「飛彩くん? ど、どうして?」
「ったく、お前は……謹慎中だろう?」
「いてもたってもいられなくなっちまったんだよ」
どんな状況だろうとヒーローを守る存在というものが、この世界には存在する。
仕込みの記者たちの陰湿な攻撃からまもる雨、飛彩と蘭華はヒーロー本部への襲撃とも言える行為をやってのけたのだ。
「蘭華にハッキングさせてな。暗くなったところをお手製のスタンバトンで一気にぶっ壊したってわけだ」
通信機からは微かに蘭華の声が漏れていた。作戦の成功を疑わず、ホリィといい雰囲気になっていないかを何度も問いただしている。
「蘭華と話してたんだがな。お前らのスポンサーが首輪付け直すのに必死みたいだったからよ。どうにもムカついてな」
照れ隠しのように言っているが、あまりにも大それたことを成し遂げているのだ。
英人が場を丸く収めていなかったらそれ以上の大惨事が起きていたかもしれないというのに。
「ほら、帰ろうぜ? 小言言われる前によ」
「帰れるか! と、言いたいところだが……報告は俺だけで充分だろ。ホリィ、お前は飛彩と行け」
年長者として面倒ごとを全て引き受ける男気を見せる熱太にホリィは羨望の眼差しを向ける。
鈍感なのは飛彩と同じだが、兄貴分な性格がホリィにとって功を奏する者となる。
「じゃ、いくぜ」
急にホリィを抱きかかえた飛彩は誰にも見つからないようにするために、超高速の動きで窓から外へ飛び出した。
ド派手な逃走方法に目を丸くした熱太を置き去りに、飛彩はヒーロー本部のビルの壁を駆け上がっていく。
「ちょっ、ええぇぇぇ!?」
「離脱前に蘭華と合流するぜ」
空へ昇る流星のように残光を迸らせた飛彩は屋上のヘリポートに足をめり込ませながら着地した。
「あー、もうこんなところに痕跡残して……ってホリィ! 早く降りなさい!」
薄いタブレットと護利隊のバイザーだけを装備している蘭華がホリィを地面に下ろした。
たったこれだけの装備でヒーロー本部のセキリュティを突破して、おちょくるような真似が出来るのだから天性のサポーターということも肯ける。
「ま、私もここに連れてこられた時、お姫様抱っこしてもらったからおあいこってことにしてあげるか」
「では、なんで勝ち誇ったように言うんですか……?」
至福の時だと感じてしまったホリィはすぐさま冷静な思考を取り戻し、先ほどの会見のことを反省した。
「どうした? 早く帰ろうぜ」
「——やっぱり私、戻ります。私が批判を受けるようなこと言ったのに、後始末を全部熱太さんに押し付けるなんて……」
「リーダー気取りの熱太には、やらせときゃいーんだよ」
相変わらず戦友をぞんざいに扱う飛彩は、ヘリポートの淵へと腰掛けて降り注ぐ日差しを恨めしそうに見上げた。
「でも……」
「言いたい奴には好き勝手言わせとけ」
いつの間にか変身を解除した飛彩は、ズボンの汚れをはたきながら、本当の気持ちを語り出した。
「テレビやネット見てみろよ。お前の言葉に胸を打たれた奴だっているんだ」
「飛彩もその一人でしょ?」
「う、うるせぇ、話が進まねぇだろ」
振り返って蘭華に唾を飛ばす飛彩の顔色は、赤く染まっていることにホリィは気づく。
記者に腹を立てたのも結局は建前で、ヒーローとして一皮向けたホリィを救うべく飛彩は駆けつけたのだ。
「まぁ、その、なんだ……やってやろうじゃねぇか。奪還作戦をよ」
戦いの後、緩み切っていた飛彩に火をつけたのは他ならないホリィなのだ。
守るだけだった新人ヒーローは、隣に並び立つだけでなく先に進もうと飛彩に道を示している。
「誰が何て言おうと関係ねぇ。俺が味方ってだけで充分だろ?」
「飛彩、くん……」
やっと飛彩を守れたかと思えば、一瞬で遠くに行ってしまったかのような錯覚に陥る。
そんな危なっかしい相手だからこそ、ホリィも蘭華も守りたいと思うのかもしれない。
「味方がいるって分かるだけで救われるって、お前らが教えてくれたんだ。やろうぜ、この世界を守り抜くんだ」
「はぁ〜、あんたらと付き合ってると給料に見合わない戦いばっかりよ」
憎まれ口を叩きつつも、蘭華は次の作戦案をいくつもタブレットへメモし始める。
素直じゃないなとホリィは笑いつつも、先ほどまでの暗い気持ちがどこかに行ってしまったと感じているようだ。
「火がついちまった俺は止められねぇ。このまま一気にヴィランどもをぶっ潰してやろうぜ!」
気の抜けていた飛彩はもうどこにもいない。いつもの闘志に満ち溢れた戦士が少女たちの前に戻ってきたのだ。
「まーた突っ走る飛彩に戻っちゃったわよ? ホリィはついてこれる?」
隣で当然のように守り続けてきた蘭華は肝の座り方が違う。
飛彩がどんな地獄を歩もうと共に歩む覚悟がある。
挑発的な笑みでホリィに視線を飛ばした蘭華は短いスカートをはためかせて飛彩の隣へと歩いた。
「当然です!」
立ち塞がるように飛彩の前へと躍り出るホリィは、蒼い瞳に熱意を込めつつ少年を見上げた。
「私たちが……私が飛彩くんを守りますから!」
再び放った決意は、リージェと戦った時から何も変わらぬものとなっている。
「一人で突っ走るアンタの背中守るのも大変なんだから」
「だから、私たちのことも……守ってくださいね?」
激しい風が三人を襲い、まるでこれからの運命を暗示しているかのようだった。
しかし、飛彩はもはや止まる気もない。ホリィの言葉で熱く打たれた熱が、飛彩の身体を循環して燃え上がっていく。
同じヴィランを全て倒すという目標も、支えてくれる仲間がいるかいないかでは大きく異なるのだ。
荒みきった気持ちでは何も為せない。自分の命も護り、仲間を護る。
そんな当たり前なことを当たり前に受け入れて良いと思わせてくれた仲間たちに飛彩は心から感謝する。
「守ってやるよ……ヒーローだけじゃなくて世界も何もかもな」
力を手にし、少年は生まれ変わった。
愛に触れ、さらに生まれ変わった。
照りつける日差しに負けない熱い絆を手に入れた飛彩は太陽に手をかざし、世界を救う決意と共に強く握りしめるのであった。
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