飛彩の自問自答の最中、ギャブランの足が振り上げられた。
ホリィたち三人は、まとめて蹴り潰される未来しか存在しなかった。
嫌だと思ってもホリィにはそのビジョンを発生させてしまいそうになり、歯を食い縛るだけで精一杯で。
弱い己への怒りで何とか意識を保つホリィたちの元に、赤と銀の光が軌跡を描いて乱入した。
「熱い想いで世界を救う! 灼熱の魂! レスキューレッド!」
「ここがお前の死に場所だ……惨刑場」
灼熱の光線と不可視の斬撃に襲われたギャブランは体勢を崩しつつも、両方の攻撃を逸らす。
「熱太さん、刑さん!?」
「よぉし! ここからが本番だ! 準備はいいな刑?」
「お互い病み上がりだ……慎重に行こう」
倒れている三人のヒーローは二人の到着に喜びを隠しきれなかった。
「もう……熱太くん、病院はどうしたの?」
レスキューブルーこと、鞭巻エレナのマスクの奥の目には涙が浮かんでいる。
隣にいる翔香も同様だった。
「すまんエレナ! 翔香! だがあとは任せてくれ! 刑! 三人を安全なところまで」
「力仕事は君の方が向いているだろう?」
「はっはー!」
そのまま熱太は飛び出し、ギャブランと互いの拳を掴みあう力比べに発展した。
「俺はこっちの力仕事の方が性に合っている!」
灼熱の炎が拳を通じてギャブランをも燃やす。しかし鎧は煤ける程度で何も起こらない。
「ハイドアウターに破れた者が私に勝てるとでも? 無理だと……私は裏に賭ける!」
賭けが始まっていたことに気づけなかった熱太は裏に輝くコインを見せつけられ、地面に叩きつけられる。
「ぐっ!?」
やはり急に発生する賭け精度が落ちると、ギャブランは楽しそうに笑う。
命の削りあいを心底求めていたかのようだった
「だが、まだまだぁー!」
地面から伸びる炎の柱が熱太の本気を物語っている。
腹部に穴を空けられる前より強くなっているのではないか、というほどだった。
その光景を尻目に、刑は不可視の板を作り上げて軽々とホリィたちを運んでいく。
「大丈夫かい」
「刑さんこそ、平気なんですか?」
痛みから小声になるホリィはずっと操られていたという過去を背負って戦うのはあまりにも酷だ、と心配の色を隠せない。
「ああ。僕が犯した罪を償うまではやめられないね」
悠々と歩く刑は少し離れた場所、つまるところ飛彩が倒れている近くにホリィたちを降ろした。
もちろん見えていての行動である。
「それに償う以上に、僕はヒーローとして君に追われる側じゃないといけないんだ」
誰に言ったのかも分からない言葉に困惑するホリィ達だが、一人だけ睨み返す人物がいた。
「面白ぇこと、言ってくれるじゃねーか……」
「うんうん、君はそうやって吠えている方が似合っているよ」
その瞬間、エレナと翔香が気を失ってそのまま展開が解ける。
変身解除した二人の手をホリィは何とか握ることが出来た。
「お二人とも……ありがとう、ございます」
「とにかく休んでいてくれ。必ず君の能力が必要になる。その時まで力を溜めておくんだ」
そう言って刑も駆け抜けていった。
残されたホリィは自分の弱さに再び歯噛みする。
結局ここでも自分は足を引っ張っていると、心が黒くなっていく。
絶望はヒーローの能力展開に一番悪影響を及ぼす。
事実ホリィの足元にはいびつになってしまった。
それを見た飛彩は、身体の痛みを忘れるほど心が痛んだ。
「なあ、蘭華」
「帰る決心ついた? それ以外のことなんて私、聞きたくないから」
乾いた笑いが宙を歩く。蘭華の思い通りの話をする気はないと告げているかのように。
「さっき、ヒーローが気にいらねぇ理由がわかったっつったろ?」
「うん」
「知り合いでも何でもねぇ。会ったこともない人間のために命張ってるからだ……何でそんなことが出来るんだよなぁ? わけわかんねーぜ」
身体から痛みが引くのと引き換えに、心の疼痛が頰に涙を伝せる。
「自分らは一切助けを求めねぇってのによぉ」
そして、ヒーローに救われた記憶を同時に飛彩は思い出す。
復讐心の後に芽生えた記憶だ。
自分を庇った人は何故最後まで戦い続けたのだろう、逃げることも出来たはずだ、生き長らえる方法はいくらでもあったはずだ、と。
「復讐なんて……言い訳だったんだよ」
声は震えず、身体は奮い立ち、飛彩は別人のように戦場を見据えていた。
蘭華はいつもの出撃する前の飛彩をそこに見る。
溢れる涙、崩れ落ちる少女を一瞥し、飛彩は歩き出す。蘭華は溢れる想いを言葉にのせた。
「飛彩……生きて、帰ってきて」
「ああ」
復讐は、自分の意志を貫けないという心の現れだと反省した。
弱かった気持ちで動かした身体は勝利できなかった。
ならば。
「今度は、本当の俺の出番だ」
飛彩が戦場へと歩き出すと同時に、刑と熱太はとっておきの武器を繰り出す。
「ブレイザーブレイバー!」
「天刑王(てんけいおう)!」
爆焔を纏う長剣。鎌は刑の身の丈を超える大きさだった。
熱太の武器はおもちゃ化されて子供達にも大人気に対し、刑の武器は今ここで初めて見せるもの。
「武器を出しても無駄だと思わんか? それらも賭けで潰すのみさ」
「賭けは宣言無しでは行えないのだろう?」
「ならば先手必勝!」
武器を構えて突撃する熱太の斬撃。
独学とはいえ、実戦で鍛え上げられた敵を倒すための剣技は、野生の獣を彷彿とさせる縦横無尽さを魅せた。
振り下ろし、横薙ぎ、刺突、その全てに灼熱の炎を纏い、鎧を焦がしていく。
「我が鎧を焦がすか!」
「ブレイザーブレイバーは俺の炎圧をあげる! その炎で斬れ味も格段に上昇している!」
実際、炎を纏った斬撃は避けても炎が遅れて着撃するだけでなく、刀身を揺らめきの中に隠してしまう。
脳筋な男の見せる偶然の頭脳プレーというわけだ。
「バカな自己紹介はやめておけ」
続いて飛び出した刑は空ごと地獄に送るかのような処断の鎌撃を多種多様な方向から繰り出していく。
まるで曲芸師のように巨大すぎる鎌を操っていた。
「貴様の攻撃は不可視の斬撃が持ち味。武器などを持ち出せば弱体化も同然だろう?」
現にギャブランの鎧には、激しい金属音を立てながらも擦り傷程度のダメージしかなかった。
「この鎌は刑罰の王だ。お前の未来は死しかあるまい」
その瞬間、ギャブランは受けた傷から刑の展開能力が滲み出た事に気付いた。
そこから不可視の鎖のようなものが地面へとつながり、まるで断頭台にかけられたかのように首を差し出す。
「僕の惨刑場は相手を殺す刃を作るだけの一発芸じゃないんだ」
その横に立った刑は処刑人のように鎌を高く振り上げた。
常に一撃必殺の惨刑場を不可避の一撃必殺へと変える武器だと理解する。
「そして、この武器は生放送には向かなくてね……勢いよく相手の首を落とすなんて、深夜帯でも出来ないだろう?」
ギロチンのようにギャブランの首めがけて鎌落ちた。世界に対する借りを返すべく。
「首斬刑(アントワネットリーパー)!」
その技に呼応し、熱太も長剣に全ての炎を注ぎ込んだ。
周りから炎が消えるが、離れていても熱を感じるほど長剣が赤く輝く。
円錐の炎を纏った刺突がギャブランの心臓めがけて飛んだ。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ! ブレイジングディザスター!」
「ふふっ……賭けとは、逆転があるから面白いのだ」
小声で行われていた賭けにより、ギャブランを結んでいた不可視の鎖が音を立てて切れる。
それに気づいた二人はさらに速度を上げて獲物へと力を込めた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!