【完結】変身時間のディフェンスフォース

〜ヒーローの変身途中が『隙だらけ』なので死ぬ気で護るしかないし、実は最強の俺が何故か裏方に!?〜
半袖高太郎
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世界展開

公開日時: 2021年7月18日(日) 17:19
文字数:4,600

 光の柱はどんどん太く大きくなっていき、ワープホール越しに見守っている熱太達にも影響を及ぼす。


 刑や春嶺が率先して声を出して展開域の安定を狙う。

 もはや彼らにはこの戦いに祈ることしか許されていないのだ。


 その気持ちを一身に背負う飛彩は光の柱の中でとうとうフェイウォンへと拳を突き立てる。


「ぐはっ!?」


「お前を……なかったことにする!」


 そのまま広がっていく光は眩いものにも関わらず、誰も瞳を閉じることはなかった。


 この決着から目を逸らしてはいけない、と。

 フェイウォンの断末魔が響く中、徐々に光は弱まり展開域が消えていく。


 遠くに見える光景を見守るカクリたちは浮島となっている地面で、フェイウォンの心臓部に拳を突き立てている飛彩を見つけた。


 歓声を上げたくなる気持ちを堪え、早くこっちに来てくれと全員が思った。


「やった、の……?」


 特に唯一動けるホリィはワープホールに飛び込んで迎えに行こうと一歩を踏み出す。


 大きく残っている足場は、未だに濃密な死の気配に満ちていて。

 離れているはずのホリィ達も肌が泡立つのだから、飛彩もまた悪寒に襲われている。





「……今の攻防、引き分けといったところか?」





 微動だにしない二人だが、最初に口を開いたのはフェイウォンの低い声で。


「ちっ」


 直後、飛彩がまとっていた鎧が一気に砕け散る。






 なかったことにする力を限界まで引き出した結果、飛彩自身の展開力がほぼほぼ底をついてしまったのだろう。


 もはや狭間の世界で呼吸するための領域しか飛彩には残されていない。


「貴様はよくやった」


「よくやった、だぁ? ぶっ殺さないと意味ねぇだろ」


「ヴィランの始祖である私を、その辺りの凡夫になるまで弱らせたのだ」


 なかったことにする力によってフェイウォンの実力は今やランクIに相当するほど下がっていた。


 だが、飛彩もまた力を使い果たして一介の護利隊同然である。


「故にこの屈辱は……晴さねばなるまい」


 素早い前蹴りが飛彩の腹部へと減り込んだ。


 ランクIといえど、鎧の下にまとっていた強化アーマーがなければ今頃内臓が破裂していただろう。


「がっは!?」


 始祖の力の減衰は全員にも伝わっており、特に蘭華とホリィが救援に向かおうとワープホールに近づく。


「待って!」


「メイさん! 止めないでください!」


「今なら私たちで倒せます!」


「さっきの攻撃と光で、ワープホールを維持するのも厳しいの。誰かが通ったり攻撃するのもあと一回が限界」


 ホリィにも維持に回ってほしいと暗に告げるメイに二人の表情が揺れる。

 つまり飛彩が自力で戻ってくるしか方法がないのだから。


「飛彩……!」


 ワープホール越しに続く戦い。

 蹴り飛ばされたことで二人の間には再び数歩分の間合いが出来ている。


「貴様は生身でも下位のヴィランを葬っていたな」


「はっ、弱ってるお前なんて軽く捻ってやるよ」


「……それも本調子であればの話だろう?」


 もはや哀れみに近い言葉を投げ捨て、フェイウォンは再び全てを焼き尽くす黒炎で右腕を創り上げた。


「我が命の火もじきに消えるだろう。だがその前に悪の種を世界に撒かねばならぬ」


「はっ、そんなもん、護利隊の兵器でどうとでもなるさ」


「だがお前の展開力は、一時的に減っただろう。それを奪えば世界を悪に染めるのは夢物語ではない」


 フェイウォンもまたとてつもない弱体化をしたはずなのに野望を諦めない。


「なら……尚更負けるわけにはいかねぇな」


 圧倒的窮地。

 力なき平隊員だった頃、ヴィランに感じていた恐怖を飛彩は不意に思い出した。


 こんな化け物にどうやって勝つのか、と泣きながら戦ったものだと笑みまで浮かべて。


「……いってぇな」


 鎧も全て吹き飛ばされ、飛彩の能力はどれも呼応する気配がない。


(リアルにもう打つ手はねぇ、か……)


 フェイウォンとの戦いで何度も死戦を潜り抜けてきた飛彩も、力を使い切った感覚に震える。

 もう刀を握っているのも精一杯だと。


「貴様の力を吸収し、私は再び始祖としての力を手に入れよう」


 その時、飛彩は初めて前方の、つまりフェイウォンの後方に生まれたワープホールを注視した。

 二度と会えないと思っていた仲間達を最後に一目見ようと。


「あぁ……!」


 飛彩もまた、ワープホールを安定させることがどれだけ大変かは理解している。

 展開力を持つ誰かがこちらに一人飛び出した時点で、崩壊してしまうことも。


「別れを告げる時間をやろうか」


 挑発と罠が含まれるフェイウォンの言葉は耳に届いていなかった。

 飛彩は茫然としたまま、ある気持ちを思い出す。


「……同じだ」


「ん? とうとう恐怖で狂ったか?」


「俺を守ってくれたヒーローが死ぬときに、何も出来なかった俺と……」


 助けに入った時点で誰も助からない、きっとメイや黒斗が誰かが飛び出すのを止めているのだろう、と察した。

 だからこそ後先のことを考えず助けに入りたい気持ちが飛彩には痛いほどに理解出来ている。


「ここで俺が死ねば、あいつらは一生後悔するよな……」


 逆の立場ならば死ぬまで思い悩むどころか、死を選ぶかもしれないと飛彩は無表情なまま呟いた。


 身を乗り出して助けに来れば、その時二人とも一生助からないことが決まる。

 送り出した者達は狭間に飛んだ者と飛彩を殺したことになることもメイが憎まれようと止めている理由だろう。


(蘭華、なんて顔してんだよ……)


 超常的な視力でワープホールの前までやってきている蘭華の表情は手に取るように分かったようだ。


 涙を流しながら祈るその姿に、胸をえぐられるような感覚が込み上げた。

 勝てる勝てないではなく、自分は負けていけないのだと気持ちが昂っていく。


(そんな心配すんなって)


 心の中の呟きは蘭華に聞こえるはずもないが、飛彩はその唇が動きまで見えていて。


(帰ってきて)


 読唇が出来るわけではないが、はっきりと飛彩には認識出来ている。


「蘭華……」


 その後ろからヒーロー達やララクやメイの力、そして黒斗の思念までもが伝わっていた。

 そして、飛彩は改めて一人で戦っているわけではないことを改めて噛み締める。



「俺は勝つぜ」



 故に飛彩は、そう言葉を紡いでいた。


「……何?」


「皆が見てるんだ。恥ずかしいところは見せられねぇ!」


「はっ、あそこから動けない仲間に対して何を言うかと思えば……死ぬまで見栄を貼り続けろ」


 狭間の世界でワープホールを維持するだけでも展開力を消耗する。


 それはフェイウォンにもお見通し故に、対処する気もなく。

 逆に飛彩の死に様を見せてやろうと作戦を変えるほどだ。


「わかってねぇのはお前だ」


 折れた刀を再び飛彩は両手で構える。

 もはや展開力もほとんど残っていないはずだが、飛彩の見せる気迫は先程までと全く変わらない。


「気に入らない目だ。まだ勝てる気でいる」


「当たり前だ……みんなの想いは俺の側にある!」


「ここで一人寂しく散るのが貴様だ!」


 振り上げられた拳の速さを、飛彩はもう見切れなかった。


 だが、敵の攻撃を全く気にしていない飛彩にとってどうでもいいことで。

 対するフェイウォンは展開力こそ底をついたものの、飛彩に対する殺意で溢れている。


 思い通りにならない同族はただの獲物であり、力を回復する道具としか見ていない。


「ふっ……!」


「死ね! 腑抜けた同族よ!」


 溢れ出る殺意は、視界を曇らせる。

 フェイウォンは満ち満ちた己の殺意により、物静かにその時を待つ飛彩の異様な静けさに気付けなかった。


(こいつ、目を閉じて……!?)


 そのまま折れた刀を飛彩はただ振り抜く。

 そこからは再び、互いに時がゆっくりと流れたように感じていた。


(勝てる、このまま潰せば、私の勝ちだ!)



 歓喜。静寂。熱狂。静寂。興奮。静寂。



 幾重にも重なるフェイウォンの感情を落ち着かせていくのは、ヴィランの命を奪うその一点に集中した飛彩の気迫である。


 そのまま興奮は恐怖に、勝利の美酒が薄まっていく。


「くっ!?」


 そのまま鉄槌のように繰り出された攻撃と交差し、フェイウォンは飛彩の背後まで飛び出す形となった。


「な、何がしたかった? 折れた刀を振り回して……?」


 結果的に回避を優先したことでフェイウォンの攻撃は的外れな方向へと繰り出されている。

 怯えを隠しきれないままに挑発を振り乱して背後に向き直った。


 対する飛彩は落ち着き払ったまま悠然と振り返る。


「いいのか?」


「な、何がだ?」



「それが最期の言葉でいいか?」



「何を……ぐはあっ!?」


 上半身が大きく切り裂かれたフェイウォンはよろけながら、吹き出ていく黒い血のような展開力を必死で抑え込む。

 黒血越しに見る飛彩は、紛れもなく白い輝きを見せる刀を携えていて。


「その刀は、私が折った、はずっ!」


 息も絶え絶えなフェイウォンは痛苦の息を漏らしながら叫びを上げる。


「仲間は遠く離れたところにはいねぇ。いつも俺のそばで一緒に戦ってくれてる」


 そう、折れたはずの刃を構築しているのは紛れもなく展開力だった。

 白き輝きの中に様々な光が煌めいており、他のヒーロー達の息吹を感じさせてくる。


「俺の仲間がワープホールの向こうにいるように見えるか?」


「当たり前だ。手出しもできずに指を加えて待つのみのなぁ!」


「それが絆を捨てたお前の限界だよ」


 消え去ったはずの展開力が再び、飛彩の左腕へと鎧として宿った。

 始まりの黒腕はヴィランの象徴だったのかもしれないが、今は人の側面を主張するかのような白き鎧となっている。


「俺の仲間は、俺の側にいてくれてる!」


 刀を負ったことで、これ以上の強化はないとフェイウォンは甘い予想を立てていた。


 ただ、飛彩の力の根元は刀にあらず。

 この土壇場で飛彩は仲間が側にいてくれている展開域を創り上げたのである。


 それはまさしく心の底から互いを信頼出来る気持ちがなければ為せなかっただろう。

 今までの戦いが積み重なり、紡がれた絆の糸が仲間と飛彩を強く結びつけている。


「とんでもねぇ力を持ってた俺とお前の……最後に出来た差だぜ!」


 仲間が側にいる、力になるなど、確かに飛彩の妄想かもしれない。

 現世にいる仲間達の、飛彩の側にいると願う気持ちも、ただの祈りかもしれない。


 しかし、互いに強く思い合う気持ちが見事に一致し、重なり合う時。


 そして、その願いを現実にする・・・・・力があればどうだろうか。


「想いなど、そんなまやかしが現実になるわけが……」


世界展開リアライズ


 その言葉は、二の太刀が如くフェイウォンをよろめかせる。

 それは自身が創り出した能力が敵に塩を送ってしまったからだろうか。


世界展開リアライズは己の願う世界を現実に構築する領域を作る……だろ?」


 悪の始祖であるフェイウォンが、悪の楽園を作るために生み出した力。

 それが今、フェイウォンに対して牙を剥く。


「いくつも能力を保持出来るはずがない。クリエメイトですら自身では持てなかったと言うのに!」


「忘れたのか? 俺が何個も能力を持ってたことを」


「あのような部分ごとのなり損ないが偉そうに……」


「だが……」


 そのまま飛彩は鋒を突きつけ、ワープホールを背にした状態でフェイウォンを睨みつけた。


「お前は間違えたんだ。この力は傷つけるためにあるんじゃない」


「それはお前が決めることではなィィィ!」


 世界展開リアライズは戦う力ではない。

 そう告げながらも一刀を振るうしかない飛彩は哀れみを込めて、残るフェイウォンの左腕も斬り飛ばす。


「がああぁぁ!? くそっ、くそっ!?」


 残り少ない展開力で再び両腕を創り上げるフェイウォンの拳は飛彩に弾かれる度に揺らいだ。


「この力があれば、お前が本当に欲しかったものも……手に入ったはずだ」


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