走馬灯からの帰還。
他人の死の淵に自分が走馬灯を見るとは思ってもいなかった飛彩は、ただただ驚愕した。
「あ、熱太……」
「がふっ!?」
偶然にも飛彩の前に立ちはだかるようにして庇っている熱太。ハイドアウターの攻撃が腹部に突き刺さっている。
「あーら、偶然にしてはラッキーねぇ」
絶望が飛彩を包み、蘭華は目を逸らす。
熱太を活かす戦い方をしていればこんな結界にはなっていない、それは頭に血が上った飛彩でも理解できた。
遊びをやめたハイドアウターは笑いながら、当然の結果というものを簡単に招き入れたのだ。
人間はヴィランに勝てないという。
「……何の、これしき! ブレイザーブレイバー!」
己の一番得意とする灼熱の長剣を召喚し、腹に刺さっている腕へと突き刺した。
「タダでは、死なんさ!」
「ばっ……熱太やめろ!」
直後に起きた爆発で飛彩もハイドアウターも大きく吹き飛ばされた。
爆炎から出てきたのは焼け焦げて炭化した敵の腕を抱えて崩れ落ちた熱太だった。
少し離れた場所にブレイザーブレイバーが突き刺さり、爆炎が空気をも灼いた。
守らねばと駆け出す飛彩はハイドアウターへと一気に攻め入る。熱太の変身が解けていないということは、まだ死んでいない。腹の底から飛彩は叫んだ。
「蘭華ァァァァぁぁぁ! 熱太を守れぇ!」
再び駆け出す飛彩はハイドアウターをその場から引き剥がすように目にも留まらぬ速拳を繰り出していく。
その隙を突いて、蘭華もレスキューレッドを運動場の端へと引きずった。変身が解けなかったのが不幸中の幸いだった。
「さっきの爆炎でお腹の血が止まってる……でも、これは」
スーツを貫通した敵の攻撃は間違いなく致命傷になりうる。
身体を貫通していなくて本当に良かった、と蘭華は安堵の息を吐いた。
すぐに応急処置に入るが、それと同時に飛彩もそこへ吹き飛ばされてくる。
「くそがっ!」
「飛彩!?」
「気にすんなっ! とにかく絶対にそいつを死なせるな!」
まただ、と飛彩の脳内に声が響く。あの時と同じようにお前はヒーローを死なせてしまう。自身が最高に尊敬しているヒーローを殺してしまう。お前のせいで。
俺のせいで。
「うわぁぁぁぁぁ!」
雑念と共に小太刀を振りかざす。そんな攻撃は当たらないと、わかっていたはずなのに。
「うふ、本当に勝てると思ってたの〜?」
「黙れぇ!」
「何度でも言うわ〜。アンタみたいな雑魚のせいで人類の希望様は死にかけてんのよっ!」
いたぶるような拳の雨に為す術もなく吹き飛ばされた飛彩。強化スーツは、もはや限界に近づいておりこれ以上攻撃をもらえば簡単に骨まで砕け散るだろう。
「黙れよ……」
「そして、助けた命も簡単に散っちゃうの。本当に、あのヒーローは無駄死にねっ」
身体よりも先にヒビが入ったのは心だった。今にも砕け散りそうなほどに飛彩の心は軋んでいる。
それに気づかないように、振り払うように飛彩はさらに声を振り絞った。
「黙れえぇぇぇぇぇぇぇぇえぇえ!!!!」
そこにいたのは、己の認めたくない現実を突き付けられただけの、ただの子供だった。
「お遊戯会かしら? やる気あるの?」
事実、飛彩には余力はない。
悪あがきに近い戦いは、どんどんハイドアウターをイラつかせた。
物理攻撃しかない飛彩に、勝ち筋は全く見えていない。
強固な鎧に、実体が無いも同然の靄状態。水と油の方が仲良しに見えるほど相性は最悪だ。
それでも意地という子供じみた理由で、飛彩は敗北の未来を受け入れず足掻き続けた。
「俺が勝たなきゃ……意味ねぇんだ! 俺が継がなきゃならねぇんだ!」
恐れが蔓延していた瞳に決意が満ちていく。
勝たなければ、熱太も蘭華も死体へと変わる。
「テメェみてぇな三下に構ってる時間はねえんだよ!」
小太刀を投げつけ、ホルスターから効果の高いインジェクターを取り出す。
「——っ!」
長年連れ添ってきた蘭華には全て分かった。手のひらを射抜いてでも止めなければ、と狙撃銃を構え直す。
しかし、割れたバイザーから覗く眼光に気圧され、引き金にかかる指が止まる。
その一瞬の差で飛彩の首元へ吸い込まれていったインジェクターが飛彩の影を輝かせた。
『激・注入!』
それと同時に縦横無尽の動きで襲い来る爪撃は全て空を裂いた。
それにのしかかるように着地した飛彩はバイザーを外し、浮かんでいる兜に飛びかかった。
「えぇっ!?」
「ぶっ殺す!」
兜を殴る鈍い音が響く中、飛彩の背後にハイドアウターの四肢が音も無く浮かび上がった。
「私の世界展開忘れちゃった?」
靄隠しの能力は、単純に透明になるよりも厄介だと飛彩はつくづく思っていた。
戦闘時において意識の外に行ってしまう。本来なら死角から飛んでいく足や腕に気付けるはずがない。
展開に耐性のない飛彩は串刺しになるはずだった。
「うおおぉぉぉぉぉ!」
「えっ?」
殴りつけてからシームレスに兜を握りしめた飛彩は充血した双眸を怒りに歪ませ、背後へと突き出した。
ハイドアウターは声を上げる間も無く、自分の拳や足へ衝突する。
「今ならよぉーく分かるぜ。お前の考えていることもな」
鎧と鎧がぶつかり合う金属音が、明らかに今までとは異なる致命的なダメージを与えたことを伝える。
「ど、どうして……?」
ただの人間に一泡吹かされたハイドアウターの声は流石に震えていた。
蘭華は急いで通信を飛ばし、救護班の要請を急いでいた。
今の飛彩には、世界がゆっくりと見えている。高速戦闘を繰り広げる今も、だ。
ここで蘭華が心配した副作用とは、急激な回復による意識の鋭敏化、つまり思考力の上昇だ。
「黒斗司令官! 退却の許可を! カクリの転移能力で撤退させてください!」
「無理だ。ヒーローを捨て置く行為は許されていない」
「そんな! 私たちは捨て駒だって……」
少し間を置き、蘭華は現実を思い出した。
「そうね、そうでしたね。飛彩のおかげで生き残ってきて、そういうのずっと忘れてました」
黒斗は規律を重視する、そんなわかりきったことを忘れてしまうほど飛彩はヴィランを退けてきた。
しかし、今回ばかりはメイが秘密裏に蘭華に通信を入れる。
「蘭華ちゃん! 飛彩、首に入れたの!?」
「そ、そうなんです! しかも、意識がある状態で……」
「くっ……やんちゃってレベルじゃ済まないわよ!」
インジェクターは飛彩に一時的な世界展開をもたらす力がある。
各部位に挿せば、それは必殺の一撃となるのだ。しかし、首の部分だけは違う。
自然治癒力を増加させる応急処置がメインの能力だ。だが、それには制約がある。
「意識がある状態で打てば、副作用が……それに抑えすぎちゃうじゃない」
通信機の向こうで歯噛みするメイは、飛彩がそれを狙っていたと理解した。
無茶するために新装備を開発したわけではないのに、と嘆いても何も変わらない。
焦燥感を出すメイに気づいた黒斗は何かを恐れるような様相に小さな疑問の芽を生やした。
そして黒き水のようなものに覆われていく試験場で、飛彩は水面を走るようにハイドアウターとの攻防を白熱させていた。
圧倒的に膂力や展開力で劣る飛彩だが、攻撃を引きつけながら躱しつつハイドアウターの他の部位へと攻撃をぶつける。
「んもうっ! どうなってんのよぉっ!」
「おいおい、攻撃が単調じゃねぇか?」
押していても震える声の飛彩は、明らかに身の丈を超える力を使っている証拠だった。
メイから、指示を無視してでも撤退しろと言われた蘭華は何とか割って入ろうとするが一切の隙がない。
ただの隊員には踏み込めない戦いになったと、蘭華は額に汗を浮かべる。
「ダメ……死んじゃう、死んじゃうよ飛彩!」
当の本人は、命を燃やし尽くさんと、ハイドアウターに果敢と攻め入る。
ただ、依然としてハイドアウターの靄隠しの効果に苦しめられていた。
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