(これ以上の問答は無意味……しかし、お嬢様に私の技術を教えても無意味に等しい。大勢が死ぬ戦いになるでしょうから、ね)
「スティージェン、聞いているのですか!」
「……であれば少しでも可能性がある方に、賭けましょうか」
呆れと嘲笑だが、無表情だったスティージェンの口元にわずかな感情が宿った。
内ポケットから取り出した端末に護衛変更の旨を打ち込んでいく。
「いいでしょう、どれだけ時間が残されているかは分かりませんがお嬢様が始祖のヴィランとやらを葬ればセンテイア財閥の利益に繋がる」
「スティージェン……!」
損得勘定があったとはいえ、ここでホリィの可能性に賭けるなど普通のスティージェンならば絶対に選ばない選択肢だ。
しかし、それでも意味があるのかわからない指導をするのはそれだけホリィの本気さが伝わったのかもしれない。
「勘違いしないでください。先行投資とはいえ赤字なんですから。貴方にはこの世界を救って財閥に貢献する義務がある。だから手伝う、それだけです」
珍しく饒舌になった執事にホリィは笑みを溢しそうになった。
飛彩が助けてくれた時から態度が変わったように感じられていたのは間違いじゃないと思った刹那。
閉じられているトレーニングルームに甲高い乾いた音が鳴り響く。
「うあっ!?」
「私の指導は容赦ないですよ?」
地面が縮んだのかと思えるほど一瞬で距離を詰めてきたスティージェンの平手打ちにホリィは簡単に吹き飛ばされた。整った顔は頬を痛みを宿す赤に色を変える。
簡単に地面へと抱擁させられたホリィはわずかだが痛みに蹲った。
「油断は禁物です。まずはその相手の動きを見てから考える癖……いや、試合開始のゴングがなってからじゃないと動けない護られる側の心構えを治しましょうか?」
指導とはいえ本気の眼光を見せるスティージェンにホリィは痛む頬を無視して睨み付けるように立ち上がる。
ヒーロー本部の制服に身を包んでいるホリィは汚れを落とすこともせずに見様見真似の構えを披露した。
「お願いします……!」
「痛みに泣き喚いたら無視して帰ろうと思いましたよ」
飛彩に向けていた時と同じ殺意すらある威圧感。
そこまで本気で向き合ってくれることにホリィは感謝を浮かべつつ、拳を強く握り締める。
「それでは始めましょう。無駄だと判断した場合は両手足を折って大人しくしてもらいます」
想い人を守れるか、そもそもその土俵に立てるか否かの選定が始まる。
人類はいつ始まるのか分からない大侵攻に備えて、なけなしの牙を磨く。
事実、統率とまではいかなくとも全てのヴィランがフェイウォンの闇の城付近へ集結していた。
何故灰汁の強い連中が大人しく侵攻せずに待っているのか、何故崇めるように黒い空を見上げているのか。
「まだ手品があるのか?」
「当然でしょ」
それは最強のヴィランが一、二を争っているからに他ならない。
自分たちの頭になる存在がどちらなのか、普通ならば誰にも従うはずのないヴィラン達が力でねじ伏せられてではなく心よりの崇拝の向けていた。
そんな戦いはかれこれ半日以上続いている。
「創誕、雨岩音」
降り注ぐ隕石がフェイウォンに直撃する寸前に手で払うだけで、巨大な塊だったそれは砂粒の雨となって下にいるヴィラン達に降り注いだ。
そこに込められていたメイの展開力も多大で、最下級のヴィラン達は穴だらけになっていく。
「おい、侵攻用の兵を殺すな」
「有象無象なんて居なくても同じよ。それに私が負けたらアンタの兵になっちゃうんだし!」
「お転婆がすぎる」
宙を駆け抜けるフェイウォンは自身の鎧を覆うローブをはためかせて一瞬でメイへと詰め寄る。
長髪もローブも戦いにおいては本人より遅れて動く掴みやすい隙でしかない。
「創誕、断首刑」
刑からインスピレーションを受けた技、それは降り注ぐギロチンの雨。巨大な刃が上下左右からフェイウォンを包むように迫っていく。
「そもそもお転婆とか、そんな歳じゃないんだけど?」
防御するでもなくフェイウォンはその刃を身体の余すところなく受け入れていった。
ローブ越しに鎧へと振り下ろされた刃たちの方が早く崩壊していく。
「鈍を差し向けてどうなる?」
「もう固いとかそういう次元じゃないでしょ、それ」
「では、そろそろ仕置きの時間といこう」
技を受けてから動くフェイウォンは誰が見ても隙だらけと言えよう。しかしメイは攻撃を着撃させているにもかかわらず、かすり傷すら付けられていない。
「お仕置き? 守ってばかりで何を││」
刹那、メイの頭部を守っていた鎧が半壊して視界がひらけていく。
(避け、れた!? あと少し反応が遅れてたら首が飛んでた! 今の能力は一体……)
「少し遅かったか」
「!?」
そして、目に飛び込んでくるのは腕を振り上げただけのフェイウォンだった。
そこには何の展開力も感じない故に、純粋な膂力を用いた一撃だと窺える。
「規格外にも程があるでしょ……」
「得意の想像で創り出せば良かろう。私に勝利できる己をな?」
その嘲りが耳に届くよりも早く、フェイウォンの蹴りがメイの腹部へと叩き込まれる。
「ぐっ……がはぁ!?」
一瞬で崩壊したメイの鎧は、白衣と緑色のオーロラのような美しい髪を悪の世界へと晒してしまう。
流星のように落ちていく中、失いかけそうになった意識を懸命に引き戻した。
空中で反転し、展開力で足場を作ったメイがフェイウォンを睨もうとするとすでに眼前へと躍り出ている。
「最初から見えていた結果だったが、制約まで結べて僥倖だ」
一気に冴え渡る意識は恐怖によって必要以上に研ぎ澄まされた。
そのせいで身体をめぐる血のようなものが沸騰しそうになる程に熱くなっていく。
「素直に従わせるよりよほどいい。裏切りも何もない……まあ、ヴィラン全員が裏切ったところで勝つのは私だがな」
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