「くっ……」
見下ろされるメイは握っていたはずの拳が開かれていたことに気づく。
言葉には出さずとも心で敗北を感じたメイは、フェイウォンの言うとおり制約に縛られることとなる。
全てを想像する自分ならば負けるとしても相手を大きく疲弊させられる、そう考えていた緻密な計画も圧倒的な力を前に絵空事になってしまった。
「これからは私の理想のために働いてもらうぞ。クリエメイト」
「従いたくなくても、この頭は下げるしか出来ないわ」
「私の制約を受けて意識を失わないだけ、流石の展開力といったところか……この戯れもゆるそう」
そのままフェイウォンはメイの頭を握りしめ、話し込んでいた城の中へと投げつける。
「なぁっ!?」
「楽しませてくれた礼だ。罰は程々に、な」
軽く後ろへ倒す程度の動作にも関わらず、メイは高速の弾丸と化して壁へと大きなクレーターを作り上げた。
「がはぁ!」
主従関係というものは心から相手を畏れて敬わねばなるまいと考えるフェイウォンの圧倒的な力。
言葉で反抗的ならば身体に教え込むまで、という悪しき思考。
(ここまで、か……じゃあやっぱりもう一個の計画で、やるしか、ないわね……)
戯れも許すというのは妄言ではないか、とメイはララクやリージェの側で同じように意識を失っていった。
「さて、我が血族達よ。働きに期待している」
時間も忘れて空を仰ぎ見るヴィランたちは変わらぬ始祖の強さに鬨の声を上げる。
そしてクリエメイト・ワンダーディストという束になってもかなわないような強者を無傷で倒したフェイウォンにますます忠誠の念が強まっていく。
「半日ほどか? いささか遊びすぎたな……」
興奮し、各々のヴィランが展開を広げていき有象無象の存在が強者にすり潰されるように消えていく。
戦いの余波で大きく頭数を減らしていたものの、フェイウォンもメイの弱者では兵力にならないという考えに今更賛同できた。
「さて、まとめるのも面倒だな。ユリラはいるか?」
「ここに」
薄い紫色の髪を地面に垂れるほど伸ばしている軽装のヴィランが空中へと馳せ参じる。
受肉したヴィランであることからリージェやララク、コクジョーといったような実力者であることは間違いない。
「出撃の準備をしろ。あちらで造らせている闇の領域を媒介に大軍が放てるようにな」
「かしこまりました」
「あと適当に指揮官をいくつか選んでおけ。戦場のことはお前たちに任せる」
「ありがたき栄誉をくださり感謝いたします」
震えるような思いでそのヴィランは伏せた顔を恍惚の表情へと変えた。
大きな瞳と透き通るような肌が、わずかに赤く染まる。フェイウォンに頼られているという名誉のおかげだろうか。
「あとはリージェとララク、そしてクリエメイトも戦場に向かわせるか。奴らは制約によってもはや私の思うがままだからな」
「それでは、フェイウォン様はこちらでお待ちに……?」
「いや、私も出よう。悪と悪が混じり合う一つの時代の終焉を見届けたい」
「それはそれは皆の士気が上がることでしょう。では後のことはお任せください」
ララクと同じようなドレス型の軽装鎧をが擦れ合う金属音を奏でつつ、ユリラと呼ばれたヴィランが瞬時に消える。
戦場に出ると言いつつも大将であるフェイウォンは直接の指揮を執る気がなかった。
すでにヒーローたちは変身出来ない状態になっているため、自らが直接手を下す気もないらしい。
「ふむ……」
眼下に広がるは何もない荒野にポツンとある城とその城下。
群がる鎧が地面を完全に黒へと塗り替えている。
この戦いしかない闇悪の世界こそフェイウォンの求める悪の世界だった。
「蹴落とし、憎み、騙し、呪い、甚振り、殺す……そのために使われる思考こそ、悪。誰かを蹴落として上に昇る。何人たりとも横に並ぶことのない頂を求めることが悪の本質」
二つの世界が混ざり合い、狩る者と狩られる者、狩る者を喰らう狩られる者など、より強い阿鼻叫喚の地獄が手中に治められると思うと高揚感を隠しきれない。
「世界が終わり、私の求める世界が始まる……さあ、蹂躙を始めよう」
空を覆っていたオーロラの展開が消え、メイの残る力も完全に眠りについたように思える。
再び黒に染まる世界はまるで開戦の狼煙すら覆い隠してしまうようで、より深い闇と悪が輝きの世界を蹂躙しようとしていた。
メイとの決戦、フェイウォンの侵略宣言から程なくして。
「異世からのポータル、侵略領域付近に多数検知!」
「付近!? やはり中ではなく外だと!?」
司令部を慌ただしくさせる情報に全員が寒気立つ。
こちらから攻め入る作戦は全て水泡と化したことで、新設された司令部が一気に忙しさを見せる。
「く、黒斗司令官の言う通りだった……!」
しかし、司令部や現場には別の意味の動揺が走っていた。全く情報のないヴィランの動向を完全に予見した黒斗の頭脳に。
「きたか」
侵略区域外に発生したポータルにも関わらず、黒斗は冷静さを放つことで周囲を引き締める。
「迎撃作戦部隊に潜入部隊を合流させろ。俺の言うことを信じなかった連中でも、この現状は信じるしかないだろうからな」
ヴィランの出方が一切不明な状況で言う通りだった、とはどう言うことだろうかと何も聞かされていない下級の隊員達は疑問符を浮かべた。
「浮き足立つな。これは予想済みだったろう」
「は、はい! 墓棺司令官!」
しかし、オペレーターたちはそれだけで甘い汁を啜るために生きてきた有象無象の存在とは違うと肌で感じとる。
「プランは複数練るものだ。 ……まあ本当は『ただ信じた』だけなんだがな」
誰にも聞こえないほどの小さな呟き。
そして『異世でメイが稼いでくれたであろう時間』に感謝して。
「しかし、ヴィランは何故一週間も間を空けて?」
「そうだな……その一週間があったから我々も準備を行うことが出来た、が。今はどうでもいい殲滅するだけだ」
ヴィラン側が感じることが出来ない二つの世界の時間の食い違い。
黒斗は、その時間のズレを必ずメイが起こしてくれると黒斗は確信していた。
その信じるという願望にも似た賭けを飛彩に伝えたのは、ちょうどフェイウォンたちが異世に戻った時、つまり一週間前の出来事である。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!