ヴィランはただの鎧でしかない。
原生生物たちもフェイウォンが作り上げた世界で生まれた能力の余りでしかなく。
フェイウォン以外のヴィランは命を渇望して鎧の中に身体を宿していった。
だが、それが本当に命なのだろうか。
自我のある鎧に命はあるのか、それはリージェを常に苛ませてきた。
だからこそ命ある者たちのいる世界を支配して、命というものを手中に収めたかったのかもしれない。
追い求め、受肉してまで欲している「自分という存在」を否定されたリージェは今までにないほどに力が漲る気がしていた。
「怒りを誘うというのは良くなかったな……僕も君のようにどんな奴でも倒せる気がする」
「俺たちの連携を見せてやる!」
再び拒絶波動を周囲に放つリージェだが、少しずつヒーローに覚醒する熱太たちはそれぞれの獲物に展開力を集中して回避する狭間を作っていく。
(なんだろう……誰よりも速く走れる気がする!)
前蹴りで拒絶波動を蹴り抜いた勢いを使い、踏み出した足を軸にして翔香がさらに蹴り爆ぜた。
爆発的な加速から生み出されたドロップキックはリージェの予想を上回る反撃対応だったらしく、中途半端な防御姿勢になってしまう。
(まずい、さっきまで人間レベルだったこいつらがどんどんヒーロー化している!?)
揺らめく鞭は叩きつけるだけでなく、槍のように一直線に伸ばすことも出来ていた。
リージェの胸部を突き飛ばすだけでなく、翔香はそれを握り締めて通常の回避速度を上回るヒットアンドアウェイを見せた。
(自分のレベルも下げていたせいもあるけど……差についていけないな、これは)
エレナと翔香の連携により互いの展開力が高まりあい、ほぼほぼ変身状態へと近づいている。
故に最初に変身へと踏み出せていた熱太は自身の展開力の高まりにも気づかない集中力を維持したまま、リージェを屠る一刀に全てを込めていた。
ヴィランを倒せる自分を思い描く熱太にとって、もはや変身することなど意識からは外れていた。
だからこそ、リージェを倒す自分を強く思い描くことができ、それには展開力が必要だと無意識にヒーローの力を引き寄せることが出来たのだ。
考えるのではなく「展開力の形」を感じるという、熟練者のやり方で。
これは変身できるからヒーローなのではなく、熱太自身がヒーロー故に手繰り寄せることが出来た力である。
「今度こそ終わりだ!」
対峙するリージェに剣を振り上げた瞬間、全身へと一気に赤と白の装甲が装着されていく。
救界戦隊レスキューワールドのリーダー、レスキューレッドへと無自覚なまま変身を遂げた熱太が放つ灼斬は空間を歪めるほどのものとなる。
「くっ……ううぅ!?」
黒の世界を明るく照らす太陽かというほどに燃え上がっている広間からリージェは退散するしかなかった。
結果的に無傷ではあったものの、一度は意識を失うほどに拒絶の防御を発生させるしかなく意識を安定させるために物陰に隠れるしかなかったのだ。
「この僕が、飛彩だけでなく……あんな人間にまで! こんな誓約さえなければ……!」
歯が鳴るほどの怒りだが、それを抑えなければまた一方的にやられるだけだと強く瞳を閉じてリージェは精神を集中させていく。
「せ、先輩! 変身出来てますよそれ!」
「何? あ、本当だ……」
「熱太くんが成功したおかげで、私たちも出来てるわよ?」
「えぇぇ!? って、本当ですね! 集中しすぎてて気がつきませんでした!」
装甲と仮面を得た三人は普段の調子を取り戻しつつ、世界展開が安定していることを認識してわずかばかり気を緩めた。
事実リージェの脅威をより小さく感じられていることも起因するだろう。
「奴にも大ダメージを与えられたようだな」
「ええ。回復しようとしてるみたいだけど変身したらこっちのものよ」
「よぉし! レスキューワールド、ババっと決めましょう!」
隠れるリージェも、レスキューワールドの三色が眩しい展開域に捕捉されている。
決着の時は近い、それは熱太もリージェも同じ考えとなっていた。
着実に敵を追い詰めつつ、展開を取り戻すヒーローたち。
純粋な敵であれば苦戦だけで済むだろうが、ホリィと蘭華が相対しているのは仲間である故に精神的な辛さは他の戦場の比ではない。
短い逡巡の中、苦しむララクに銃を向けずとも引き金に二人は手をかけたままでいる。
狭く暗い路地裏はララクから漏れ出る展開域で暗く、鬱屈としたものに変わっていく。
「……わかったわ、私がやる」
「蘭華ちゃん!?」
覚悟の宿る蘭華の瞳は敵に向ける視線そのものだ。
その気迫にララクは笑みを浮かべ、ホリィが動揺を覚える。
「世界平和のためとかじゃないわ。飛彩に恨まれても嫌われても構わない。同じ人を好きになったライバルとして、ララクの心を尊重する」
「だ、ダメです! 他に方法が!」
「ええ、あるでしょうよ! 考えればいい方法がいくらでも! 時間がないの!」
己の死の恐怖より、ララクの心を守りたいと蘭華は覚悟を決めたのだ。
変身できない今、ララクへと向けられる手向けは銃弾しかないのである。
「また暴れまわって、私とアンタを殺したララクを飛彩に倒させるの? そんな重荷を飛彩にもララクにも背負わせるわけ!?」
現実主義と相手を思いやる気持ちが同居した蘭華の結論は、すべての罪を自分が背負うことだった。
腰に手を回し展開力を分散させる弾が込められているハンドガンを地面に跪いているようなララクの額へと突きつける。
「ホリィは甘ちゃんなのはわかってるわ。そして背負うのも無理よ。だったら、私が……」
覚悟を決めたはずの蘭華ですら手は震えていた。
残りわずかな意識を奮い立たせたララクは右手で銃身を掴み、額へと押し当てさせる。
「蘭華は、優しい、ね……ありが、とう」
「ララク……!」
「飛彩ちゃんの、見た、最後の私を、綺麗な私のままでいさせて、くれて」
「やめて……やめてよ! そんなこと言わないで!」
「蘭華もホリィも大好き、だよ。ライバルだったけど、私の一番の友達……ヴィランだった私を受け入れてくれたとっても優しい……」
「なんで、そんなこと言うのよ……私だって友達を撃ちたくないに決まってるでしょ!」
「ごめん、ごめんね」
自ら死を望む以上、覚悟を鈍らせるようなことを言ってはならない。それはララクもわかっていたが、言わずにはいられなかったのだ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!