惜しみない拍手もセンテイアの人間にだから送られるものだ。
しかし、心の叫びとして重く受け止めたカエザールと飛彩だけがその言葉を真摯に受け止める。
「聞こえたか?」
「ああ。巣から飛び去った羽ばたきをな」
感慨深そうに言いつつも振り向いたカエザールの表情は険しいものになっており、まともな説得など効かないことが見て取れる。
「ホリィにはホリィにふさわしい役柄がある。偶像で済むのだ。悪い話ではあるまい?」
「それを決めるのはホリィ何じゃねーの? それに見てみろよ、あの顔をよ」
壇上から降り立ったホリィは晴々とした表情でカエザールの前までやってくる。
護衛も道を開けた瞬間に飛彩に後ろを取られていたことに気づき、臨戦態勢に移る。
「やめておけ。お前達では敵わん」
そこで飛彩も背後を取るのもやめてホリィの側へ並び立った。
カエザールと向き合う形になった二人はまるで結婚を申し出にきたようにも思える。
「——ホリィ、お前は家に逆らうのか?」
「私はやりたいようにやって、家の役にも立ってみせます」
「甘くないぞ。特にお前は命のやりとりをしているのだ」
「ええ。承知しております。取り消したければ演説でその点もお話しされてはいかがでしょう?」
挑発的な言葉を吐くホリィはカエザールの性格上覆せるはずもないと理解しているからこそ演説の先手を取ったのだ。
「お父様。私は貴方達から逃げません……私を貫き通します」
「俺が守ってやるから心配しなくていいぜ?」
「どこぞの馬の骨とも分からぬ男に、娘を渡せるか……ふん、勝手にしろ。利益にならなければ切り捨てる。それだけは忘れるな」
ホリィと飛彩の間を縫うように進むカエザールは悔しさに満ちた表情を気取られないようにするためにか、大股で壇上を目指している。
「それは……私の自由にして良いと解釈しても宜しいですか?」
さりゆく父の背中へ投げかけた決別の言葉。縁が切れるわけではないが、ホリィを繋いでいた呪いの鎖が今千切れようとしている。
「——勝手にしろと言っただろう」
そのまま去っていくカエザールをホリィは茫然と見つめた。
もう少し感慨深いかとも思ったが、喜びも後悔もなく自分が少しはマシな存在になれたのだという謙虚な気持ちだけが湧き上がった。
「やったな」
そんなホリィの肩を叩く飛彩は言葉では確かめるだけなどと言っていたものの、ホリィの決意を純粋に喜ばしく思ってしまう。
共に戦場を駆けた仲間だからこそ飛彩の中でもかけがえのない存在になってきているのだろう。
「はい。飛彩くん……本当にありがとう」
「俺はお前の決意を聞きにきただけだ。全部、お前の心の中にあったもんだろ? もっと胸張れよ」
向けられた飛彩の笑顔にホリィも満面の笑みで応える。
デートの時には覗けなかった心からの表情に侵入作戦の苦労も全て吹き飛ぶ思いになった。
娘の成長に完敗といったカエザールが護衛を引き連れて自分の演説のために登壇する。
それを見届けたホリィはそのままパーティー会場を後にする。
後を追いかけた飛彩は誰もいない廊下で足音を響かせながら並んで歩いた。
「親父の話聞かなくていいのか?」
「お父様は無様に撤回するような真似はしません。放っておいても大丈夫でしょう」
並んで歩く二人は再び三十一階を目指す。
やってきたエレベーターに乗り込んだ時に、髪飾りやイヤリングを決別するかのように床へ投げ捨てていく。
「吹っ切れすぎだろおい……」
「でも流石に喧嘩を売りすぎて家にいるのも厳しいので……私、引っ越しします! それまで飛彩くんの家に住んでもいいですか?」
この騒動で一回り度胸をつけたホリィは大胆な発言で飛彩の頬を真っ赤に染め上げる。
スティージェンやカエザールに対し、鋭い気迫を放っていた男が少女の小悪魔的な笑み一つで簡単に困惑させられてしまうのだ。
「良いわけないでしょぉぉぉぉ!」
「ぐおぉぉ!?」
耳を劈く蘭華とカクリの怒号で飛彩は床でのたうち回る。
急いで通信機を耳から外すとその位置を特定して異空間の扉を開いて現れた。
「全くホリィったら油断も隙もありゃしないんだから」
「ですっ!」
突如次元を超えて現れたせいで着地地点は飛彩の真上となり、目立たないように着込んでいたロングコートの少女達の下敷きとなってしまった。
揺れるエレベーターは緊急停止することもなく三十一階へとゆっくり動いている。
「なんつー勢いで出てくんだお前らは……!」
腰をさすりながら少女達を退かすとカクリと蘭華は一目散にホリィへと詰め寄っていく。
「引っ越しだったらカクリの能力で全部運んで上げますから、飛彩さんが手伝う必要もありません。場所はどこがいいですか? 海外?」
「とにかく飛彩と同棲なんて許さないわよ?」
いつもならば二人の勢いを収めるホリィだが、日常に戻ってこれたかのような錯覚に安心したのか吹き出してからは笑いが止まらなくなってしまう。
「やっぱり蘭華ちゃんの家にお泊まりさせてもらおうかなぁー」
「はぁ? まあ、飛彩の家に泊まられるよりはマシね……」
と打算的な言葉を口にしつつも、いつもと変わらぬ友の笑顔に安心した蘭華は笑い返して頭を撫でた。
「ま、とにかく良かったわね」
「——うんっ」
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