真夜中の侵略区域周辺は星空程度しか光源がなく、首都だろうと異世のような淀んだ空気を纏っていた。
肌を触れる風ですら過去を想起させるようでララクは無意識に顔をしかめてしまう。
「早く歩いて」
「痛いなぁ、優しくしてよね」
連行されたララクは特殊な錠で全身を拘束されている。
側についているのは直接捕獲した春嶺が志願したこともあり、銃口を突きつけながらでも一番近い距離にいる事が出来た。
「……本当によかったの?」
「ララクだって人間社会を少しは学んでるんだよ? ああしないと黒斗がうまく仕事できないわ」
「でも、このままじゃ展開力を絞り尽くされて死んじゃうかも……」
「それは大丈夫」
恐怖の権化であったララクに恐怖はないのかと春嶺は思うものの、恋する乙女な横顔を見て全てを察する。
「あー、それ以上は言わなくていいよ。どうせ隠雅……」
「え〜、なんでぇ! 飛彩ちゃんへの愛を説明しようと思ったのに!」
「声が大きい!」
周りの隊員やヒーローには会話の内容までは聞くことは出来なかったものの、一切ヴィランに怯むことなく食って掛かる春嶺に全員は羨望の眼差しを向けている。
「ここにいるのは隠雅飛彩を嫌っている連中ばかりだ……何とか出し抜かないと、こいつら全員と戦うはめになる。私がなんとかするからララクはなるべく展開を時間かけて広げてね」
「……ありがとね、春嶺ちゃん」
その時、春嶺の胸に突き刺さるはメイと躱した約束。
自分たちに不利益な事がある場合は殺すしかないと思っていたはずなのに、手を取り合って共闘している。
「礼なんていらないわ」
せめて引き金を引く指が鈍らないように、あわよくば誰も傷つけずに終わるように、春嶺はそう願うしかなかった。
そして冷酷なまでに過ぎた時間のせいで大部隊が侵略区域の中に入っていき、ララクもその中心へと運ばれていく。
ドーム型の建物により蓋をされたものの闇は何も変わらぬように思える。
「そのヴィランを舞台の中央へ。すぐに装置を発動させる。跳弾響も位置についてくれ」
質実剛健そうなヒーローの一人にそう言われ、春嶺も都合二十名近いヒーローの輪に加わることになった。
「護利隊! 新型のシールドはくれてやるが、死にたくなかったら死ぬ気で俺たちを守れ!」
進むも退くも地獄という状況に追い込まれた何百人もの徴兵たちは死と隣り合わせの戦場で見返りを得ようと奮起して列を作り上げていく。
区域の隅に作られた陣形にヒーローとララクの世界展開が混ざり合っていった。
「いくぞ! 世界展開!」
そして濃密な異世の展開が満ちた場所で無理やりに展開力が引き剥がされていく感覚にララクは震える。
未だに真っ暗な領域だが、眩い世界展開ご少しずつ広がっていき、辺りを夜明けのように照らし始めるもいまだに闇が多い。
「ぐっ、あ、ああぁぐ……」
ララクを円形に囲むヒーローたちに力を奪われていくララクは装置へと磔にされながら苦悶の声を漏らし続けた。
(頑張って、ララク……私が突破口を見つけるから)
そんな狂気じみた光景を、もう一人良心のあるヒーローが見つめていた。
「ララクちゃん……!?」
それは、唯一飛彩を守りたいという理由で志願したホリィである。
新兵器の開発に成功し比較的安全に世界展開できると聞いていたが、まさかララクを犠牲にするような方法とは聞いていなかったからだ。
「嘘、そんな、あり得ない……ヒーローがこんなことするなんて」
と言いつつも、発動してしまった世界展開を取り消すことは全員の連結を阻害するだけでなく怪しまれるに違いない。
もはや飛彩を救うかララクを救うか、図らずも天秤を持ってしまった人物にホリィもなってしまった。
そんな獲物の到来に、備えていた闇の軍勢も一斉に蜂起する。
三箇所に散っていた戦力を襲撃場所に移し替えていく様は闇がうねりをあげているように見えるだろう。
「あーれ? 飛彩じゃないなぁ? なんだあれ?」
夥しい悪の気配を隠そうとも歴戦のヒーローたちはそれらを肌で感じ取る。
訳もわからない護利隊の面々は恐る恐るそちらへと銃口を向けた。
「きたぞっ! 撃てぇ!」
自らの震えを止めたいがために射撃許可を発令する部隊長。
報酬を餌に護利隊を裏切った者たちは早くも後悔しながら小銃をこれでもかと乱射する。
「馬鹿どもが!」
まさに闇雲と言ったところで、苛立ったヒーローの一人が照明弾を天井目掛けて放つ。
いつもの光の柱が出ればと考えるヒーロー達だがララクの僅かな展開力では少しずつ内側に変身に必要な展開力を溜め込むので精一杯である。
僅かな光は自分たちの周りしか照らせず、闇を拓くにはあまりにも心許ない。
「撃て! とにかく奴らを近寄らせるなぁ!」
銃のフラッシュが少しずつ近寄ってくるヴィランの姿をヒーロー陣営へと映す。蠢く闇波に対して恐怖がどんどんと掻き立てられていく。
「司令! 無理です! こんなにヴィランがいるなんて聞いてない!」
「黙れ! その身使ってでもヒーローたちの壁になれぇ!」
黒斗を襲った猫背の男は離れた司令室で苛立ちの檄を飛ばす。
不甲斐ない現場のこともあるが、何よりヴィランの反応が多すぎるのだ。
比較的規模の小さな侵略区域であることから油断していたことは間違いない。まさしく時期がよくなかったのだ。
この三つの区域には飛彩を討つためにリージェ率いるヴィランの軍勢がひしめいているのだから。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!