【完結】変身時間のディフェンスフォース

〜ヒーローの変身途中が『隙だらけ』なので死ぬ気で護るしかないし、実は最強の俺が何故か裏方に!?〜
半袖高太郎
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勝利とは 〜狩人の宴〜

公開日時: 2020年9月26日(土) 00:02
文字数:4,013

「いいか? お前はこれからもっと強くなれる。だから生き急ぐな」


「……さい」


「飛彩」


「うるさい!」


最早、諭したところで飛彩を止めることは出来ない。


黒斗の語る真の意味を解することなく四肢に力を込め、一瞬で間合いをつめた飛彩の猛攻が始まる。


右ストレートで顔を狙うも黒斗は紙一重で拳を躱す。


避けられることを理解していた飛彩の狙いはダメージではなく視界を塞ぐこと。


だが黒斗もまた、避けながら飛彩の懐へと潜り込んだ。

そのまま掴んで投げ飛ばそうと外側から首元を狙って腕を伸ばす。


「そうくると思ってたよ!」


腕を大きく回してしまったことで顎を狙った飛彩の膝蹴りは黒斗にとって避けられぬ宿命へと変更される。


飛彩も黒斗も寸止めなど思考にはなく相手を戦闘不能に陥れることしか考えていない。


だからこそあえて黒斗は階段を上るように飛彩の右膝の上へと左足を伸ばして後方へと跳んで距離を作る。


「俺もそうくると思っていたよ」


「クソが……!」


白い闘技場の中央へ再び走る二人。


互いの拳を払い、腕と腕がぶつかり合う鈍い音だけがこだました。


決定打となるような勢いの攻撃を機敏に察知する二人は威力が乗り切る前に完璧に封じていく。


その戦いの中、飛彩は意識を研ぎ澄ました。


黒斗の言うように今のままでは勝てない相手が存在する。


飛彩のやりたいようやらせるという風に油断させたのもこの場に導くためだとも理解できた。


こんな説教染みた方法で諭されるとは思っていなかったようだが。


「けっ、俺の扱い方がよく分かってるみてぇで腹立つなぁ!」


「伊達や酔狂で司令官をやっているわけじゃない!」


膝蹴りは肘で封じられ、力を込めた連打も払われて軌道を逸らされていく。


過去も今も侮れる相手ではないと覚悟を改めた飛彩は、拳撃の応酬を取りやめ一気に間合いをとった。


「……ちっ、説教するためにこんな辺鄙な場所まで連れてきたのか?」


「言葉で届かぬなら、実力行使も仕方ないだろう」


「——確かにお前の言うように、ここで勝てなきゃ連中の親玉を殺すなんて夢のまた夢だな」


深く息を吸った飛彩は全身の神経を研ぎ澄まし、どうすれば黒斗を戦闘不能に陥れるのかを冷静に分析した。


正攻法も不意打ちも通用しない。


おそらく土壇場での成長も黒斗ならば看破出来る。


力以外の何かを手に入れる必要があると飛彩は冷静に思考を巡らせた。


「いつまで呆ける気だ?」


「仕方ねぇ……お勉強は終わりにするか」


部屋の出口は二つ。


飛彩たちが入ってきた出入り口と、現状黒斗が立ち塞がっている方向にある区域内に続く扉。


冷静に自分を分析した飛彩は相手を完全に組み伏せることが勝利だと常に考えてしまう節があると結論づけた。


勝利条件は常に相手の命というわけではない。


「俺は俺の目的を果たす」


「——やってみろ」


予想を超えると考えた矢先、黒斗がかけていた眼鏡を飛彩へと投げつけた。


「っ!?」


視線がそこに誘導され、過敏になっていた神経が防御行動をとってしまう。


それが罠だと気づいた頃には黒斗の掌底が腹部にめり込んでいた。


「がはっ!?」


痛みに喘ぎ、二、三歩後退る中で黒斗も勝負を決めようと飛び上がりソバットキックを飛彩の頭目掛けて放っていた。


「これで頭を冷やせ!」


揺れる視界の中、飛彩はここ一番の集中力を発揮する。


黒斗を倒す必要はない上に、生身の黒斗は侵略区域まで追うことは出来ない。


足に力を漲らせた飛彩はそのまま高く跳び上がり、黒斗の長い足から身体を駆け上っていく。


「ぐうっ!?」


そのまま肩にかけた右足が強く蹴り抜かれ、黒斗は地面に叩きつけられた。


対する飛彩は加速した状態で侵略区域に続く通路へ一気に走り抜けていく。


「くっ……待て、飛彩!」


「武装の入ったコンテナは頼むぜ黒斗!」


二人の足の速さはほぼ同じ。

加速した状態の飛彩と地面に伏した状態から駆け出した黒斗では大きな差があり、その距離が縮まることはない。


白い壁に目立つように取り付けられていたレバーを下ろすとけたたましい警戒音が響き、白い壁から暗黒に続くような亀裂が現れ始めた。そこから吹き抜けて来る風は瘴気を帯びているかのように黒い。


「それ以上、近づかない方がいいんじゃねぇか」


ヒーローとヴィランが展開力をぶつけ合っているならまだしも、ここは異世と同等の場所だ。


強化スーツに身を包んでいない黒斗が接近すれば何が起こるかわからない。


「飛彩! 考え直せ! 死ぬ気なのか!」


「そっくりそのまま返すぜ。早く離れとけ」


ここで黒斗は自分の愚行を悔やむ。


昔のように制することが出来るという傲りがあったわけではないが、ここでなら止められるかもしれないという願望があったのは事実だ。


「ありがとな。勝ち負けの基準は一つじゃない。いいことを覚えられたぜ」


そう言い残し、閉じていく巨大隔壁の中に消えていく飛彩。


それを見る事しかできない黒斗は踵を返し、武装を送るためにその場から司令室へと走っていく。


こうなってしまえば、飛彩が死なないように尽力するしかないからだ。


「——馬鹿が。俺が教えたかったのは、そんなことではない……」


ひび割れた眼鏡を拾い上げ、そこに入っている亀裂が飛彩と袂を分かったかのように感じられてしまい、黒斗は大事なものを失くしたかのように暗く俯くのであった。




「おかげでいい準備運動になったな」


巨大な通路かと思っていた飛彩だが、白い光が床を駆け巡りつつ起動音を鳴らしながら上に動き始めた時に巨大なエレベーターだと察した。


このルートで侵略区域に入った存在はいないのか、資材や武装が搬入された形跡はひとつも見当たらない。


「ちっ、黒斗のやつ、マジ蹴りしやがって……」


頬をさすった後、腰に携えた小太刀二刀とハンドガン二丁を軽く点検する。


心許ない装備だが、今の飛彩は出し惜しみをするつもりなどないようだ。

冷静に裂け目までの最短ルートを考え、余計な戦闘を行わず敵の首級だけを屠る作戦である。


自分より上位のランクのヴィランが倒されたとあれば、下手な手出しは出来なくなると次々にヴィラン達が投降するという目論見だ。


「この場所が連中にとって重要じゃねーならガン無視で異世に直行だな」


作業エレベーターは上だけでなく何度か横にスライドする動きを見せていた。


地上に上がる際にヴィランがいない場所を自動で選択してくれているのだろう。


「黒斗が止めなかったみてぇで何よりだ」


「——そこで止めてもお前はもう行くだろう?」


「うおっ!? ここスピーカーあんのかよ」


もはや飛彩を止められないと悟った黒斗は一番生き残る確率が高い場所へ出るように仕向けていた。

ここで飛彩が動けないようにエレベーターを封鎖しても、自力で上に行って目立つ登場をしてしまうと完全に読み切っている。


「飛彩、中の状況は完璧に把握できているわけではない。監視ドローンやカメラは設置しても何割か壊されてしまっているんでな」


「ここにきてまだ諭すつもりか?」


「ああ。危険と判断したらすぐに戻ってこい」


「はっ、常人のまともな判断出来るならこんなところに来るわけねーだろ」


 その一言は黒斗をむしろ安心させた。

飛彩は自暴自棄になっているわけではないと推察できるからだ。


だが、いくら力を手に入れたからとはいえ、全てのヴィランを根絶できると本気で思っているのならもはやそれは自暴自棄に等しい無謀と言えるが。


「いいか飛彩。まずは周りの状況を……」


「お、ハッチが開くみてぇだ。持ってきた武器コンテナの輸送頼むぜ?」


わずかに開いた隙間から差す黒い光に誘われるように飛彩の両足が空中目掛けて爆ぜた。


「もう扉は閉めちまって構わねぇぞ」


煙が立ち込めるような区域内の瘴気を切り裂いていく。

開けた空間を作り上げた飛彩は、そのまま颯爽と地面へと着地する。


そこは見渡す限りの黒。


夜の闇という甘いものではなくまさに黒そのものだった。

まるで自分が浮いているかのような錯覚を覚えてしまう飛彩は、意を決し左腕の能力を解放する。


「いくぞ……封印されし左腕オリジンズ・ドミネーション!」


黒より黒い飛彩の左腕が当たりの瘴気を吸い尽くし、闇の帳を打ち壊していく。

少しずつ視認性を上げていく大地が飛彩の目にも届き始めた。


「こりゃぁ……?」


異世化した大地は瘴気を奪われてもなお黒く命の脈動を感じられない。


黒斗が作動させた区域内を照らすライトが深海に差す光のようにか細く辺りを照らし始めた。


「さぁ、始まるぞハンティングパーティー!!」


低い歓声に包まれる飛彩はドーム状に作られている隔離区域の内側に客席や豪華な装飾が目立つリゾート地を目の当たりにする。


「今回のチャレンジャーは……なんと一人だけぇぇぇぇ!?」


「なんだこりゃあ……」


ただ荒れ地が広がり、この隔離区域の内側から侵略をしようと奮闘するヴィランがいると思っていただけに飛彩は目を泳がせる。


漆黒の黒曜石のような煌めきを持つ建造物たちは角度によってその彩を変えた。


ただの黒でありながら多様な色を覗かせるそれらに目を度肝を抜かれるのも仕方ないことなのだろう。


「さあ、いくら賭ける! あの人間が何ウェーブ目で死ぬのか!」


「内部調査班が帰ってこない理由はこれか……ちっ、通信が効かねぇ。こりゃあもう一回調査しようってやつが出てくるわけだ」


ドームの外壁からの大人しく爆撃だけをしていれば無駄に傷つくこともなかったのに、と飛彩は死んでいった隊員やヒーローを哀れんだ。


「ま、ギャブランみてぇな胴元がいるならやりやすい……目立ちたくなかったが強行突破で行くか」


「チャレンジャーの人間、足がすくんで動けないようですが……」


実況しているシュヴァリエタイプの人型ヴィランが裏方に合図を送るとドームの天蓋付近に黒炎が浮かび上がり、そのまま巨大モニターのように飛彩の姿が映し出された。


科学技術というよりは何者かの能力であることは間違いない。


飛彩はどこからとも分からない視線に纏わり付かれている気分になっている。


「……まあ、作戦通りに行くなら誰も死なねぇよな。乗ってやるよ」

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