「まさか……その右腕!」
「ああ。お察しの通り。俺の展開領域は世界とその場にいる者全てを展開から解放する」
「現実世界に世界展開を使って能力を展開する事が我らとヒーローの戦い方の本質であれば……展開が根付かないこととはつまり、能力の完全無効!?」
敵味方問わない能力の完全無効化。もはや展開も消え去った今、ここには人やヴィランという垣根は存在しない。
飛彩の展開によって『何も持たぬ者』へと全員が一時的に作り替えられてしまったのだ。
「さあ、決着の時間だ!」
「ガキが! 舐めるなよ、私を展開に頼るだけの存在だと思うな!」
展開を使って軽々と動かしていた手足を強引に膂力だけで使いこなすコクジョーは、荒々しく破壊力の高い格闘術を披露する。
一歩踏み込むごとに爆発したような砂埃が舞い上がる中、飛彩は蒼いオーラを立ち上らせながらその場で正拳突きの構えを取る。
「ふっ、自分の能力まで消して何になる! そのオーラもハッタリだと見抜いているぞぉ!」
尻尾を地面に叩きつけての跳躍。
加速に加速を重ねたコクジョーの右回し蹴りは展開力がなくとも平常時と遜色ない威力を持っていた。
「ハッタリ、か」
しかし、そんな一撃を飛彩は大きな右手で優しく受け止める。
音も立たないが故にまだ攻撃は当たっていないと全員が錯覚してしまうほどだ。
「だったら……」
受け止めた右足を地面に埋め込むようにしてバランスを崩させただけでなく、再び正拳突きの構えに戻る飛彩は白兵戦最強と名高い身体能力を発揮して音が遅れて聞こえるほどの凄まじい速さの蒼拳をコクジョーの心臓部へと打ち込んだ。
「その身で試してみな!」
展開は使えないという全員の共通認識が誤っていたのかと思うほどの拳撃は、コクジョーの背中から衝撃波を発生させるほどに破壊力に満ちていた。
全身を駆け巡る逃げ場ない痛みに、数秒遅れて顔の目や鼻といった部分から黒い血を吹き出させる。
「ぶぐはっ!? あ、ありえな……」
「さあ、正々堂々能力抜きの殴り合いといこうぜ」
片膝をつくことすら出来ず、身体の中を駆け巡った衝撃波の勢いに従うままにコクジョーは逆に爪先立ちになりつつも前屈みになるという不思議な姿勢になった。
「こ、こい! 恐怖よ!」
全身に生きることをやめさせるほどの恐怖展開を張ろうとしても、身体の奥底に秘められているはずの世界展開(リアライズ)は何も応じようとしない。
整った顔立ちを怒りと痛みに歪めていると、再び大砲のような右手を放つ構えをとる飛彩にコクジョーはやっと気づいた。
「ま、待てッ!」
「リベレートカノン!」
強く握りしめられた拳は大砲の弾、巨大な戦鎚、様々なものに例えられるが威力はそんな生易しい兵器で言い表せるものではなかった。
右足を軸に左足を踏み込み、身体を捻りながら右拳を突き出す。
その流麗な動きがそれぞれに加速を生み出し、巨大な右拳に凄まじい速さを付与した。
「ぐぶふぉ!?」
よろけつつも鎧に包まれた腕で顔を防御するも、それごとへし折る一撃は鎧の腕ごしに顔面へと着撃する。
地面へと殴り抜けられたことによってボールのように跳ねるコクジョーは白目を剥いており、意識が飛ぶ寸前だ。
「条件は対等なはずだぜ? 動きが鈍いんじゃねぇの、かッ!」
振り上げた左足の上段蹴りで顎を蹴り上げて身体が無防備になった瞬間、両手をこれでもかと引いた拳の乱打がコクジョーの全身を襲った。
「な、何だこの速さは!? ま、まるで同時に殴られて……!」
どこから拳を切り落とせば良いのか、と考えるコクジョーだが千本の腕で同時に殴られているかのような凄まじい速さの攻撃に為す術もなく、身体を拳に合わせて震わせるだけだのようだ。
「終わりだ!」
「私は……死なん!」
飛彩が右拳を引いて力を込めようとした刹那に、コクジョーの尻尾型の鎧が絡み付いて重心を後方へと移して体勢を崩させる。
「引っ張っただけか? 甘いな」
その飛彩の言葉通り、飛彩が思い切り拳を引くと簡単にコクジョーは前方へとよろめく。
これで再び間合いは消え去りお互いの拳が打ち合える距離へと変わる。
互いに体幹が崩れた状態であるが故に、次の攻撃で主導権は変わると二人の思考が一致した。
「黙れ! 展開力に助けられていたことを知るといい!」
二人の絶対的な違いは制空権があるか否かとも言える。
飛彩の右腕に尻尾を絡めたまま宙へ飛んだコクジョーは通常よりも重さを感じつつも力強く羽ばたく。
「ぐあっ!」
無理やり上へと向けさせられた右腕から軋むような嫌な音が響きわたる。
己の有利を悟ったコクジョーは不敵な笑みを浮かべつつ、勢いよく飛彩を宙へと浮遊させた。
落下が始まる瞬間に急降下したコクジョーの体当たりが飛彩に直撃して地面への投擲のように勢いよく叩きつける。
黒い砂煙が舞い上がり、硬い鎧が砂地に叩きつけられた乾いた音が大きく響く。
「そこで寝ていろ。ララク以外に興味はない」
空中からララクの横たわる場所まで飛んで行こうとした瞬間、尻尾を掴まれたコクジョーはつんのめる形でブレーキをかけさせられる。
「な、何ぃ……!」
「勝手だなぁ。俺はまだ死んでねーぜ?」
「ありえない。あの勢いで首から地面に叩きつけたのだぞ? 展開力のない人間など首が折れて当然……!」
「首から落ちたらそうだったかもな?」
これ見よがしに尻尾を引く蒼い右手。
地面に叩きつけられる瞬間に右手で地面を殴りつけて衝撃を吹き飛ばしていたという離れ技を披露していたのだ。
「そうか……」
廃墟外の屋上でララクに応急処置をしながらも戦いを見守る蘭華達。
そこで春嶺は今までの飛彩の装甲とは毛色の違う蒼く大きな右腕について理解する。
「展開力がない戦いである以上、隠雅には人間以上の力は出せない」
「もともと人間離れしてますけど……で、それがあの攻勢と何か関係が?」
苦笑いを浮かべたくなるホリィだが、ララクの手を握り飛彩の勇姿をララクへと伝えている。
「そのパワー不足や防御力不足を補うために変身時にあの鎧に展開力を蓄えて巨大化させてるんだと思う」
簡潔な止血を済ませた蘭華は飛彩の勝利とララクの無事を祈っている。
ララクの命が持つかどうかも飛彩の戦いの結果にかかっているのだから。
「お互いの能力を無効化しておきながら、実は有利なんて……飛彩もなかなか悪いことするわね」
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