「私が行けばどんな目的だろうと隙が出来るはずですから」
「はっ、強かになっちまってなぁ」
ただの守られているだけの少女ではない。
かつてとは別方向の強さを飛彩たちも含めひしひしと感じているはずだ。
「俺らをぱぱっと使ってくれる感じだよ」
「もう、ちゃんと感謝してますから」
とはいえ、まさか同窓会を逆手に取られるとはと全員が思っている。
ヒーローに何かされたわけではないのに、悪意に溺れてここまで行動できるものか、と。
「ちょーっと面倒なことに巻き込まれたけど、飲み直せるよな?」
「飛彩は飲まないでね。介抱するのめんどくさいから」
「じゃあ私がしますね」
「やっぱ私がするから飲んでいいよ!」
相変わらずの飛彩を狙った漫才は健在なようで、和やかな雰囲気が戻ってくる。
「こういう高い店より、俺はもっと庶民的なところがいいぜ」
「き、君たちあんなことがあったのに気にしないのかい?」
誰もが望んでいたツッコミを刑が率先した。
首を勢いよく縦に振る一同に対し、呆れた様子で蘭華が答える。
「飛彩ったら今日が楽しみでしょうがなかったのよ。昨日も寝れてなかったし」
「おい! なにバラしてんだよ!」
その反論により自白も同然の状況で、飛彩は少しだけ伸びた身長とスーツでもたらされていた大人びた印象を失ってしまった。
「うふふっ、というか予定が決まってからずっと皆さんと会えるのを楽しみにしていたんですよ」
「そーね、皆と久しぶりに会えるな〜って。もう一生分聞いたわ」
青筋が浮かびかけたが、成人していることを思い出して怒りを押さえ込む。
こんなことで怒っていたらいつまでも、子供のままだ、と。
わずかな沈黙に耐えかねた一同がとうとう笑いを堪えられなくなってくる。
「ふふっ……隠雅、面白すぎだよ」
「はははははっ! 変わっていないな飛彩は」
「そうだね。なんか……安心したよ」
どこか遠くに飛彩が行ってしまったような不安は瞬時に消え去った。
強く、凶暴でありながらどこか優しさを見せる少年に安堵を覚えて。
暗殺に巻き込まれた一同は現場をセンテイア財閥の特殊部隊へと引き渡し、念願の同窓会を始めている。
有名人の集団故に個室型の居酒屋へと身を潜めるようにして。
「えー! 蘭華ちゃんと隠雅ってルームシェアしてるの!?」
「あれ、言ってなかったっけか?」
長方形のテーブルの真ん中にいる飛彩は向かいに座った翔香に驚かれていた。
勝ち誇った蘭華は隣で料理をむさぼる飛彩へと少し寄っていく。
「言われてみれば距離が近い気も……」
「でもお二人はまだお付き合いされてないんですよ」
こっそり翔香に耳打ちするホリィは、まだ自分にもチャンスがあるのだと蘭華を横目で見つめる。
「ぐぬぬぬ、確かにチャンスを生かせてないのは事実……」
「それにララクちゃんも一緒に住んでますし」
「あはは、隠雅のお姉ちゃんだもんね」
反論すればするほど惨めになる気がした蘭華は悔しさを酒で流し込んだ。
「ところで、二人は何でスーツなんだい? 就活には早いよね?」
通路側に座る刑は安い居酒屋にいてもどこか気品を感じさせてくる。
その透き通る声が注目を再び、中央に陣取る飛彩へと集まった。
「おー、一応ホリィのところの特殊部隊もやってんだわ」
「うーん、飛彩と蘭華の実力を考えるとそこまで驚くこともないな」
薄々予感していたことが現実になっただけで、大きなリアクションも起こらない。
続ける飛彩は焼き鳥を口に頬張ったまま経緯を話した。
「護利隊は戦いの後、黒斗たちに辞めさせられただろ? 全く俺に普通の生活なんて似合わなねぇのにさぁ」
「まあ、確かにそうよね……だったら私たちの学校に来ればよかったのに」
「うーん、指揮官候補とかには興味なかったんだよなぁ。そのままなあなぁで大学通ってたけど……」
この辺りの情報は既に熱太たちにも既知のものである。
頻繁に会えるわけではないものの、連絡を取り合ったりもしていたが今日は全員かなり久しぶりに会えているのだ。
通信アプリなどで軽々と話せない内容も彼らには多く、会ったときに大幅に情報が更新されることも多い。
「腕っぷしを役立てようと、ホリィのところで抱えてる特殊部隊でバイトさせてもらってるわけだ」
「えぇ……特殊部隊ってバイト出来るの?」
「私が口添えしましたから。お二人にはボディーガードもやってもらってますし」
未だヒーロー的に表舞台を渡り歩くホリィには身辺警護も欠かせない。
スティージェンに引けを取らない実力を持つ飛彩であれば、とカエザールも認めているわけだ。
「ホリィはこう言ってるけど、俺たちの方がよっぽどこいつに守られてるわ。バイトだし、一番強いからか風当たりが強くてよぉ〜」
どこかで聞いたような状況だ、と熱太たちはふと昔を思い出した。
ヒーローより強かった少年が、処遇に喘いで怒りと憎しみを燃やしていたことを。
そして、今の状況で飛彩は腐らずに伸び伸びと日々を送っていることが、良い方向への成長に感じられて。
「変わらないけど、 良い意味で変わったね。隠雅は」
「ははっ、お前らだってそうだろ?」
関係性や取り巻く状況が変わってもなお、変わらない本質の部分が強い絆のように感じられて全員は胸の内の暖かさに浸る。
「知らずのうちに最初は守る側と守られる側だったな」
「僕なんて嫌味な奴だったよ。謝っても謝りきれない」
今となっては笑い話に出来ることも、当時は必死で抗いがたい現実だった。
年端もいかぬ少年少女は平和を主としつつ、興行のために戦わされていた過去がある。
そんな偽りの理由で戦わされても人々はヴィランと戦うヒーローに希望を持っていて。
「こうして平和に暮らして……ヒーローじゃないことをしてるなんて考えられなかったわ」
「鞭巻の言う通り。死ぬまで裏から戦い続ける。私もそう思っていた」
誰もが戦いの終わりを想像できなかっただろう。
最前線で戦い続けるヒーローも、その場限りの撃退しか出来ないと思っていたのだから。
「なぁ、皆……」
しんみりとした空気で酔いも全員に回っていく。
飛彩は酒の入ったグラスを置いて明後日の方向を見ながら、小さく呟いた。
「俺がヴィランだって分かった時、何とも思わないでくれてありがとな」
その一言で空気が凍る。
流石に余計なことを言ってしまったか、と飛彩の酔いが若干覚めるほどで。
「まだ気にしてたのか?」
その静寂を破ったのは旧知の中である熱太だ。
腕を組んでやれやれといった様子で飛彩を片目で見やっている。
「な、なんだよ」
事実、最初からヴィランだったララクやリージェと、人間だと思われていた飛彩。
言うなれば捕食者とずっと過ごしていた事実は間違いなく、仲間たちを怯ませたはずと飛彩は思っていたのだ。
最終的に自分を仲間と言ってくれた事実は分かっているものの、その事実が明かされた瞬間に飛彩はその場から逃亡している。
流石にたじろいだりしたはずだと、少し後ろめたい気持ちがあったのだ。
「飛彩は意外と気にしがちなのよね」
「蘭華、そうは言っても……」
「蘭華ちゃん。一緒に住んでるならちゃんとその辺り教えてあげないと」
「なんで蘭華から教わるんだよ」
「一緒に住んでる時点で色々察した方がいいですよね」
「んだよホリィまで!」
何故か孤立するような状況の飛彩は周囲の面々をキョロキョロと見渡すが、帰ってくるのは優しい笑顔ばかりで。
「まーだそんなこと気にしてたなんて、逆に分からないわ」
「そんなことって……」
微塵も忌避しないわけがない、とは流石に飛彩も思えていなかった。
だからこそ自分の友でいてくれる決断をした仲間達には感謝の念が絶えない。
「驚きましたけど、だから何です? って感じでしたよね」
「あの時は隠雅達の展開力がすっごくて近づけなかったよ……自分の身よりも早く駆け寄らなきゃって思ったのに。助けるの遅れて本当にごめんね!」
無謀に突っ込めば飛彩の能力で自分たちが死んでしまう。
その恐怖は命を失うことではなく、飛彩に自分たちの命を奪わせてしまうところにあった。
「とにかく私たちは心だけでも飛彩くんのそばから離れたことはありませんよ」
「おう」
「そうだね」
「えへへ、ホリィちゃんは良い事言うねぇ」
「みんなの言うとおりよ」
「蘭華を泣かせたのは許せんがな」
「という事で。わかった飛彩?」
ほろ酔いの蘭華は飛彩の額へ人差し指を突きつけた。
「あんたは私たちの仲間で、何者だろうとその絆は揺るがないわ」
「みんな……ふっ、臆病者は俺だった、ってわけか」
無駄な恐怖を今まで抱えていたのかと飛彩は己を恥じる。
凶悪な権化となり、あの時の力の増長をその身で感じている飛彩だからこそ自分自身が恐ろしくてたまらなかったのだろう。
そんな破壊の化身だった自分に対して、わずかな恐れも抱かなかったという宣言がどれだけ飛彩の心を癒しただろうか。
「本当にありがとう。皆を守る力があって……本当に良かった」
今や消えてしまった展開力だが、その絶大な力で仲間達のいる世界を守れたことが今更誇りに思えてくるようだった。
「はい、辛気臭い話は終わり! 今日は飲もう!」
「うがっ、蘭華お前酔いすぎだぞ!」
「そういえば黒斗とメイさん結婚するって」
「マジで!?」
蘭華が飛彩へと抱きつく大胆さに女性陣が驚きつつもそこからの宴は笑いが絶えることはなく。
久しぶりに再会できた仲間達とのわずかな会合が刻を進めていった。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去っていく。
命を狙われたということもあり、全員がホリィの手配した警備部隊と家まで送る輸送車に乗せられていった。
別れは惜しまれるものの、これが今生の別れというわけではない。
再会の誓いを立てた一同は方々の自宅や寮へと戻っていく……。
「今日はララクちゃんも帰ってこないのでしょう? お二人とも泊まって行かれては?」
車から降りた飛彩とホリィは眼前にそびえるリードヘブンを見上げた。
完全に酔いながらガールズトークに興じていた蘭華を背負った飛彩は胸を意識しないように集中したせいで酔いから冷めている。
「まー、お前んち死ぬほど部屋あるもんな」
そういう意味じゃない、とホリィは口に出したかったがひとまず噤む。
念のため非戦闘員として記録されているララクとカクリも護衛を手配したらしい。
カルト教団の動きがこれで落ち着けば良いのだが、と思う飛彩だが任務がてら根絶すれば良いだろうと物騒な考えも持っている。
エントランスまで距離がある場所で降りた三人は夜風に当たりながら入り口を目指していた。
直通の出入口もあるが酔いを覚ますのにちょうど良いのだろう。
流石にヴィランでもなければこの場所を急襲することは不可能に近いはずだ。
「大学もお休みでしょう? 私も久しぶりに会社の仕事がないんです。良かったらお出かけしませんか?」
故に気の緩んだ提案が出るのも無理はない。
あの程度の襲撃など飛彩達にとっては道端の喧嘩同然で、心をざわつかせ続けるようなものではないのだ。
「護衛以外で一緒に出掛けるのは久しぶりだな。蘭華も喜ぶだろうよ」
寝息を立てている蘭華は飛彩へと返事をするようにムニャムニャと口を動かした。
その度に形を変える双丘への関心を無にしながら。
「あはは……」
やはり飛彩は鈍感さを極めている。
いや、ヴィランとの戦いを終えて、再び燃えるような戦いに身を投じたことで恋愛に焦点があってないのだろう。
今も蘭華の胸にドギマギしているが、それ以上に関心を覚えるものがあるということだ。
夢中にあることを見つけたらそれに一直線。
そんなある意味子供な飛彩だが、守られる姫としてはどうも顔が綻んでしまうようだ。
「あー、蘭華が行きたい店があるって……」
「蘭華ちゃん蘭華ちゃんって。飛彩くんはそればっかりですか?」
「え?」
半歩先を進む金髪の美少女は間違いなく頬を赤く染めている。
その様子に見惚れてしまった飛彩は二の句をつけずにいて。
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