「ぐ、ぬぬぅ……!」
誇りも全て打ち砕かれたバリアーノは最後の言葉を残すこともなく灰となり消えていく。
春嶺は自身が焦りを抱えていた時にはすでに飛彩がここまで光景を思い描いていたのだと察した。
自身も戦闘経験が豊富な部類だと考えていたが、改めて飛彩の戦闘センスが高さを思い知らされたようだ。
「……」
俯く春嶺だが、長い前髪が表情を覆い隠してしまう。
拳を地面に打ちつけ、跳ねるようにして春嶺のところに戻った飛彩は何の感慨も抱かずに「いくぞ」とだけ言い残し走り始めた。
すかさず追走する春嶺だが、飛彩が全力でララクと対峙しなければならない場合、心の迷いさえ全て掻き消せれば間違いなく勝利出来ると確信した。
「さて、後どのくらいのヴィランが守りを固めているのかねぇ」
ただのヴィランと戦っている限り答えが先送りに出来る、時間はないけども自分の心のために時間を稼ぎたい、そのように飛彩は感じているのかもしれない。
第零区域で快進撃を続ける飛彩達をよそに、誘導区域では黒いドレスの鎧に身を包んだララクが降り立っていた。
「移動の座標、間違えちゃったかな……」
ヴィランの世界間の移動は基本的に技術部が開発した誘導装置によって、設定されている区域へと飛ばされる。
廃墟だらけの誘導区域を眺め、自身に割り当てられている侵略区域とそう変わらないとララクはため息をついた。
「……」
そして、展開力を広げることもなく辺りをゆっくりと散歩する。
ドローンなどで監視されていることにも気づき、苛立つ心のままそれらを闇の光弾で無へと還していく。
「こんなごみ溜めみたいな街の女王になりたいわけじゃない。私が見た煌びやかな世界で……光溢れる場所で生きていきたいの」
鎧を首のチョーカー部分に全て集める研究は配下であるコクジョーと二人三脚で行ってきたものだった。
それにより、身体から発せられる展開力をほぼ皆無にして人間に極力近づける能力を最近身につけたばかりだったのだ。
故に計器もすり抜けて人間界を闊歩できたわけだが、その時の戦闘能力は皆無に等しい。
それでも飛彩が感じていた底知れない恐怖を、現在配備されている護利隊の隊員たちはひしひしと感じていた。
戦闘経験の浅い者たちですら感じる絶対的な壁。あの生物には勝てないという恐れを。
「な、なぁ。何で隠雅と弓月がいないんだ?」
誰も口に出すまいと考えていた二人の名前を震え上がった同期の一人が呟いてしまった。
言葉に出さずにいた不安と不満が一気に隊の中へ波及していく。
飛彩達が逃げ出したのなら自分たちも逃げてもいいじゃないかと全員の重心が後ろへと傾いていった。
「落ち着け。皆には遠くから援護射撃をしてほしい」
隊列の後ろから現れた熱太、エレナ、翔香の三人に目を奪われる。
色はそれぞれのヒーローカラーになっているが、護利隊の強化スーツを纏っているだけに過ぎない。
たまらず部隊長が声を上げて詰め寄っていく。
「な、何故展開を発動していないんです!? ただでさえ、あんな化け物から貴方達を守らなければならないのに!」
「相手が人の姿をしているから放映はありませんが……報告書で読みました! 受肉したヴィランの強さは想像を絶すると!」
それはつまり隠れながら戦わず、最高戦力で最善の作戦を行ったとしても勝てるわけがないと諦めに支配されたセリフに他ならない。
「だから援護射撃に徹してくれと言ってるんだ」
荘厳な態度の熱太はそれだけ言い残し、未だに散策を続けているララクのところへと歩いていく。
続くエレナや翔香も緊張した面持ちだが、覚悟は決まっているようだ。
「な、生身で!? 正気ですか!?」
「いつまでも守られてばかりのヒーローではいられまい」
そう言い残した熱太は腕に装着している大きめの腕時計についている側面のボタンを押した。
『キューカイチェンジ、スタンバイ!』
エレナや翔香もそれに続き、強化スーツの光の軌跡を色濃いものへと変化していく。
腕時計が時を刻むものから残り時間を示すデジタル表示へと切り替わる。
これは春嶺の持つ簡易展開の技術をメイがレスキューワールドように作り直したものだった。
通常より変身に時間がかかり、時計には残り七分という、ララクを相手に到底戦い抜けない時間が表示されている。
「うへぇ〜、こう見ると緊張しますね」
「大丈夫よ、秘策はある。冷静にいきましょう」
「飛彩が来るまでの時間稼ぎとは言わん。ここでやつを戦闘不能にさせるぞ!」
分かれたレスキューワールドにすらなっていない三人は振り返ったララクに視線を向けられただけで足を止めそうになってしまう。
(飛彩くん、本当にこんな子とデートしたの!?)
瞠目するエレナを予想に先陣を切ったのはメイのお手製特殊ブーツを装着した翔香である。
展開を使った変身前でも風を切り、一瞬でララクの背後をとった。
「先手必勝!」
有無を言わさぬ高速のかかと落としがララクの後頭部目掛けて放たれるものの、ララクは未だに熱太やエレナを睨みつけている。
誰しもが攻撃の炸裂を予想した瞬間、ララクは右手にあるはずのなかった黒いフリルのついた可愛らしい傘を取り出してそれを肩にかけるようにしてさした。
一瞬で花開いた鉄壁の黒傘に翔香のかかと落としは防がれ、甲高い金属音が辺りに響き渡る。
「あー、それとも展開を発揮したままだったからかな?」
雨が降ってきたから傘を差した。それだけで特筆すべきことはない、と言った様子のララクは翔香の蹴りを脅威だとも何とも感じていないらしい。
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