ヴィランとの戦いを写すカメラと護利隊のスーツには様々な加工が施されており、不都合な真実を民衆に届けることはない。
さらにヒーロー本部の方にも一部の面々を除き、その組織のことすら知らない者がいる。
ヒーローのためという建前だったが、この隠蔽体質が飛彩の情報を上手く隠し続けていた。
ヒーロー本部側から強い要請がないのもそのためである。
「春嶺、春嶺はいるかい?」
薄暗い広い空間。中央に置かれている机にはスポットライトが当てられており、光源はそれのみだ。
そこにある大きな椅子に腰掛けていた男は部屋に響く足音に耳を傾けるようにして瞳を閉じていた。
「ここに……」
部屋に入ってきた春嶺は変身後とは違い、肩にかかる程度の短い髪で目元を隠しながら進む。
地面に着きそうなほどに長いロングスカートとサイズがふた回りほど大きいブラウスに身を包む彼女は桃色の髪とは裏腹に闇に溶けるような黒い服をまとっていた。
「この前の出撃……久しぶりの実戦だったわけだけど、調子はどうかな?」
「問題ありません。局長のおかげです」
抑揚なく呟く声音に呼応し、局長と呼ばれた男は椅子を入り口の方へくるりと回す。
「あの少年はどうだった?」
「局長が考えていた通り、変身時間が彼にはありませんでした」
「君を表向きは政治家の護衛としていたことが功を奏したね。誰も私と深い繋がりがあるとは思ってはいないだろう……いやぁ、この日のために人間嫌いを演じていた甲斐があった」
「それは演技ではないのでは?」
「——細かいことは気にするな。私は素晴らしい研究対象がいればそれで構わん!」
戯曲のように身振りを激しくしながら語る男は悠然と立ち上がり、春嶺へと近づいた。
「まったく。メイのやつ、わざと隠しているな……能力ある私があの少年を調べた方が良いと思わんか?」
表情を見せない春嶺だが、声音には信頼がこもっている。
「そう思います。あなたが、私を見出してくれたように」
目元を隠していた少女はそこでやっと感情らしいものを醸し出した。
長い前髪の奥で笑っていることに気づいた男もまたニヤリと笑う。
「やつの能力を解明すれば、お前をもっと進化させられる」
その時、部屋の明かりがどんどんつき始めた。
巨大な部屋の中は雑多な試作機や研究用の巨大な機械類が所狭しと並んでいた。
メイの私室とは比べ物にならない大きさ、設備、資金とその人物が何者であるかを暗に語っているかのようで。
「ヒーロー本部技術開発局長、絡繰英人の世界を見せてやる!」
味方であるはずのヒーロー本部に生まれた悪意は着々と飛彩に忍び寄っていた。
「では、天弾春嶺。行って参ります」
「はぁ……はぁ……!」
真っ暗闇な世界で飛彩は脇目も振らず走り続けていた。
夜から深淵に転げ落ちてしまったかのような闇の中で自分の足元も視認できないというのに。
「クソが……!」
何も見えない、自分が進んでいるのかもわからない、それなのに何かに追われていることだけはわかった。
いつも通りランニングなどの基礎練習をしていたはずなのに、何故追われなければならないのかと唾を吐き捨てる。
反撃に転じようとも思えない力の差を感じていたが、何故自分が情けない姿を晒して逃げ惑わなければならないのかと少しずつ脳内を怒りが席巻していった。
「ふざけんじゃねぇ!」
急に踵を返し拳を振りかぶりながら振り返る。だが、その拳はすぐに動きを止めた。
計五つ。
闇の奥から視線が飛彩を突き刺すように向けられていた。
赤や青、他にも数色の眼光と視線を交差させた飛彩は立ち尽くした。
何よりも闇の中だというのにより漆黒であるせいで周りの闇が薄く見えるほど黒い光が飛彩の身体を縛り、呼吸を早まらせる。
「なんだ……なんだよ! 何がしてぇんだ!」
自身の能力、封印されていた左腕を呼び出そうとしても反応がない。
追跡者たちは一定の距離を保ったまま飛彩を見つめ続けていた。
飛彩は今までこのような体験をした記憶はないのだが謎の直感があった。
前より近づいてきている、と。
何故そう思ったのかはわからない。
自身も闇に溶け込んでしまいそうな平衡感覚を失う世界で飛彩は気を失うように闇へと沈んでいった。
「飛彩?」
心配そうに顔を覗き込んできた蘭華だと認識するよりも早く後ろへと飛び退く。
まるで敵に対する対応だと、頬を膨らませて不満を飛彩へと飛ばした。
「わ、悪い……」
冗談にしては趣味の悪い白昼夢に、飛彩は近くにあったベンチへと座り込む。
都会の中でも自然が多いこの公園は人通りも多く、ふらふらとベンチに向かった飛彩は無駄に視線を集めた。
「体調悪いなら言いなさいって。ほら、帰るわよ」
側に近寄っていた蘭華が立ち去ろうとした瞬間、引き留めるように飛彩がその手を握りしめた。
「ひょあぁぁ!?」
「お前こそ変なリアクションすんなよ」
「い、いきなり手ぇ握られたらびっくりするでしょ!」
振り払うような叫び声を上げつつも蘭華はチャンスを得たかのようにしっかりと握り返している。
ライバルたちに差をつけるチャンスだと考えつつも、蘭華の心臓の鼓動はどんどんと早まっていった。
(あー、ダメだぁ! 手ぇ握られてるだけで嬉しすぎておかしくなりそう!)
「蘭華、俺たち一緒にずっと走ってたよな?」
真剣な眼差しの中に不安が混じっていることを悟り、舞い上がっていた気持ちが一気に冷静になる。
手をほどいて飛彩の隣に座る蘭華は邪な妄想に浸ったことを反省しつつ、表情に影を落とす飛彩の顔を再び覗き込んだ。
「何当たり前なこと言ってんの? ミューパと戦った後遺症でもある?」
「いいから答えてくれ」
「えー……まあ、さっき一瞬だけ立ち止まってたけど。だから声かけたんじゃん」
意識を何かに奪われたとしか思えない一言に飛彩の表情は蒼白となる。
無論、ヴィランやヒーローの世界展開の気配もない。
不意に左腕へ視線を向けてしまう飛彩に気づいた蘭華は、そっと左腕へ手を伸ばした。
「何か世界展開のせいで違和感でもあるの……?」
「——心配すんな。ただの立ちくらみかなんかだろ。働きすぎってやつだ」
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