「あぁ……」
余計な気遣いを考えていたが、それは口にしなかった。
迷いを感じてはいたが、ホリィが自分の口から出した決意の言葉が本当になることを信じることにする。
「俺がいくらでも守ってやる」
向かい合っていたホリィの肩に両手を添える飛彩の言葉はヒーローに対しては正解の言葉だったはずだ。
「——守る、ですか」
「俺のことも守ってくれるんだろ? 頼んだぜ」
ヒーローでありつつもただの少女でもあるホリィは、自分で決める意志が揺らいでしまっている。
だからこそ飛彩の言葉にすがったのかもしれない。
だが、ホリィの脳内で記者会見やヒーロー本部で交わした約束がフラッシュバックする。それと同じくらい大きな、父親の言葉も。
「じゃあ、また学校でな」
「はい、また……」
迎えの車が近づいていたことに気づいた飛彩は、一応二人で遊んでいたことがバレないようにと気を遣ってその場を後にする。
去っていく飛彩に手を振ったホリィは、胸に訪れた疼痛に顔を伏せ、晴れない表情へと変わっていく。
「私は……飛彩くんにどう思って欲しいのかな」
どういうことを言ってもらえれば覚悟がブレなかったのだろう、そんなことを考えながら迎えの車に乗り込む。
「守ってくれるって、守って欲しいって言ってくれてるのに……!」
変装用のアクセサリーたちを鞄の中へ隠しながら座席へと深くもたれかかる。
歩き去っていた飛彩を一瞬にして抜かしていったのを横目で確認するが、ホリィは振り返ることはなかった。
対する飛彩は消えていくリムジンを眺めつつ、その場に立ち止まる。
「親、か……」
孤独な自分と異なって想像を絶するしがらみがあるのだと飛彩は考えるようにしたが、その重みというのを理解できていない。
自分たちと交わした約束の方が遥かに気高く優先されるべきものだと信じていた飛彩は、その夜も何も告げることなくただホリィを信じることにした。
「幸せは人それぞれ、だよな」
ただ強くあり、負けないこと。
そんな飛彩のように単純な思考の者ばかりではない。
飛彩はその日、ホリィにとっての幸せとは何か考え続けたが答えは出なかった。
奪還作戦において、ホリィと飛彩というのは両翼も同然だ。
どちらかが欠けても作戦の中止が判断されるほどの。
二人のデートが禍根になる中、一人の少女が夜の帳が降りた繁華街を歩いていた。
「ふん、ふふ〜ん」
黒いブラウスと短めのスカートから覗く柔肌は陽の光を浴びたことがないかのように透き通った美しさを見せていた。
すれ違う男の視線を集める美貌と珍しい薄い水色の髪が月明かりに照らされて都会に幻想的な雰囲気をもたらしている。
「ねぇねぇ君一人? 女の子足りなくて俺らと遊んで欲しいんだけどどうかな?」
いかにも素行不良といった服装と悪しき態度が顔にも現れているゴロツキが数人がかりで少女を取り囲む。
周りの大人たちは面倒ごとを避けるように道を作り、少女はなすがままに裏路地へと連れ込まれた。
「ねえねえ、こんなところで楽しいことなんてあるの?」
「あるよあるよ〜、今迎えの車がきてるから、それまで暇つぶししてようぜ?」
「へぇ〜。暇つぶし、かぁ」
水色の髪と真逆な真紅の瞳が、ゴロツキたちを怯ませた。
か弱い少女の見た目だろうと体の奥底から湧き上がる凶暴なオーラを隠すことは出来ない。
「私を楽しませてくれなかったら……どうなっちゃっても知らないよ?」
「ははっ、威勢のいいお嬢さんだ!」
一人の男が馴れ馴れしく少女の方へ手を伸ばす。
そこで首に巻かれたチョーカーに気づき、抱き寄せるように少女を引き寄せた。
「かわいいじゃん。俺の雌犬にしてあげっからなぁ〜」
ただ遊ぶだけではないことが丸わかりの卑劣な集団に加勢するように大通りと面する部分を援軍のミニバンが塞いだ。
「じゃ、今から朝まで可愛がってやるからな」
「ふむ……つまり私を楽しませる気はなかったということ?」
「ああ、世間知らずのお嬢さん! テメェはこれからずっと俺たちを楽しませる雌奴隷になるんだよぉ!」
大の男が数人がかりで少女を引っ張るが、山の如くその場から動く気配はなく。
「あれ?」
「この姿だから力は全然使えないけど……掌くらいに展開張ることは出来るよ?」
肩に伸ばされていた腕を払い、一番馴れ馴れしかったゴロツキの顔を小さな手で掴み上げる。
そこから放たれた黒い瘴気が男の身体の中へとどろりと流れ込んだ。
「ぐっ、うおぉぉぉ!?」
「不敬を働いた罰を与えましょう」
力なく跪いた男は機敏に立ち上がり、仲間の首をあらぬ方向へと折り曲げた。
悲鳴をあげようとした男への顔面へ再び展開を流し込み、物言わぬ人形へと作りかえる。
「お、おい! どうしたんだよタケさん!」
少女に操られた男たちは瞳が漆黒へと変わり、よだれをだらしなく流し続けた不気味な存在へと早変わりした。
「や、やめ! ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
路地裏に立っているのは少女と操られた男たちだけ。
車に乗っていた仲間たちが異変に気づき、駆けつけてきたが結局は生贄が増えただけに他ならない。
血の饗宴を演じさせた少女は、男たちに興味を失ったようにあくびをしながら再び大通りへと舞い戻った。
「せっかくこっちに来れるようになったのに何していいのかよくわかんない。変なのばっかりに絡まれるし……友達でも作ってみようかなぁ?」
月明かりと夜景を眩しそうに眺める少女、異世から降りたったその少女は人を殺めてなお夜の道を軽やかに進んでいく。
「あぁ〜、どこかにララクと仲良くしてくれる人いないかなぁ〜」
妖艶に微笑む少女でありヴィランである『ララク』。
ヒーロー本部や護利隊の誘導装置にも反応計器にもかかることのない異質なヴィランがこのの世界に確実な一歩を踏み出していた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!