「はぁ〜、ヒーローに喧嘩売ったり、区域外にヴィラン出たり、最悪ね」
駆けつけた熱太ですら気が抜けて、撤退の準備を始めている。
「これにて一件落着! 飛彩ー! 無事かー! 今助けに行くぞー!」
「……っ! 油断してんじゃねぇ!」
咆哮の意味を蘭華はすぐに知る。敵の世界展開は未だに解けていない。
飛彩は熱太へと駆け出すが、すでに遅く。誰にも見えていなかった鎧が、武器ごと熱太の顔を殴りつけた。
銃を肩で担いでいた熱太は爆煙を上げながら中庭まで吹き飛んで行く。
「熱太ァ!」
「……ふ〜! 久しぶりにこの格好になっちゃったっ!」
靄のように漂っていたヴィランはそこにはいない。
今までかろうじて人型にとどめていた靄が装甲を纏い、黒き禍々しい戦士として降り立っている。
重そうな甲冑にも関わらず、凄まじい速さを持っているのはランクEの所以かもしれない。
「はぁー、自分の身体に戻ると、靄の扱いが制限されるけど仕方なかったよねぇ〜!」
そのままくるりと振り返り、赤いラインの入った兜越しに屋根にいた飛彩と蘭華を睨む。
「せっかくだから自己紹介といきましょう。私の名前はハイドアウター」
「どういうこと? アイツは吸い込まれたはずじゃ……?」
「やっと分かってきたぜ、アイツの能力が」
舌があったら確実に舐めずりをしていであろうハイドアウターは久しぶりの実体を楽しんでいるようだった。
「んっふ。私の靄の怖さに気づいたのね」
「アイツの展開下にいると、認識力が下がる。直接隠すより厄介な能力だぜ、あれは」
あらぬ方向を攻撃した時も熱太の銃で攻撃した時も、いたと思っていた場所を攻撃したに過ぎないのだ。
靄のように消えて、現れるを繰り返すハイドアウターのトリッキーな能力に飛彩は唾を吐く。
個人領域では対処しきれない、と。
「さぁて、私を侮辱したガキをめちゃくちゃにしないとっ!」
戦慄。兜の奥に光る眼光のようなものだけで蘭華は動けなくなった。
もはや救援も見込めず、仮に到着してもそこから変身時間分を守る兵力がない。
戦う選択肢が絶望的なものでも、そのカードを引くしか生き残る道はないのだ。
「そうこなくっちゃな。ランクEにしちゃあ弱いって思ったんだよ」
「あっちの方が何かと都合が良いのよ〜?」
直後、飛彩は地面に叩きつけられた。
見えないほどの速さ、さらに攻撃の重さが遅れてやってくる。
まとまらない思考は痛みに集中し、何倍も痛みの体感に襲われた。
「ぐっ……ぐあぁぁぁぁぁ!?」
「はー、良い声。私の前ではその声以外で鳴かないで」
そのまま顔面を踏まれ、さらに地面へと減りこまされる。
バイザーにヒビが入り始め、送られてくる視覚的情報にノイズが入り出した。
「飛彩から離れなさい!」
貫通力が最大の狙撃銃を近距離から乱射する。
しかし、カイザー級、レギオンの肉すら抉った弾は甲高い音と共にハイドアウターの鎧を滑り抜けて行った。
「あらぁ〜、健気ねぇ」
「蘭華に……」
踏まれてながら飛彩は小太刀を引き抜きいて鎧の脚部めがけて突き刺す。
しかし硬い鎧を滑るだけでダメージを与えることが出来ない。
「残念だったわねぇ」
「蘭華に……手ぇ、出すんじゃねぇ!」
足が少しだけ浮き上がる。
それには少しばかり驚いたハイドアウターは再度足の力を込めて飛彩を踏み潰す。
「良いわねぇー。私、そういうの好きよ」
兜が揺れる形でケラケラと笑うヴィラン。よほどおかしいのか腹を抱えて笑っている。
「そういうのが壊れる瞬間が最高に好き」
足に力がこもろうとした瞬間。周りの温度が跳ね上がる。
「お前、誰と話している?」
燃え上がる隕石の如き一撃を叩き込んだのは倒れていた熱太ほかならない。
「あらぁ!?」
燃える拳はヴィランの腹部を燃やし、教室棟から大きく吹き飛ばした。
やはり飛彩達の攻撃とは桁が違い、ヴィランは地面を何度も転がる形で吹き飛んでいった。
「ふぅっ……虚を突かれたな」
「展開が消えてなかったろ。油断しすぎなんだよタコ」
見えていないことをいいことに、飛彩は暴言を吐き続ける。
それでも友の救援は嬉しかったはずだろうと蘭華は笑みを漏らした。
何が起きているかも分からない熱太は、ヴィランめがけて一気に跳躍した。
「蘭華、俺たちも行くぞ」
「何言ってんのよ撤退するわよ。また規定忘れたの?」
生返事で現場に向かう飛彩を止めるべく蘭華も駆け出した。
武装を抱えていても速度の落ちない二人はすぐにヒーローとヴィランの戦場へと戻った。
「止まれ! このバカ!」
「相手はランクEだぞ? 熱太だけじゃヤベェ」
「私たちが行ったって変わんない! ここに向かってる捕獲部隊に攻撃がいかないようにするのが関の山! 一緒に戦うなんて論外だからね!」
顔を覗き込む勢いでまくしたてられた飛彩は歩みを止めた。
蘭華にヴィランに負けず劣らずの迫力があったこともそうだが、黒斗からも通信が入る。
「関の山の案が採用されたぞ。次のヒーローが来るまでお前たちは待機だ」
一刻も早く撤退したかった蘭華は大きくため息をつき、飛彩を睨む。
余計なことをしなければ今頃シャワーでも浴びられていたはずだ、と。
「レスキューブルー、イエローも現着した。あと無断で出撃したホーリーフォーチュンもな。七、八分もすれば三人のヒーローが変身する。無駄な手出しはせず、防衛に徹しろ」
基本的に変身時間の差異がバレないように戦力の追加投入はないのだが、ランクEが相手だからか危険な策にも躊躇いがない。
熱太も気にしている余裕もないほどの集中力で戦っていた。だが、それは熱太一人では五分も持たないと案に示している。
「逃げられるか」
乱雑に黒斗との通信を切り、戦っている熱太を毅然と見つめる。
直後、ハイドアウターの掌底により飛彩たちの近くへと吹き飛ばされてきた。
「ぐうっ!」
「チッ、熱太っ!」
ヒーローは嫌いだが、頼れる兄貴分のように見てきた熱太を、どうしても飛彩は特別に思ってしまう。
暑苦しくてうざったい男と敬遠しつつも、それでも接してくる先輩は熱太しか存在しなかった。
弱い弱いとヒーローを嘲りながらも、実力を認める数少ないヒーローでもあり、飛彩は目の色を変えて、小太刀を引き抜く。
「待って、飛彩」
「止めんな」
「あの戦いに割り込んだって流れ弾で死ぬだけ。そんな真似、絶対にさせないから」
視線は見えなくとも真剣な声音が、飛彩に枷をつけるように放たれた。
蘭華もまた、どんな規定を破ろうとも飛彩を死なせるつもりはないのだ。
「俺が好きすぎるのもいい加減にしとけバーカ」
「は、ハァァ!? 何言ってんのぶっ飛ばすわよ 人が心配してるのに!」
「——悪いな。ムカつくヒーローだろうと、見殺しには出来ねぇ!」
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