仲間達に分析された通り、飛彩の右腕の鎧は平常時を遥かに超える膂力を与えてくれていた。
それこそ展開を張っている時と同等とも言える膂力を発揮してコクジョーの尻尾を利用して地面へと思い切り叩きつける。
「ちぃっ!」
地面へ突き刺さる寸前に思い切り両翼を羽ばたかせたコクジョーは落下の威力を打ち消して握られていた尻尾の鎧を折り取った。
「それ、攻撃範囲が増えるのに千切っていいのか?」
「これ以上、貴様に利用されるのは癪でな、それに範囲ならまだ私の方が有利だ」
羽ばたきを利用した超加速で飛彩の懐に潜り込むだけでなくすらりと長い体躯を活かした脚撃の嵐を飛彩へと放つ。
「私の蹴りを掻い潜ることなど不可能だ!」
上段蹴り、中蹴り、下段げり、回し蹴り、様々な蹴りが鞭のようにしなってあらゆる方向から飛彩に襲い掛かった。
飛彩はただ巨大な右腕に隠れるようにして攻撃を耐え凌いでいる。
「どうした? さっきまでの威勢はどこに消えた?」
どんどんと飛彩が後方へと下がっていき、作りあげられていく足の轍が長く深いものになっていく。
一方的な蹴りの雨が止むのを待ち続けている飛彩に対し、コクジョーは死ぬまでその攻撃は止まないと再びサディスティックな笑みを浮かべた。
余裕を取り戻し始め、恐怖の力を得たばかりの精神力を再び得たコクジョーは蹴りの速さをさらに数段階上へと押し上げていく。
「全身の骨をへし折ってやる!」
打撃音だけが響く世界に夢中になっているコクジョーは、直後飛彩の口から紡がれた言葉を聞いて世界が止まってしまったかのような錯覚に囚われる。
「!?」
そう、飛彩は構えていた右腕を居合のように突き出したことで、コクジョーの蹴りを完璧に握りしめることが出来たのだ。
「捕まえたぜ」
「み、見えていたのか!? 我が脚撃の嵐が!」
「さすがに速かったけどな。調子乗って隙を見せるのを待ってたぜ」
そのまま力任せにコクジョーを持ち上げた飛彩は先ほど自分がやられたことと同じように地面へと叩きつける。
「け、はっ!?」
柔らかい砂地に叩きつけられたにもかかわらず、ボールのように跳ねたコクジョーは回転しながら飛彩へとその全身を無防備に晒してしまった。
「羽が痺れ、て……!?」
「さっきよ。寝る前に技名考えてるのかって言ったよな?」
「な、何を?」
展開力の存在しないただの殴り合いは互いに平等な条件にもかかわらず、新たな力に目覚めた飛彩は口角を上げて再び音速の右拳をコクジョーの落下地点で構える。
「俺はその場のフィーリングで決める派でな。気に入ったら何回も使っちまう」
「や、やめ……」
受け身も取れずに落ちてきたコクジョーが飛彩の視界に入った瞬間、再び蒼い右腕がコクジョーの心臓部へと炸裂する。
「もう一発! リベレートォォォォ! カノォォォォォォォォォォォォン!」
もはやそれは右手を中心とした体当たりと言っても過言ではない突撃だった。
蒼き右手に全てを込めた反撃を顧みない特攻はコクジョーの命を完璧に砕け散らせる。
「ぐ……わ、私は、王に……」
「やめとけよ。言ったろ? 向いてないってな」
身体に巨大な虚穴を作ったコクジョーの目からは生命の淡い輝きが消えていった。
地面にバラバラになった鎧がボロボロと崩れ落ちて灰へと変わっていく。
薄れゆく視界の中で遠くで横たわるララクを見つめたコクジョーは、未だに治らぬ憎しみにむせいだ。
「隠雅飛彩……貴様のせいで、我が悲願は……」
力を奪っても葬り去ることの出来なかったララクへの怒りは治らない。
その時、空を見上げていたはずのララクの顔がコクジョーの方へと向けられた。
「ありが、とう」
「……!?」
その礼の意味が理解できないコクジョーは死の淵で更なる恐怖に晒された。
崩れゆく身体を知覚しながら理解不能な言葉に心を掻き乱されて死んでいくのか、と。
しかし、偽りでも長い間ララクに付き従ってきた身であるコクジョーは、すぐに仕えていたことに対する労いの言葉だと理解できた。
それほどララクは優しく、ワンダーディストの中でも異質な存在だったのである。
敗北を重ね、自棄になる中でララクの監視を任されたコクジョーはその過去に対して高圧的な態度を取ることもないララクに驚かされた過去がある。
対等に接するララクはコクジョーを友人のように扱い、執事とお嬢様という役をお互いに演じ続けていた。
敗北者に関わらず優しく接されることは自尊心を惨めに傷つけるだけだったが故にコクジョーは恨みを重ねてきた。
しかしそれはいつしか、牙を抜かれて心地よいぬるま湯に沈むことを示していた。
故に恐怖に魅せられ、手に入れたいと渇望したのかもしれない。
情けをかけてくる相手に怒りが湧き上がり続けたのかもしれない。
「そうか、私が憎んでいたのは弱い、己の……」
一方的な敵視は己の弱さに対してだったと気づいたコクジョーは謝罪の言葉を告げる前に完全に灰となって消え去っていく。
「分不相応な夢を見たツケだな……いや、目をそらしてワザと分不相応な夢を見ようとしたツケってところか?」
全てを見透かしたように呟いた飛彩は灰となった敗者を一瞥し、ララク達の元へと跳び去って行った。
「すごいね、飛彩ちゃん……ララクの能力を完全に壊しちゃった」
「静かにしてろ」
応急処置は済ませたところでヴィランを完全に直す術など飛彩達には持ち合わせていない。
状況を聞かされた飛彩はゆっくりとララクを抱き起こした。
「ヒーローに助けられるって、いいものね……とっても感動、したわ」
「——まだだ。まだ救えちゃいない」
何層に包帯を巻いても滲んでいる黒い血液がララクの命の終わりを物語っていた。
展開力が抜けきった身体に命を縛り付けられる力は何も残っていない。
潤んでいた唇も乾いて色褪せている。
周囲を取り囲む飛彩、春嶺、蘭華、ホリィの瞳は勝利したというのに悲しみに染まっていた。
砂地で意識を取り戻した刑、さらに熱太達は何が起こったか理解できずに未だに地面に身体を預け続ける。
太陽の光に照らされたララクは天から魂を迎えられようとしているように見えた。
もうどうすることも出来ないのかと沈痛な雰囲気を漂わせる。
その空気を打ち壊すように空間に裂け目が発生し、慌ただしくカクリが降り立った。
「封印が解けたおかげでやっと入れましたぁ!」
「カクリ!? 外はもう平気なのか!?」
「はい、ミスタージーニアスさんの八面六臂の活躍で残すはこの場所だけでした!」
流石にそれ以上の連戦は厳しいと戦いの終わりが訪れたことに飛彩は心から安堵する。
そしてかつて自分を救ってくれた巨人、ジーニアスへの畏敬の念を強めた。
「さすがは実力ナンバーワンヒーローだな……」
「あ、メイさんとの通信が繋がってるんで!」
スマートフォン型端末に映し出されるメイの表情は瞳を閉じた重苦しいものになっている。
「全くカクリったら自分で行くって言って聞かないのよ。通信機だけ送ればいいのに」
「皆さんが大変なことになってるのに、自分だけ待ってるなんて嫌なんです! メイさん、ララクちゃんを治す方法をお願いします!」
その一言で騒然となる飛彩はカクリから端末を奪い取り、大声を出しながら画面に顔を近づけた。
「メイさん! ララクを治せるのか!?」
「——その前に聞くわ。答えは出たの?」
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