拳を弾いて反撃に打って出ようとした瞬間、半透明の弾丸が身体の節々や人間の急所と同じ場所にヴィジョンとして現れる。
「飛彩! 決めちゃって!」
「未来確定の力は絶対です!」
展開無効の影響範囲を極限にまで小さく出来たおかげでホリィの未来確定は生きている。
それでも光弾や波動は展開力で出来ているため着弾と共に消滅し、威力は消えてしまう。
故に蘭華の狙撃銃がここにきて効力を発揮した。
地面にララクを寝かせ、未来確定の力を信じた蘭華のライフル弾は発射音とほぼ同時にヴィジョンと重なり、鎧に楔として突き刺さる。
「こんなものでどうにか出来ると思っているのか!」
その言葉通り、蘭華のライフルではフェイウォンを殺すことは不可能だ。
しかし、誕生した隙と鎧の奥を穿つ弾丸が刺さったことで三人が作り出した一撃は必殺のものへと変わる。
「オラアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」
心臓や鳩尾、様々な急所にほぼ同時に叩き込まれた蒼と黒の残光。
「なっ、何ぃ!?」
「おいおい、さっきまでの偉そうな威勢はどうしたよ?」
半分突き刺さっていた弾丸は釘のように鎧へと打ち込まれ、鉄壁と思われていたフェイウォンの鎧に亀裂を作っていく。
「これで終わりだっ!」
振りかぶった右拳は身体の全てを使って加速し、フェイウォンの左頬に叩き込まれた瞬間にその全ての威力を伝える。
叫ぶ間もなく吹き飛んだフェイウォンは城壁を吹き飛ばしながら、黒い壁の中に埋もれていった。
「か、勝ったの……?」
砂煙を上げるベスト・ディストピアは大きく損壊している上に、フェイウォンの気配は消え失せている。
ララクに肩を貸しながら歩く蘭華は信じられないものを見る気持ちのまま、ホリィの側へと歩み寄った。
「ヒーローのあきらめない気持ちが手に入れた勝利です、ね」
「ホリィはいつまで経っても甘いわね。けど……飛彩! やったわね!」
右拳の力を解除し、踵を返した飛彩は勝利の余韻に浸る様子もない。
まだ遠方で熱太達が戦っていることを肌で感じていたこともあり、急いで次の戦いに向かわねばと足に力を込める。
ユリラの能力の影響で近づかなければ見ることも出来ないレギオンだが、飛彩が駆けつければ数など問題ではない。
「……だ、め」
「ララク? 気がついたの?」
「ま、だ、終わってない……!」
震えながら顔を上げるララクを見た蘭華は戸惑いに染まっていく。
今は歓喜に包まれるべきだろう、と。
「え━━?」
直後、ベストディストピアは轟音を上げて崩れ落ちていく。
その余波である黒い砂煙に視界を覆われた飛彩達だが、すぐさま展開弾で逆風を巻き起こした。
視界を確保しつつ
「なんだ? さっきので城が崩れたのか?」
数回のバックステップでホリィの隣に下がった飛彩。そこへとよろめくララクと蘭華も到着する。
「飛彩ちゃん、逃げ、よう。今なら私の能力であっちに繋げられるから」
「何言ってんだ、あいつはブッ倒したろ。それに熱太達を置いてくわけには……」
その刹那、自分たちの展開域が塗り潰されたのかと感じるほどの黒い重圧に飛彩達は城があった場所へ顔を向ける。
「面白い能力だな……まさか展開力を完全に無効化するとは」
城があった場所で宙に浮くフェイウォンは、遠く離れているにもかかわらず飛彩達のそばで話しているかのような声音をしていた。
異世を作り上げた存在の膨大な展開力が見せる力の一端に、飛彩は両拳を強く握り締める。
「しかし自身の展開力も消してしまうとは勿体無い能力だよ」
漂うフェイウォンは体を包んでいたマントとも外套とも判別がつかない布を脱ぎ捨て、身を包む鎧を暗黒の世界へと晒した。
黒い長髪は炎のように揺らめくオーラを纏い、鎧は展開力そのもののようで硬質の鎧でありながら波紋を起こして度々波立っている。
リージェとは異なるフルプレートでありながらも身体の線を晒す軽装だが、どんな攻撃でも打ち砕くことはできないのだろう。
「何あの鎧、まるで生きてるみたい」
「あの人は始祖、だよ……何もかもが私たちとは違う」
「化け物め……!」
「ララクの言う通り! 私だけが純粋なるヴィランだ……人間から生まれた一面ではなく、生きとし生けるものに悪を埋め込んだのが私だ。始祖たる存在を拳一つで倒せると思うかね?」
理解出来ないという気持ちが先行する飛彩は焦りよりも右腕の効力を疑っていた。
確実に展開力を無効化したことを実感していたことが、再び展開力を満ち満ちた状態に戻っているフェイウォンに対して動揺が加速する。
「飛彩ちゃん、始祖フェイウォンは異世を作った張本人なの。だからこの世界全てに彼の展開力が宿っている」
「それでは……無効化したければ異世そのものを包むほどの展開域を?」
「そんなの無理ゲーに決まってるじゃん……!」
「ちっ、だからってあきらめられるか! 確実にこの右拳はやつを追い詰めたんだ。何回でも繰り返してや━━」
直後、飛彩は黒い世界に轍を作り、居住区を突き破りながら吹き飛んでいく。
「え……?」
「始祖のヴィランは!」
言葉を紡げぬ蘭華に対し、ホリィは先ほどまでフェイウォンが居た場所を見遣る。
「撫でただけだぞ?」
しかし、フェイウォンは微動だにせず、宙に浮いたまま右拳を突き出しただけだった。
「あ、あそこから拳圧だけで?」
展開力の残滓も感じられない純粋な膂力の塊が空中を伝わり、飛彩だけをいとも簡単に弾き飛ばしたという事実。
もはや世界の法則を握っているとも言えるフェイウォンの攻撃に、飛彩は反応することも許されていない。
「そろそろ余興も見飽きた。世界が混ざり、より洗練された悪の宴を始めようぞ」
世界の崩壊までのカウントダウンが、砂を落とし始めた。
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