「ぐっ、ぐうあっ!?」
折れたのは飛彩の右腕だったのだ。
すぐに蒼い右腕の能力のみを解除して左足の回復力で粉砕されているであろう右腕を治療していく。
「そうか……そこの部分だけに展開集めて……」
「正解だよ。飛彩の展開を超える濃度になった拒絶を狙ってた顔に張らせてもらったんだ」
見事に飛彩の裏をかいて逆転したリージェだが、息も絶え絶えといった様子だ。
飛彩から一時的に主導権を奪えたのみで追撃もままならない。
飛彩もまた展開を封じる能力を解除した上に、手の形をかろうじて留めている右腕を元に戻すのに大量の展開力を使用してしまった。
ずっと続けば良いと願うほどに互いの力を振るっていた決戦は意外にも終焉へと近づいている。
「飛彩、君は人間にしておくのが勿体無いくらいだ。悔しいが君のことだけは認めてやろう」
「で? 何か商品でもくれるのか?」
「地球の半分をあげるよ。好きな人間を選んでくれ、そいつらを絶対に襲わないっていう不可侵条約も結ぼう」
「んなもん約束になってねぇよ!」
身体に鞭を打っての突撃は再び拳と拳の鍔迫り合いへと発展する。
それを振り払っての膝蹴り、裏拳、肘鉄などの拳技がその場で甲高い音を響かせ続けた。
一歩も譲らぬ技の応酬は決着がつくことのもなく再び拳を握り合い、額と額をぶつけ合う力と力のせめぎ合いに発展する。
「なんで侵略される前提なんだよ、死にかけの分際でよぉ〜!」
「これでも譲歩してあげてるんだ。ありがたく受け取りなって」
「テメェらヴィランが絶滅する以外の道はねぇんだよ!」
そのまま互いの展開力に弾かれるように数歩分の間合いが誕生する。
残る展開力や体力も含めて考えた時にもはや次の一撃が決着となると睨みあった。
「やはり僕らに共存の道はない! ララクとのおままごともいつか目が覚めるよ」
「知るかボケ! あいつはもうヴィランじゃねぇ!」
飛彩はあえて拒絶される左拳を選ぶ。
リージェが示したように展開力の濃度で打ち勝てば左腕の支配が敗れることはない。自らの始まりである展開に残る全ての力を注ぎ込む。
リージェはその畜力を見定めたあと、受け入れるように右拳へと全ての展開力を込めた。
力を溜めることを拒絶することも簡単だろうが、それをせずに真っ向勝負に打って出ている。
それが決着をつける上での大事なプライドなのかもしれない。
「いくぞリージェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェッッッ!!!!」
「こい! 飛彩ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッ!!!!」
黒と黒の軌跡が一瞬消えた後、光が音を置き去りにするようにして侵略区域の中央でぶつかり合った。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
「はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
黒と黒と拳がぶつかり合い、闇なのに眩く輝く錯覚をもたらす。
一歩も譲らない攻撃に侵略区域を覆っていたドームが悲鳴をあげていく。
「ダメだよ飛彩……君の力はそんなものじゃないはずだ」
苦しげに声を漏らしたリージェに飛彩は雑念を植え付けられた。
何故自分の限界を引き出すようなことを言うのかと。
「だけど、僕がそれを拒絶してあげるから!」
その一言と共に飛彩の拳がさらに強大な展開力を放つ。
もはや命をも燃やすような燃料の投下に飛彩は顔を歪めた。
「その程度の攻撃力でいることを拒絶する!」
「な、何を考えて……!?」
高まった威力を嘲笑うかのようにリージェは鍔迫り合いをやめて上へと跳んだ。
力をぶつけていた相手がいなくなったことで止まらなくなった勢いが飛彩を突き飛ばしていく。
「くそっ……!」
「ふー、ちょっと飛彩が強すぎたから……作戦変更だ」
黒い流星となった飛彩はそのまま自らの勢いを止められずに侵略区域を覆うドームへと拳を炸裂させる。
戦いの余波ですでに悲鳴をあげていたドームはその一撃で呆気なく崩れ去り、外からの微弱な月明かりを差し込ませた。
「しまった!?」
「一つ目の区域はこれで解放……残り二つもすぐに壊せるさ」」
「テメェ……最初から侵略区域を広げるのが狙いだったのか!」
ゆっくりと近づいてくるリージェは息も絶え絶えと言った様子だが、余裕の笑みを崩さない。
「いやぁ〜、あそこで決着をつけるつもりだったけどここは異世の展開が薄くて力が制限されるんでね。近くの区域を全て合体させて巨大な空間を作ろうってわけ」
「くそっ、黒斗! すまん! 封印の壁ぶち破っちまった! 何とか……」
しかし通信はノイズを走らせるだけで何も返してこない。戦いの衝撃で壊れたのかと思ったが特に外傷もなく機能は動いているようだ。
「あの中で何が起きてやがる……」
「助けに行ってもいいよ。その分、僕が侵略させてもらうから」
「卑怯な……」
「僕は君たちの言うヴィランだ。真っ向勝負で勝てないなら勝てる土俵を作る……当然じゃない?」
全力で拳を交えていただけに飛彩は落胆を禁じ得ない。全力で敵を倒すという矜持が一方的なものだった、と。
「はっ、お前のことを分かった気になってた俺が情けないぜ」
「僕らは友達でも何でもない。互いの命を欲するだけの獣さ」
「やっぱりさっさとぶっ潰してみんなを助けに行く……時間はかけねえ」
「出来るかな? 外には人間もいっぱいいるんだよ?」
そう言い残したリージェは飛彩の一歩踏み出す意思を拒絶し、僅かに生まれた隙を使って外に飛び出した。
領域外になったことですかさず飛彩も追いかけるが、月明かりがまるでリージェを避けるかのように薄暗い空間を作り上げている。
「あははっ、やっぱりこっちは眩しいや」
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