「リージェ」
年齢を推し量ることのできない低い声は、恐怖を纏った重厚さだけを漂わせる。
見下ろされていることに気づいたリージェは肺から息を絞るようにしながら顔を苦渋に歪める。
「私は結果にしか興味がない。故に侵略にも興味はない、この黒の世界があれば何も望まん」
「そ、それは何よりだ……」
しかし、それによりヴィランの闘争が起きてしまっていることを闇の主もわかっていないわけではないだろう。
故に彼は自分以外の存在などどうでも良いのだ。その闇から生み出された一人であるリージェは歯噛みしつつも片膝をついて頭を垂れる。
「では、あちらを手に入れた暁には私が全てを頂いてもよろしいのですか?」
慇懃無礼な態度には死あるのみかと思いきや、小さく笑う声までがリージェの耳に届いた。
「大きく出たな。支配者である私と並ぼうと望むか」
「恐れ多い。私は庭が欲しいだけなのです」
「ふっ……好きにしろと言いたいところだが、ララクの件、耳にしているぞ」
「!?」
ここで処刑も免れない落ち度。
一族の罪が大きくのしかかった瞬間リージェは流石に情けをかけていたララクに殺意が湧いてしまった。
「リージェもララクも我が子同然……反抗期のようなものさ。気にするところではない。全て好きにしておけ」
「——良いのですか?」
「私はこの闇の世界の静寂があればそれで良い」
それだけ言い残すと闇は津波の前の潮のように一瞬で消えていった。
薄明かりしかない異世が逆に眩く輝くようにも見えてしまいリージェはくらむようにして再びソファーへともたれかかる。
結局は奴の飼い犬なのだと思い知らされたリージェは心を燃やす禍々しい情念に取り憑かれるままに城を飛び出した。その際の展開と拒絶の威力で城が大きく崩壊し、城下へと降り注ぐ。
「いつまでも首輪に繋がれたままでいると思うなよ……!」
いくら闇の主が静寂を求めようと、異世は阿鼻叫喚の戦いの煉獄でしかない。
リージェは王になることは望むが戦いに明け暮れる気はなかった。
しかし無人の王になったところで何も満たされるものは存在しない。
故に掲げた反旗を元に何もかも奪い尽くす、そのために手段は選ばないとリージェは怒りに満ちつつも口角を上げて高らかに笑い続けるのであった。
「残る侵略区域は、郊外にある三つの小さな区域だな……ほぼほぼ隣接していると言っても過言ではない距離感だ。下手をすれば周りを崩壊させて巨大な異世空間になってしまうかもしれん」
数日後、ブリーフィングルームで選抜されたメンバー、もといララクについて知っている面々が黒斗の説明に耳を傾けていく。
「はいはーい! ララクが侵入して全員説得してきてあげるね」
と言いながら異世へのポータルを開こうとしたララクを飛彩は急いで羽交い締めにする。
その光景に慌てた蘭華達が二人を引き剥がすというどんちゃん騒ぎをしながらも黒斗の一喝で室内は静まり返った。
「ポータルを開けば、一瞬でもこちらと異世がつながるということだ。その隙にここにヴィランが出てきたらどうする? 皆殺しにされるぞ、と説明したばかりだよな? お前はここにいる奴らを死なせたいのか?」
「ララク、黒斗が嫌いよ。いつも怒ってばかりだもん」
「あーあーそうだな。だが、今は黒斗が正しい。大人しくしろララク」
ブーブーと文句を言うララクを無理やり椅子に座らせて再び作戦概要に耳を傾ける。
飛彩の無礼な諌め方を気にしていたらキリがないと眼鏡の位置を直した黒斗は飛彩を中心とした隠密作戦を提示する。
「何も敵を殲滅する必要はない。一時的に追い出してしまえば飛彩の力で取り返す事が出来る。とにかくやつらのこちら側の拠点を潰すんだ」
「少数精鋭、むしろ飛彩を中心にチームを組むわけですね?」
「ああ、隠密作戦ならば飛彩のみで充分だろう。敵戦力もそんなには多くないはずだ。まあ、三つが融合しない限りは、な」
「ララク知ってるわ。あれ、フラグって言うのよね?」
「そんな事勉強してるんなら、俺たちの常識も学んでくれ……」
その後、ララクを飛彩が抑える形でブリーフィングは進むものの一番聞いていなければならないはずの二人はヒソヒソ話のせいで馬耳東風状態となってしまった。
とりあえず飛彩が理解出来たことはただ一つ、少数精鋭のメンバーで乗り込み基地内を迅速に制圧して生命ノ奔流の浄化効果で区域を全て奪い取る、という作戦、のように理解している。
「飛彩、お前がメンバーを三人決めろ」
「あ? え、お、俺がか?」
「ああ。そして隠密作戦故にヒーローは抜きだ」
「は、はぁ!?」
この場にはララクのことを知ってもなお、護利隊に残っている精鋭たちが勢揃いしていたが、それらの注目を一気に浴びた飛彩はララクと喋っていた後ろめたさなども重なって視線を落として考えておくとだけこぼした。
「明日までには決めておけ、以上。今日は解散だ」
その声を皮切りに次々と出口へと歩き出す隊員達を飛彩は見渡すように観察した。
ララクも真似てニコニコと笑いかけるが、隊員達は苦笑いを返すしかないらしい。
そしてその場に残ったのは黒斗も含め、飛彩とララク、そして蘭華とカクリというお決まりのメンバーだった。
「実際どうするんですか飛彩さん?」
無邪気なカクリの質問にあー、や、うーとしか返せない飛彩の心の本音を蘭華はニヤニヤした表情で見抜いている。
「飛彩、護利隊に友達居ないから仕方ないわよね」
「う、うっせーな!」
「ま、一人は私として、実際問題、あと三人はどうするの?」
「そりゃぁ、その……」
一度言い淀んでしまった時から、候補が浮かんでは消えを繰り返す。
危険な場所に連れていくが故に、隊員達の覚悟も知らなければいけないのだと生真面目な思考が珍しく浮かんでいた。
実際、戦いに対する覚悟の違いが連携に大きく影響を及ぼしてしまうからである。
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