「ヴィランの作戦で隠雅飛彩が幻覚を見せられている可能性が高い。奴が死ねば人類の敗北は必至……今なら追えるはずでしょう?」
展開力を自由自在に扱える状況になった今、この広い城下町に展開力を張り巡らせて飛彩の位置を知ることも出来るようになっている。
「わかりました! 皆さんは……」
「言わなくてもわかるでしょ? 貴方が最後に変身したんだから」
「……本当に頼もしい先輩たちですね」
「ほぼ同期だろ、では、また敵の本陣で会おう。死ぬなよ?」
「はい! 必ず合流しましょう!」
通信は希望に満ちた感覚を与えてくれるものの、これでやっと五分という状況だ。
特に底知れない始祖の相手をするためには飛彩は本調子でなければならないはずだ。
「蘭華ちゃん、聞いてましたね?」
「ええ。飛彩がおかしくなってたとしても、ホリィの浄化でなんとか出来るはず」
「はい、ララクちゃんは私が背負っていきます。急いで飛彩くんの方へ行きましょう!」
ここにまた城へと向かう面々が誕生したことになるが、戦況が傾いているにも関わらず一切動きを見せていないフェイウォンが堂々と城で待っていることは、あまりにも不気味な事実と言えよう。
飛彩達が戦況を覆したとはいえ、現実世界は取り逃した攻撃系の能力が高いヴィランの侵攻により戦線が崩れるところが出始めていた。
亀裂の向こうへと一方的に攻撃できると言う利点は人類側だけでなくヴィラン側にも存在している。
故に想定以上に長引く戦いに戦線は疲弊し、急ごしらえの部隊の士気に影響が出始めた。
「もう何時間戦ってるんだ?」
「弾がねぇ! くそ! このままじゃ死んじまうぞ!」
想定以上に長引く戦いは、飛彩達が侵攻ルートを完全に潰すという作戦が前提として組まれていた。
それでも想定の倍以上の弾薬等を用意していたものの、ヴィランを通常兵器で倒そうという時点で想定通りにはならないだろう。
「司令! 各戦線限界です! 指示を!」
「……英人、五分でいい。お前の判断で戦線を保たせてくれ」
「はぁ!?」
廃ビルと化した壁に背を預ける黒斗は至るところから流血し、強化スーツは意味のないものとなってしまっている。
荒い息から苦戦を強いられていることは英人にも理解できたが、メイを抑えられなければ戦線の維持など関係ない話になってしまう。現にメイ一人で充分に世界を制圧できるのだから。
「頼む。通信は一旦切る……俺からの連絡が永遠となければ死んだことにして戦いを進めろ」
「そんな無責任な!?」
「この戦いだけは俺が責任を取らなければなるまい……」
そのまま一方的に通信を切った瞬間、瓦礫を粉砕しながら道を作ったメイが体を小刻みに揺らしながら現れる。
頭部の鎧から流れる緑がかった長髪がなければメイとは思えぬ暴虐の主だった。
黒斗はこれがメイじゃなかったらと何度もこの戦いの中で考えてしまっている。
(覚悟を決めろ。俺はこの世界を救わなければならない司令官だ……私情に飲まれるな!)
「グガ、ガァァァァァァァァァァ!」
視界に黒斗を収めるや否や、飛びかかるメイが展開力をオーラとして纏った爪撃を黒斗へと振り下ろす。
素早く太刀で受け流す黒斗だが、突撃の勢いで体勢は簡単に崩された。
それに、幾たびも行われた攻防により刀を握る力も弱まってきている。
「アァ!」
そのまま逆立ちするように前転したメイの踵落としが黒斗の眼前を掠める。
理知的だったメイとは対照的な読めない我流の攻撃に神経も削られていった。
(やはり、展開力を断たねば……傀儡化を止めるのは不可能、か)
再び距離を取る黒斗は、メイを背に最初に剣を交えた道路へと戻っていく。
全方位から攻撃を受けやすい場所だが、展開力に頼らない黒斗も迎撃はしやすいのだ。
荒れた街を駆け抜けていく中で、展開力を断つとある方法を実行するために何度も頭で試算を繰り返す。
リージェやララクといった受肉したヴィランという桁違いの強さを持った存在は鎧の中に人間と同じ肉体があることは黒斗達にも知れ渡っていた。
それは戦いの中で得た情報と思っていたがメイは最初から知っていることを考えると、それ故に対応策を講じれていたのかもしれない。
(思えば、これを見越していたのかもな……鎧の再構築が一番展開力を消費するという話を俺にしていたのも)
ヒーローほどに強い能力があれば鎧ごと砕くような技もあるだろう。
しかしララク以外の相手は基本殲滅が求められる故に、この方法はあまり語られていなかった。
そんなメリットの薄い戦い方でも、メイを止められる一番の可能性があるのが鎧剥ぎである。
居合の構えを取る前から、脱力を開始して精神を統一する。
それでも何にもぶつからずに走り抜けられるのは間違いなく強者の証と言えよう。
背後からの闇弾も飛散した瓦礫や障害物を避けられず、敏捷性の高い黒斗を捕らえられずにいる。
「結局、この方法しかないわけだ」
広い道路に戻った黒斗は両足を開き姿勢を低くしたまま、左腰に携えた刀に手をかけた。
その気迫は追いかけながら本能で暴れるメイを怯ませるほどで、一気に攻撃範囲外である上空から様子見をさせる。
「……!?」
暴走状態のメイだったが、戦いにおいては通常時以上の鋭さを持っていた。
故に感じ取ったのだろう。下手に突撃すれば両断されるということを。
世界展開を持たない相手に対する恐れは、わずかに残っていた油断というアドバンテージを消してしまうほどだった、
「ググググ……!!」
「そんな醜い声を出す女じゃなかっただろう」
刀で届く範囲ではない空へ向ける言葉。
そんな黒斗にわざわざ接近戦を選ぶわけもなく、展開力を一瞬で無数の闇弾へと変換する。
地形を作り替えてしまいそうな威力が込められるそれは直撃しなくとも、生身の黒斗に耐えられるわけがなく。
「そう、上手くはいかないか」
創造の悪や飛彩の独創性を超えられるか、と黒斗は一瞬弱気になるものの「展開力が皆無」という利点を生かすしかないと考え直した。
油断が消えたメイではあるが、ただの人間故に出来ないことがあると黒斗へと決めつけを行っている。
故に空という安全地帯からの攻撃という方法を選んでいるのだ。
ならば黒斗の勝機はただ一つ、瞬時に空を飛んでメイの鎧を斬り裂くという人間離れした技を披露することのみ。
「いいだろう、やってみせるさ。今まで散々飛彩に無理を強いてきたのだ」
「……?」
「空くらい、飛んでやろう」
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