最初に飛彩へと通信がつながらない異変を感知したのは、ヒーローになり多少の余裕が生まれた春嶺だった。
蘭華達の応援に一時的に向かって欲しいと告げたかったものの、一向に繋がることのない通信と集中すれば感じられる離れていく飛彩の展開力に違和感を覚える。
「ぐっ、くおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
援護にズレが生じたことで刑が一瞬にして追い詰められていく。
「貴方がよそ見したら、この子死んじゃうわよ?」
「うるさい……!」
その隙をカバーするかのような跳弾の雨が刑とユリラを隔絶するように降り注いだ。
僅かな休息で身体に気力を漲らせた刑は失敗を取り戻そうと叫ぶ。
「春嶺くん、僕は大丈夫だ! まだいける!」
弾が消えると同時に槍で突撃する刑が再び接近戦を行ってくれたことで拮抗は元に戻るが、すぐにユリラが背後へと飛び退く。
「付き合いきれないわね!」
「逃すか!」
「待って苦原刑! それ以上はダメ!」
微量な展開力を見抜く春嶺は、今突撃していたら闇弾の嵐に見舞われていたはずだと険しい顔を浮かべる。
「す、すまない……!」
空回りすぎたか、と臍を噬む刑は僅かに視線を落とした。気合で戦うことに限度を感じながら。
「そうね、ちょっとペースを握られちゃってたけど……桃髪の子が隙を見せたから仕切り直す余裕が出たわ」
この攻防の中で、春嶺はユリラが下がれないように背後にも跳弾によるトリッキーな射撃を続けていたがそれも今の一瞬は途切れている。
再びユリラのペースに飲まれてしまう、と焦った刹那、二人の動揺をさらに誘うようにユリラは微笑みながらあることを告げた。
「あの展開力が強い人間は、もう助けにこないわよ?」
妖艶な笑みと共に放たれた言葉は虚言に違いないと刑は、仲間を侮辱されたも同然と頭に血を昇らせてしまう。
「出まかせを言うな! 今はヴィラン達に苦戦しているかもしれないが……」
強気に言い返す刑に対し、強い口調で何か言い返すはずの春嶺は口籠る。
そしてこの感じた異変がユリラによって仕組まれたものだと、完璧に理解した。
「幻覚系の能力を使えるやつがいるわね……?」
「ふふっ、正解。来るはずのない助けを待ってると無駄な希望を持っちゃうから全部教えてあげるわ」
「そんな、飛彩くんが、操られたも同然だなんて」
腕を組み、頬に左の掌を添えるユリラはモデルのように体をくねらせながら春嶺達にゆっくりと近づいていく。
「最初から変身してた人間は異常な強さを見せていた。防御系のヴィランが全滅するのも時間の問題」
それと同時に春嶺達にここまでてこずってしまっていることもユリラにとっては想定外だったが今はまだ取り返せる時間だと冷静を保っている。
「だから戦力として離れてもらったわ……防御自慢達に手間取ってる間、しっかりと幻を見せる子達に丁寧な仕事をしてもらってね」
気づかれないように展開力を抑えつつ、幻覚系の能力を確実に炸裂させるためにヴィラン達の毒牙を受けてしまったのは偶然にも理性や探索能力を下げる残虐ノ王を使ったことにも起因していた。
おかげで飛彩は錯覚のままに、フェイウォンの居城を目指してしまっている。
「本当は指揮下に置きたかったけど妥協したわ……今は都合の良い幻覚を見て城下町を彷徨ってるはずよ」
前髪で瞳が隠れる春嶺も流石に言葉を発することが出来ずにいる。自分のことよりも蘭華に危険が迫っていることが耐えられずにいるた。
「そうか、だったら早くお前を倒して飛彩くんに追いつかないとな!」
変身できず、満身創痍の刑がここで威勢の良い啖呵を切るだけでなく、脱力からの瞬動で一気に間合いを詰める。
ヒーローになれなければこのまま戦うまで、という熱太と同じ結論に達していた刑は最高の集中力を見せた。
「消えろ!」
その瞬時の歩法と突き出された槍はユリラと刑の間にあった数十歩の間合いを一瞬で消し去り、荒れ狂う威力を携えた刺突が解き放たれる。
「あ〜あ、曲芸にはもう飽きちゃった」
しかし、穂先を叩き落とされたことで重心の偏っていた刑は首を差し出すように前のめりに倒れてしまう。
「死刑よ」
そのまま断首刑のような足を振り上げたユリラが首元目掛けて鋭い鎧脚を振り下ろした。
皮肉にも、ギロチンが刑の息の根を止めようと迫っていく。
「苦原刑!」
雑念に加え、変身したとはいえ目にも止まらぬ攻防についていけなかった春嶺の銃弾はどうあがいても届くことはなく、届いたとしても刑を巻き込んでしまう。
「これでまず、一人目ね!」
「くッ……!」
歓喜と悲鳴を背に受けながら、刑は死の窮地で展開力を願う。
春嶺の話ていた自分の宿った能力の形を知れば、自ずと展開力を操れるようになり自身の外側へと展開できると。
(無様だ……展開の形など分からぬまま、最後の最後まで、泥臭く愚かだ……)
走馬灯も流れない僅かな瞬間、刑は信念もないままにヒーローを目指した自身の愚かさを呪う。
飛彩が窮地と聞かされ、心を燃やすもそれは焦っただけでただの凡人でしかないという反省も、もはや意味がない。
思えば、喝采を浴びた心地よさが忘れられずにいただけだったと、刑の心は塞ぎ込んでいった。
血の滲むような修行の期間があったはずだというのに考えてしまうのは意志のない始まりのことばかりのようで。
彼の人生はなりたい「自分」を追いかけ続けただけの「空虚」なものだったのかもしれない。
(だったら、せめて最後くらい……)
だが、時として。実際に能力を持つ者よりも憧れを持つものが力を発揮できる時がある。
「自分のなりたかった僕でいたい!」
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