無論と言わんばかりに熱太ことレスキューレッドは強く地面を踏みしめ、炎のような勢いで爆ぜた。
「行くぞ! エレナ! 翔香!」
無言で威嚇するように展開を広げるヴィランズとレスキューワールドは偶然にも三対三。
それぞれの得物をドローンカメラに見せつけるように装備した後は、熱太を筆頭にヴィランの展開に自分たちの展開もぶつけていく。
「燃えるぜ! 勝利の炎!」
大怪我をしていたブランクを感じさせない熱太の斬撃はよりキレが増している。
飛彩というライバルを意識しているからか、訓練もいつも以上に身が入っていたのだろう。
それを裏付けるように今までの戦い方の中心であった連携攻撃はその勢いを潜めている。
怒涛の勢いで広がる炎のように戦い、三体のヴィランをまとめて相手どる熱太をエレナと翔香が援護するという今までにない戦い方になっていた。
「今日は俺の主人公回だ!」
その戦いの様子を遠巻きに眺める飛彩と蘭華。
ますます強くなっている熱太に対抗心を燃やしつつも強者の仲間入りを果たしたからか、飛彩はとてつもなく冷静だった。
「蘭華、狙撃銃借りるぞ」
「え? あ、うん」
淀みない射撃姿勢から放たれた弾丸はホリィの未来確定が如く、翔香の腹にめり込もうとしていたヴィランの左足を撃ちぬいた。
「——グゥッ!?」
戦場にも関わらずハッとした様子を見せた翔香は、慌てつつも敵の蹴りを足がかりに宙を駆け抜け、そのまま膝蹴りを顔面へ減り込ませる。
「ど、どうですかっ!」
鼻血のように黒い液体を噴出させるヴィランは逆上した様子で大きく拳を振りかぶる。
だが、背後に逆巻く炎を剣に纏わせた熱太が瞬間移動のように現れた。
拳を交えていた他のヴィランも一瞬でいなくなった熱太を探してしまうほどの完璧な歩法。
「独学でやってた剣道、ちゃんと習いはじめたなあの野郎……」
不敵に笑う飛彩をよそに、敵の背後から前に踏み出しながらの一閃。
さらに反転しながらの斬り上げが赤い軌跡を残して一人目のヴィランを爆散させる。
「まずは……一人!」
その攻撃で二人になってしまったヴィランは動きから精彩を欠き、熱太とエレナの連続攻撃で彫刻のようにと領域と鎧が削られていった。
「もう手出しの必要もねーな……」
もはや手助けする必要もない、そう思った飛彩は蘭華に狙撃銃を突き返す。
即座にもう一体が葬られ、空中に吹き飛ばされた最後の一体にも必殺技が叩き込まれた。
カメラの向こうのお茶の間は、最高の闘いぶりに歓喜していることだろう。住宅にほとんど損壊はなく、好感度もますますうなぎ登りだ。
「今日は嫉妬しなくていいの〜?」
ニヤニヤ笑う蘭華を尻目に、飛彩は決めポーズをとっている熱太たちを睨み続けていた。
昔の飛彩と何も変わらないスポットライトを浴びるヒーローを気に食わないのかと勝手に察していた。
「——そういう話じゃねぇ」
「え? どういう意味?」
「あんなんで大丈夫なのかよ、あいつは」
視線の先にいるのは熱太ではなく「翔香」。
蘭華は新たなライバルが? というふざけた思考に脳内が席巻されかけたが、すぐに今の戦いを反芻した。
レスキューイエロー、翔香だけがどうにもぎこちない動きで戦っていたことをすぐに思い出す。
それを感じ取っていた飛彩ゆえに、未来を見ていたかのようなタイミングで援護できたのか、と遅れて蘭華も理解した。
結果的に飛彩が女子を心配しているというふざけた思考に脳内は席巻されたが。
頭を抱えて唸っている蘭華をよそに、飛彩はレスキューワールドを見つめ続けていた。
戦いをやめたくなるほどの衝撃というものを、飛彩は最近味わっている。
それに似たものを翔香からも感じていたのかもしれない。
「——無理もねぇか」
全員ではないが、ギャブランが攻めてきた大規模侵攻で変身時間を守っている兵士がいることを数人のヒーローも理解してしまったのだ。
自分が戦えているのは多大な犠牲が成り立っていたから、その事実を受け止めきれない人物の方が多い。
それを知った上でどう戦うのか、どう考えるのかはもはや他人が口出し出来る領域じゃない、と少しだけ知り合いの少女へ飛彩は憐れみの視線を送る。
「よし、蘭華。帰還するぞ——」
その場にいた誰もが消滅を確認し勝利を享受していたが、それを身体が半分になっても動き出した一体のヴィランが打ち壊した。
「奪ワナケレバ……我々ガ……!」
鋭い爪牙に全ての展開力を注ぎ込んだヴィランが翔香めがけて、命を引き裂くために腕を伸ばす。
「——ぁ」
誰も間に合わない。カメラが撤退し、その映像は誰にも届くことはないがゆえに、あまりにも寂しい最後に——なるはずだった。
「安心してください」
何かが反響しながら近づいて来たと思えば、橙色の衝撃波が空に穴をあけるようにヴィランを撃ち抜き、四散させた。
腰を抜かした翔香へと熱太とエレナが駆け寄る。
飛彩はその波動の元を辿るも、射手を見つけることが出来ず、左右に首を振り回す勢いだった。
「世話が焼けます」
その声は、飛彩の隣から耳を凪いだ。
「!?」
長いコートに身を包み、襟で口元を隠す少女は紛れもなく美少女。
肩まで伸びている薄い桃色の髪が風で揺れ、一瞬だけ飛彩と目があうと、そのまま踵を返して立ち去って行った。
「あいつは……?」
「私が言おうとしてたもう一人のヒーローよ……」
呆気にとられていた蘭華は、やっと言葉をひり出す事が出来た。
「『跳弾響(ブラッド・バレット)』……天弾春嶺(てんだんはるみね)」
戦闘時に言いたかったヒーローの名前。それを聞いた飛彩も、桃色の髪をした仕事人の強さに息を呑んだ。
「——なんだ、あのヒーロー……?」
かつてはヒーロー博士と呼ばれていた飛彩ですら知らない人物。
テレビでの露出もほとんど見たことがないにも関わらず、分厚いヴィランズの装甲を粉々に粉砕した術が飛彩には検討もつかない。
「あ、おい!」
個人領域(パーソナルスペース)を解除した頃にはすでに、春嶺は姿を消していた。
一切乱れぬ展開の余波に、何故ジーニアスがナンバーワンヒーローなのかと思ってしまうほどの実力を感じる。
「——飛彩、撤退しろ。おい、聞いているのか?」
「あ、ああ。わかった……」
通信で入っていた黒斗の言葉に生返事を返した飛彩は、同じように帰還する熱太たちを尻目に飛彩と蘭華は影の中を歩くようにその場を後にした。
天弾春嶺(てんだんはるみね)、颯爽と現れただけのはずなのに、その強さはあまりにも鮮烈な印象をその場の者たちにもたらした。
勝利した時は決まってあたりを飛び撥ねる翔香も、心なしか肩を落としている。
「翔香ちゃん」
「は、はい……」
重い足取りを最後尾で眺めながら歩き始めた熱太は装甲の下で気難かしく瞳を閉じるのであった。
どんなヒーローたちでも普通の生活を送っている時がある。
昨日の激戦がまるで嘘だったかのように、平和な空気が通学路に流れ、柔らかな日差しが青春を後押ししてくれるかのようだった。
「で、あの春嶺ってヒーローのことはお前でも知らなかったと?」
「はい……お力添え出来ず申し訳ありません」
「おいおい、そんなかしこまった言葉遣いはやめてくれよ。寒気がするぜ」
「あ、うん……」
日差しが差し込む教室の隅、昼休みになった学校は大規模侵攻の影響で別の校舎に移っている。
死と隣り合わせの戦いに巻き込まれたはずの生徒達は、何事もなかったかのように元気に今を生きているのだ。
これもヒーローがもたらす心の安寧に違いない。
「……」
あっけらかんと話す飛彩と、照れながら見たこともない高級そうな紙パックのジュースを俯いて飲み続けるホリィ。
何とも言い難いほんわかした空気に一筋の雷鳴が走った。
「って、おかしいでしょぉ!」
机を挟んで話し込む飛彩とホリィの間に濡羽色の髪を逆立たせた蘭華が乱入する。
ブンブンと腕を振り回し、長い髪がベチベチと二人を襲った。
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