人。
やはり敵の装甲は硬く、ダメージが少ないことが伺える。
さらに靄隠しの認識のズレが飛彩を襲い、手元が狂いそうになるのを気合いで堪えた。
そのせいか、もがいたハイドアウターは少し身を捻れば抜け出せそうになる。
「熱太! いつまで寝てんだあぁぁぁぁぁ!」
熱波が砂煙を吹き飛ばす。
運動場の端にいる蘭華も顔を覆うほどの熱気だった。
聞こえるはずのない声に呼応するかのように、熱太は飛び上がった。
「いくぞぉぉぉぉぉ!」
全てを察したハイドアウターだが時すでに遅し。灼熱の炎は龍となり、熱太の周囲を渦巻く。
「ヴォルカニック! ドラグライザー!」
龍の顎門と共に空へと登るアッパーがハイドアウターの背中に直撃した。
飛彩の渾身の一撃、熱太の豪炎の一撃に挟まれたまま、展開のエネルギーがほとばしって周りに広がっていた黒い領域に赤い炎の穴が開いていく。
「がっ!? がはぁっ!?」
黒い靄のようなもの兜から漏れ、霧散していった。
二人の拳の勢いがハイドアウターの身体を有り得ない方向に曲げていく。心臓部を背中側から撃ち抜く熱太と下腹部に減り込む飛彩の拳。
そのまま、熱太の拳が貫通する形で反対側へと突き抜けていく。
「よしっ!」
「決まったぁ!」
さらに温度の上昇を感じた飛彩はその場を熱太に任せて、先に地面に降りる。
それを確認すると共に、燃え上がる熱太が瞬時に組み伏せ、隕石のごとく地面へとクレーターを作り上げた。
「フェイタルバスタァァァァァー!」
次々と決まるレスキューレッドの必殺技。
さらに腹部に空けられた穴からは血のように靄が溢れ出していく。飛彩も熱太も、もちろん蘭華も勝利を確信した。
ハイドアウターの張った世界展開が急激に小さくなっていく。ここから復活したとしても逆転することは不可能だろう。
「敵が油断してくれたいたからよかったものの……本気だったら間違いなく、俺は……」
「はっ……テメェの弱音吐くところなんざ見たくなかったよ」
見えていないはずなのに長年の相棒のような戦い振りを見せた二人に蘭華は小さく嫉妬した。
「さぁて、これで帰れるわね飛彩……司令官やメイさんの説教覚悟しておきなさい」
そこで収縮していたハイドアウターの世界展開が止まり、全員が寒気と共に振り返った。
背を向けていたクレーターから凶暴な爪が姿を覗かせていている。
「しぶとい野郎だ」
「まだ生きているとは……もういい加減疲れたぞ!」
ゆっくりとその姿を現わすハイドアウター。空いた穴から溢れる靄が漏のせいで、元から空洞だったかのようだった。
さらに四肢の関節を外しており、濃い靄で繋がっている見まごうことなき化け物のような姿を現わす。
ふらふらと漂う首は大きく揺れながら笑っていた。
「こんな目に合わせてくれたのはアンタたちが初めてよ。元に戻せないのよ? コレ」
平常時と変わらぬ声音に、まだまだ終わりは遠いことを察する。
展開を小さくしたのは油断させるためだけでなく、狭い空間内で威力を上げるためだろう。
「靄は私のエネルギーそのもの。こういう使い方だって出来ちゃうんだから」
「全く嬉しくない情報だな、クソが」
装甲が本体なのか、靄が本体なのか、何を壊せばハイドアウターが死ぬのか、もはや飛彩には分からなかった。
何にせよ直接的な打撃攻撃しかない飛彩には奴を殺すことが出来ない。
「……っ!」
動けなかった飛彩に対し、熱太が毅然と前に出る。
「すぐにエレナや翔子がくる。それに新人のホーリーフォーチュンもな。俺たちは絶対勝つ」
「それまで貴方が保つかしら?」
またも飛彩は安心した。そして、再び差を感じてしまった。
ヒーローと自分の違いに。一歩を踏み出せなかった弱い自分に。
「……うおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
故に飛彩は飛び出した。
なによりも悔しかったのだ。
自分が他人に与えられない安堵を簡単に与えてくるヒーローたちに対して。
「オラァ!」
「んもう、ガキじゃ私に勝てないって分からないのかしら?」
もはや四肢は遠隔攻撃用になったともいえ、靄で繋がれた腕が飛彩を襲う。
靄を断ち切ったところで意味はなく、すぐに元通りになり、追尾ミサイルのように飛彩へと何度も迫った。
熱太も割って入ってきたが戦況は一向に好転せずに飛彩が息を合わせて戦わなくなったこともあり、二人してあしらわれるように攻撃を受け続けるだけだった。
「攻めても意味ないわ! さっきみたいに援護しないと!」
その言葉がさらに深く飛彩の心を抉った。そう自分はヒーローに縋ってしまっていたと。
怒りのままに突撃した。懐に潜り込んだと思えば、後方から腕が迫り、ありえない位置からの攻撃が炸裂する。
視覚からの一撃と靄隠しはありえないほどの相性の良さを発揮していた。
もはや腕二本では全く対応出来なかった。鋭い爪撃に防護スーツごと身体を斬り裂かれる。
「ぐぅっ!?」
「もう飽きちゃった……まずはそっちから」
回転し勢いづく爪撃が飛彩の腹を穿つ……
——はずだった。
凄まじい戦いの最中に頭の中を通り過ぎていく記憶。それは懺悔か、生への懇願か。
——その昔、飛彩は塞ぎ込んでいた。幼かった飛彩でも、自分が人類の希望を死なせてしまった、という事実は理解できていた。
護利隊に保護された飛彩は、親もおらず、預けられていた孤児院から護利隊の施設へ移されてからは、環境の変化も相まって、よく逃げ出すようになっていたのだ。
公園はすでに、夕日でオレンジに染まっている。ヴィランズの台頭があってからは遅くまで遊ぶ子供もいなくなっていた。寂しげな風景にポツンと残された幼い飛彩も、より深い影を落とす。
「飛彩」
「……熱太にいちゃん?」
現れたのは幼き熱太。幼い時から遺憾無くリーダーシップを発揮して、周りを先導する子供だった熱太は飛彩をいつも引っ張っていた。
「急に引っ越したもんだからびっくりしたぜー」
「うん……」
「学校にヴィランが来るなんてな! 本当に驚いたぜ! お前もよく生き残ったよ!」
無遠慮な言葉が表情を曇らせた。それが飛彩の心に溜まっていた想いを決壊させる。
「違うよ! ヒーローが庇ってくれたから……あの人が僕を庇ってくれたから……!」
勢いよく立ち上がった飛彩は、少しだけ背の高い熱太に思いの丈をぶつけていた。幼い少年が抱える闇としてはあまりにも重すぎたのだ。
「みんな言ってるよ! 僕が死ねばよかったんだよ!」
「それは違う!」
それを初めて否定したのは熱太だった。ひび割れた心に真っ直ぐな想いはすぐに沁みた。
「確かに、すごい人が死んじゃったよ! でも、それはお前のせいじゃ無いって!」
初めて現れた味方に、飛彩は大きく目を見開く。誰よりもそのヒーローのファンだった熱太は絶対に自分を糾弾する、そう思って飛彩は震えていたのだ。
「な、なんで……」
熱い涙が流れていく。怒りなのか嬉しさなのか喜びなのか、幼い飛彩には分からなかった。
「あのヒーローは最高だった! 俺の大事な友達を救ってくれたんだから!」
その時には熱太も目に涙をためていた。励ますつもりだったのか、自分の決意を表明しに来たのかは今でもわからない。
「だから、俺はあの人みたいなヒーローになるっ! 俺が希望ってやつに、なるから!」
お互いに涙を流しながら強く抱き合う。
「だから、泣くな! あの人が、お前を助けたのは間違いじゃなかったって! 全世界に知らしめてやる!」
溢れる涙は止まらない。飛彩はその時初めて思えた。自分は生きていてもいいんだ、と。
「お前もヒーローになれ! そして一緒に戦おう!」
「うん……うん!」
組織の迎えの者が来るまで、二人はずっと泣いて、そして笑っていた。
この日から、飛彩は泣くのをやめ、護利隊の訓練に参加するようになる。自分にとっての一番の近道がそこだと思っていた。
それから数年後、熱太はヒーローになり、着実にあの日の約束を守る道を進んでいる。
だが、その道に飛彩は未だ辿り着けていない。
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