渦を描くようにして薄くなっていくその場所へ一列で突っ込んだ二人は薄い膜を破るように侵略区域の中へ一歩踏み出す。
その刹那に肺の中を埋めつくされたと錯覚するほどに濃いヴィランの気配を感じ、二人の身体から嫌な汗が吹き出した。
飛彩は凍りつく背筋を無理やり引き伸ばし、春嶺もまたこみ上げる吐き気を懸命に飲み込む。何の装備もない状態の蘭華や身体の弱いカクリたちが耐えられる空間ではないと風化したアスファルトを強く踏みしめて二人は駆け出した。
「こりゃあ、ララク以外にもヤベェのがいると考えるしかねぇな」
「ええ……」
「全員無事でいろよな……!」
二人の纏う強化スーツが一層青く輝き、超人的な速度で駆け抜けていく。
黒いロングコートで周りの闇と、飛彩の作り出す影の中に潜みつつ春嶺は飛彩とは違う未来を覚悟していた。
これは誰かが死ぬ戦いだ、と。
それは自分かもしれないし、ララクを引きつけようとしているレスキューワールドかもしれない。
そして迷って歩みを止めようものならホリィたちの命が危険に曝される。
誰一人欠けてはならないヴィランとの戦いにおいて、間違いなく誰かが欠けてしまう未来を。
(冷静であれ……狙いが揺れたらいけないわ)
幸い簡易展開といっても濃密なヴィランの展開下ということもあり、変身に必要な時間は三分と通常時と同じ時間で済んでいる。
ララクと同等の相手がいたとしても、飛彩が惹きつけている間に春嶺も加勢できる可能性は充分にあった。
「天弾、この区域の大きさは?」
「半径二キロの大きな円になってるみたい。でも蘭華たちがどこに落ちたかまでは……」
「ララクのアジトにいるのは間違いねぇ。見ろよ、あの城みたいなやつ」
薄暗い世界の中で、さらに黒く輝く小さな城のような建造物が進行方向にあることに春嶺も気付いた。
美しい黒曜石で作られたような外見に、微かな光が反射してこの侵略区域の太陽とも感じられる。
「あそこだけ城下町みたいに異世の鉱石で作られてる……こっちの建造物の真似をしてるみたいね?」
「だったらやっぱりララクの城だろ。蘭華達を見つけてさっさと脱出する!」
アスファルトから黒い土のようなもので出来た地面に降り立った瞬間、侵略区域ではなく異世としての実感が飛彩達には沸いた。
ここはリージェと戦った場所より長い間ヴィランの展開に蝕まれてきたのだろう、と。
廃墟と一線を隠すようにところどころに建っている物見櫓に見張りは存在せず、城への一本道が各地から伸びているように見えた。
「見張りの気配もねぇ……いくぞ」
警戒して止めた足を再び前に出そうとした瞬間、眼前に広がっていた鉱石で舗装された道から一体の黒い影が浮かび上がる。
「侵入者……侵入者だ!」
確認するように呟いた後の声音はまるで歓喜に満ちたものとなっている。
その影は三メートル近い巨体へと姿を変え、飛彩と春嶺を影に覆い隠した。
「おいおい、デケェ図体して隠れるのが上手い門番じゃねぇか」
「ん〜侵入者よ、礼を言わせてもらうんだな」
「は?」
若干間の抜けたような声が飛彩達の耳に届く頃、そのヴィランの輪郭もはっきりしたものになっていき質実剛健とした重鈍な鎧が視界を覆い尽くした。
「悪の豪巌、バリアーノ。ララク様の城の守りを仰せつかっているんだなぁ」
「あぁ? ご丁寧にどーも? で、お前を倒さねぇと先に進めねぇとかいうやつか?」
順調に時間を稼いでくれる飛彩に春嶺はさらに気配を薄くしていく。
奇襲すれば防御力が高そうな相手でも確実に弱点を打ち抜けると春嶺は確信していた。
しかし。
「おではな。戦いが大好きでこんな風に進化したんだが……ララク様に負けちまってな。それ以来ここの守りを任されてるんだが……誰もこんのよ! おでは戦いたくて敵を潰したくて仕方ないのに!」
地団駄を踏むバリアーノは離れた廃墟街を崩してしまうほどの揺れを起こしていく。
巨大な地震にたまらず片膝をつく春嶺に対し、飛彩は左腕の力を開放したまま腕を組んで仁王立ちをしている。
「お、お嬢ちゃんもいたのか! 二人も戦えるなんてツイてるだ! 誰もこない門番をしていた甲斐があったってもんだぁ!」
「くっ……」
奇襲というアドバンテージが消えてしまった春嶺は近くの物陰へと移動し、その身を隠す。
「そりゃぁ俺に礼を言ったほうがいいな。テメェの相手なんてしてる暇はねぇが、ララクと戦ったってんなら律儀戦うしかねーな」
「ほぅ? それはなぜだぁ?」
「テメェにてこずるようじゃララクは止められねぇからな!」
巨大な相手を翻弄するには全てを置き去りにする速さだ、と飛彩は瞬時にバリアーノの左後方へと回り込む。
「おめぇ、速ぇなぁ!」
「!?」
渾身の回し蹴りもバリアーノの両腕に装着されている巨大な盾のようなものによって防がれてしまう。
飛彩の速度に反応したバリアーノは速度とは違う何かで飛彩へと追いついたように春嶺には見えていた。
「まるで、最初からそっちを向いていたような……!」
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