わざと劣勢を演じたのもカウンターで確実に飛彩の息の根を止めるために他ならない。
それを辛くも防いだ飛彩だが、二度目はないはずだ。
「くっ……蘭華ちゃん、ホリィちゃんと天弾くんを頼む!」
「え、えぇ……?」
未だに恐怖による動揺が解けない蘭華に戦闘不能に陥っている二人を任せ、震える足で刑もコクジョーの元へと突撃する。
展開から取り出した二対の双剣と共に繰り出される竜巻のような回転乱撃は確率操作や他の能力を併発できる隙も与えない。
「ほう、そんな貧弱な力でそこまでやりますか」
「戦いは展開力では決まらない!」
「そうですか……残念です」
切り刻む嵐を両手で捌くコクジョーは掌から濃縮された展開力を放ち、刑の視界を恐怖の暗黒に染め上げる。
「うっ……」
震えすぎて視界も定まらない刑は全身に白い手が這いずるような幻覚に陥り、発狂したように頭を掻きむしりながら崩れ落ちる。
「うわぁ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「刑!」
「なぁに、今度はあなたの番ですよ」
背後をとられていた飛彩が振り返ると共に視界は暗黒で包まれる。
刑以上の至近距離から更なる恐怖の展開を浴びた飛彩は過去のトラウマや痛みに一斉に襲い掛かられる錯覚に苛まされる。
「——や」
目まぐるしく脳裏を駆け巡る辛い記憶や恐怖の幻想は凄まじい勢いで流れていくものの永遠を感じさせるほどの恐れを飛彩や刑に植えつけていく。
「や、やめろぉぉぉぉぉぉぉ! 来るな! 来るんじゃねぇ!」
異世を映しているはずの眼は様々な幻覚に取り憑かれ、少しも正しい景色を飛彩の脳へと伝えようとはしなかった。
「もう息の根を止めたも同然……そのうち発狂して喉でも掻き毟るでしょう。さて、ララク……あなたの息の根は私が直々に止めます」
「あら……そうなの」
力の大半を奪われ、残ったのは首輪のように残ったチョーカーにあるわずかな鎧の展開力だけだ。
ただの鎧の塊が肉体を手に入れて命を手に入れた先は、更なる強欲なる願い。
リージェやコクジョーは異世の王を願い、ララクは享楽の世界を望む。
夢半ばにして力尽きるか、と作りあげられたクレーターの曲面に背中を預けたままララクは薄く笑った。
共に願いを叶えようと意気込んで鎧の研究に打ち込んできた部下の裏切りに驚きを通り越して何も感じられないらしい。
「いつもみたいに私を振り回してくださいよ。まぁ、もう笑う気力もないでしょうがねぇ」
願いを叶えるために天真爛漫かつ傍若無人なララクにコクジョーは付き従ってきた。
そして、入れ替わった主従に満足しながら恐怖の展開力を凝縮した光弾を作り上げていく。
黒さがありつつも薄い紫とも桃色ともつかぬ色をしたそれは、毒々しさも見るものに伝えてくる。
「——最後に一つ訊いても良いですか?」
「良いわ。今まで働いてくれた褒美よ」
息が荒いものの優美な態度を崩さないララクにコクジョーは苛立ちつつも、刑にやられたフリをしながら息を潜めて戦いを眺めている中で気にかかったことを問う。
「何故、恐怖の力を使わなかったのです? まあ、おかげでヒーローたちが貴方を弱らせてくれたので私としては好都合だったのですが、不可解でしてね。この力があればあいつらなど一瞬で葬れたでしょうに」
「あははっ、そんなの簡単よ」
感情が昂り、黒くなっていた瞳は白く戻り、年相応の少女らしい笑顔を浮かべる。
それは遠くで恐怖に縛られたいた飛彩にもよく見えた。
「——ララク?」
最後の言葉を聞き届けた瞬間に恐怖の海で溺れさせよう、とコクジョーは今か今かとその時を待っていた。
膨れ上がっていく光弾は、もはや恐怖と共にララクの何もかもを消滅させてしまうだろう。
そんな中、少しずつ恐怖が薄れてクレーターの底で繰り広げられている景色を飛彩は理解し始めた。
篝火に吸い寄せられる虫のように辿々しい歩みを見せる。
「私が能力を使わなかったのは……」
そして、未だにノイズや幻影が走る五感でも、そのララクの言葉だけは世界が透明になり二人だけしかいない空間で聞かされたように飛彩に響き渡る。
「色々あったけど……友達を怖がらせるわけにはいかないでしょ」
その言葉を発するのにララクは迷わなかった。
飛彩と対峙している時は迷いを見せていたものの、それは相手の態度に合わせたものだったのかもしれない。
価値観の相違はあれども、ララクは未だに飛彩との絆を信じている。
「はっ! 能力を使わずに全て返り討ちにしてですか? あれだけ痛めつけておいて怖がらせたくない? やはり貴方は狂っている! どの口がそんなことを言えると?」
「そんなこと言われたってわからないんだもの。どうすればヴィランと人間が仲直り出来るかなんて誰もわからない。だから不安で暴れちゃったわ」
素直な心根を聞いた時、飛彩から恐怖は消え去り後悔が押し寄せる。
拳で語る前にもっと言葉で語り合えたかもしれない、と。諦めた己に腹が立って仕方ないようだ。
「ララク……ララク!」
「多分私、飛彩ちゃんのことが好きだったのよ。だから、拒絶されて暴れた。仲直りしたいけどうまく言葉が紡げないんだわ。で、どんどん状況が悪くなって……」
「もうよいです。そこまで聞き入るほど興味はないので。さ、終わりにしましょう」
辺り数十メートルを灰塵に変えるほどのエネルギー弾の制御を解除し、ララクへと軽く指差すだけで何もかもを絶滅させる隕石が如く大地へと迫り始めた。
「死ねぇ! テラー・エクスティンクション!」
その攻撃は威力もさることながら見る者全ての心を折るものになっている。
事実、かろうじて意識のある蘭華や刑は避ける選択肢を捨て、例え滅びたとしても目を逸らす方が良いと感じてしまうほどだ。
「可愛くない、終わり方ね……」
ゆっくりと瞳を閉じるララクだが、いつまで経っても終わりがこない。
あまりにも巨大な攻撃になったあまり、速度が犠牲になったのかと相手の攻撃を心配してしまうほどの長さにララクはまぶたを持ち上げた。
「くっ、こんなもん全部奪ってやる!」
「飛彩、ちゃん?」
左拳を光弾に突き刺し、拮抗した様子の飛彩は歯を食いしばって恐怖に立ち向かっている。
盾になるように攻撃に身を挺している飛彩が信じられないのかララクは地表に預けていた上半身を持ち上げて飛彩へと這いずっていく。
「な、何やってるの? このままじゃ死んじゃうよ?」
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