肌を焦がすほどの強い日差しが照りつける昼下がり。
午前中のみの授業が終わり、歩いて帰宅する学生たちには地獄のような時間帯だった。
「クソ暑い……カクリの迎えの車に乗せてもらおうぜ?」
「先輩としてどうかと思うわよそれ?」
汗ばむシャツのボタンを外してだらしない状態の飛彩に対し、着崩さずきちんと制服を纏っている蘭華。
二人は名簿上は末端の構成員のため大きな作戦会議などには招集されず、変わらぬ日常を過ごしていた。
「ったく、どうせ俺も蘭華も使うんだからめんどくせぇ学校はサボらせろっつうの」
「ダメね。これ以上成績落としたら戦えなくなるわよ」
お目付役の様相をさらに増させている蘭華は母親のように学業に対する小言を連ね始めた。
耳を塞いで大声を出して対抗する飛彩と耳元で小言を繰り返しながら歩く二人の距離感はいつものものに戻っている。
「——くっ! 勉強のことは、この前のヴィラン並みに拒絶するのね」
その一言は茶化す冗談だったのだが、歩いている飛彩の雰囲気は一転して真剣な顔つきに変わっている。
何気ない一言でも記憶を反芻させるほどリージェというヴィランは飛彩に深く刻まれたのだろう。
「はあ〜、本当にあんたは闘うことばっかりの脳筋馬鹿ね」
「悪いかよ?」
「良いわ。それが飛彩でしょ?」
戦いに生きる飛彩とはいえ、もう道を踏み外すことはない。
そう信じている蘭華だからこそ、そのまま笑いかけることが出来た。
小言を食らうと思っていた飛彩は驚いた表情を少しだけ浮かべたあと、少しだけ下を向いて声を漏らして笑った。
「蘭華は本当に分かってんなぁ」
顔をあげた飛彩を待ち受けていたのは同じように笑顔を向ける蘭華だった。
「当たり前でしょ、何年相棒やってると思ってるのよ」
先ほどまで繰り広げていた小言の言い合いなど忘れ、二人は照りつける太陽ですら眩しく思えてしまうほどの表情で笑い合った。
「蘭華には言ったよな。俺の能力はまだまだ目覚めるって」
「うん」
「俺は全部の力を目覚めさせて……本当の俺の力を手に入れる。そして戦いを終わらせてやるんだ」
険しい戦いになるとしても飛彩はもう折れることはない。
手に入れた新たな目標と支えてくれる仲間たちがいる限り、戦いを諦めることも道を踏み外すこともないだろう。
今までも生き生きとはしていたが、良い意味で丸くなった飛彩は粗暴な視線で誰かれ威嚇することはなくなった。
蘭華としては自分の力だけで飛彩をこの状態へ導きたかったようだが、仲間たち全員の力が必要だったことに理解は示している。
ただ、悔しさの方が勝っているようだが。
「戦いが終わったらチームも解散か?」
「飛彩がよかったら一生相棒やっても……もちろん今とは違う意味で」
ぶっきらぼうに言い放つ蘭華だが、実際の音量は極めて小さくごにょごにょとしたものだ。
なぜ二人きりというアドバンテージが大きな場面でいつものようにハキハキと喋れないのかと蘭華は心の中で自分の頬を叩く。
現実では、顔を真っ赤にさせて頬に汗を伝わせる恋する乙女の顔を飛彩が無遠慮に覗き込んでいた。
「な、何?」
「顔真っ赤だぜ? さっきもなんかぶつぶつ言ってたし……熱中症か?」
「ち、違うって……!」
見つめられたことに照れた蘭華は両手を振り回し飛彩を押し除ける。
しかし握っていた鞄の重さのせいで、大きくバランスを崩してしまい後ろへと倒れかかった。
「おいおい、やっぱり調子悪いんじゃねぇか」
すかさず間合いを詰めた飛彩は蘭華の右手を握り一気に引き寄せる。
少女漫画のような展開に口をパクパクさせる蘭華は飛彩のなすがままにおんぶの状態になった。
「ちょ……えぇ?」
「病人は病人らしくしてな。家まで送ってやる」
「と、隣でしょ!」
「暑いからな、我慢しとけ」
少しだけ抵抗した蘭華だったが、すぐに争うことをやめた。
本当は胸を押し付けてその背中に身を預けたかったようだが、心配しておぶってくれた飛彩へ負担になるような真似はしないという考えが働いたようだ。
「……ありがと」
「だから車で送ってもらおうって言ったんだよ俺ァ」
呆れた態度を見せつつも飛彩は日差しの強過ぎる誰もいない通学路を、力強く踏み締めていく。
真夏の日差しは密着する二人をどんどんと汗ばませた。
蘭華は年頃の少女らしく自身の臭いを気にしてしまい、ますます顔を赤くさせる。
さらに飛彩の匂いに興奮したようで本当に熱中症かのように視界が眩んでしまっていた。
(落ち着け……落ち着きなさい、私は大丈夫、引き金引く時みたいに冷静に!)
自身の興奮を深呼吸のように沈めていく中で、女子を背負っているのに一切動揺しない飛彩に気付き今度は苛立ちが湧き出す。
「お前が倒れたら誰が俺のサポートすんだ? お前がいなかったら困るんだからしっかりしてくれよな」
ため息まじりに話す飛彩の言葉は蘭華の耳に届くや否や、「お前がいなかったら俺は何も出来ない」とワンランクアップした情報として脳へと運ばれた。
それだけで有頂天な気分になる蘭華の情緒は完全にジェットコースターのように急上昇と急降下を繰り返していく。
そうこうしているうちに、眼前へ飛彩と蘭華の住む護利隊のマンションが映り始めた。
二人きりで下校できるのも、おんぶしてもらえる関係なのも、他の少女たちと比べて有利なのだと蘭華は気を遣うのをやめ飛彩へと全身を預ける。
「おわっ!?」
ホリィほどではないが大きく実っている双丘が飛彩の背中で形を変えた。
肩を跳ねさせた飛彩は何事もなかったかのように蘭華を背負い直し歩き出すも、その足取りは微妙にぎこちない。
(ふふっ……やっぱり意識してるじゃん)
たったそれだけで心が踊ってしまうウブな少女は飛彩の汗ばんだ背中に顔を埋めて呟いた。
「飛彩……さっきチーム解散とか言ってたわよね?」
「あ、あぁ……」
それどころでない飛彩が瞳を泳がせながら戸惑っていると蘭華の声が優しく耳を撫でた。
「私、戦いが終わったあとも、ずっとずっと……一緒にいるから」
驚いた飛彩は歩みを一瞬だけ止めてしまう。そして今まで蘭華と共に戦ってきた記憶と、笑い合ってきた記憶が脳内をよぎっていった。
そして今もなお、背中に感じる蘭華の存在を意識した飛彩は何も考えずに言葉を返す。
「——ああ。そうだな」
端から見れば互いに想いあっている告白そのもの。
だが、今回は蘭華にも告白という意識もなく、飛彩も今のような関係性しか想像出来ていないらしい。
ただ、この二人はすでに恋愛や友情などとは次元の違う暖かな何かで繋がっていることだけは、はっきりしていた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!