戦いに赴く背中へ、そう想いを告げる。
勝つのは当たり前と信じ切っているホリィ達の意思を抱き、飛彩は小太刀を強く握り締める。
「時間はかけねぇ」
「三対一ってこと忘れんじゃねぇ!」
武装解除した誠道の部下は、素早い機動力で飛彩へと詰め寄る。
かつてヒーローだったものということもあり、戦闘センスはそれなりに高い。
「おいおい、リハビリにもならねーよ」
かたや飛彩は能力を失ったとしても百戦錬磨の経験がある。
始祖のヴィランを打ち倒した戦い方は健在で、飛びかかってきた二人のニセヴィランの関節部分をすれ違いざまに穿ち抜く。
「ぎゃあ!」
「うぐあっ!?」
ニセヴィランたちの勢いは簡単に消え、地面へと成す術もなく倒れ込むだけだ。
同時に宙を待っていた飛彩が着地し、鎧達とは打って変わって無音の足音を披露する。
「何が起きた、の?」
カメラが映した映像、目の当たりにした一般市民、それらの感想が関の山だった。
「は、速すぎる……!」
倒れ臥す鎧を纏う者たちですら痛みよりも目にも止まらぬ美技の感想が漏れる。
「病み上がりとか嘘でしょ」
「ずっと鍛錬してたとしか思えんな……」
常に最前線で共に戦ってきたホリィや蘭華、熱太達だけが刹那の閃斬を追いかけることが出来た。
世界展開を持っていた頃からは劣るものの、護利隊の前線でヴィランと斬り結んでいたことと何も変わらない。
むしろ休息していたことで技に磨きがかかったようにも思える。
「き、貴様、重傷を追っていたはずでは……!」
向かい合う二人は一定の間合いを保ちつつ、円を描くようにして互いの隙を狙っている。
一瞬にして戦闘不能になった配下二人を尻目に誠道はたじろぎながらも吠えた。
「力の反動だったんだろ。まぁ、皆の声が聞こえなかったらもう少し寝てたかもな?」
「飛彩くん、届いてたんだね……」
想いは展開域になり、願った世界を現実のものとする。
そんなあり得ない力を、人は奇跡として引き寄せられるのかもしれない。
「どうやら展開力の残滓みてぇなもんが最後に俺の身体を一気に治したみたいだな。それも、皆の声が聞こえなかったら明確に発動しなかったと思うね」
もはや敵なしということなのか、飛彩は完治した身体を確かめるようにストレッチした。
回復に向かう意思はあったのだろうが、ホリィ達の願いが届いたことでより明確な方向性と回復速度を持てたのだろう。
「貴様が、貴様がいなければ私がエリート街道から転がることも……!」
「無能を俺のせいにすんなよ。お前なんて黒斗に比べりゃアリ以下だ」
「うるさい! その力なければ安全と恐怖のバランスを我々が支配できたのだ! 何が平和だ! そんなものは金の前には無意味だと言うのに!」
救いようのない発言の連続に飛彩は大きくため息をついた。
ヒーロー本部の上層には同じような悪に落ちかけているものがたくさんいるのだろう。
飛彩はフェイウォンの悪は消えないという言葉を思い出し、少しだけ残念な気持ちになった。
「はぁ……テメェみてぇなのがいるから平和ってのは遠くなるんだろうな」
すり足からの一瞬の跳躍は距離など存在しなかったような錯覚を誠道に与える。
一瞬で背後に回られたものの、飛彩への憎しみが身体を突き動かした。
「今更、亡霊が何しにきたぁ!」
振り抜かれた豪腕を見切っていた飛彩は上半身を逸らし、紙一重でそれを回避する。
「表舞台はもう興味ねぇのによぉ……」
すぐさま肘に小太刀を突き刺して自由を奪い取り、蹴り上げで誠道を吹き飛ばす。
「ぐがっ」
「いいか? 俺はヒーローを守りに来たんだ。こいつらの栄光を、テメェらなんかに汚させてたまるか」
当たり前のように語る飛彩はもう片方の肘にも小太刀を突き刺し、両腕の自由を完全に奪い取る。
「くそっ、このヴィランアーマーが、なまくらになどに……!」
圧倒的な実力の差に人々もヒーローを守るヒーローの存在に息を飲んだ。
その強さと、高尚な正義の心に。
「降参しな。ガリ勉に現場は向いてねぇぜ?」
「そ、それはどうかな? 貴様には、もう武器も何もないだろう!」
閑職に追いやった存在をどうしても許せない誠道は、威力を誇示するように両脚で地面を何度も踏みつける。
「一撃でも当てれば貴様は今度こそミンチだぁ!」
「いいぜ、やってみな」
あえて眼前に突っ込んだ飛彩に対し、自動でカウンターが発生するのか左足を軸にした蹴りが幾度となく飛彩を襲う。
これほどの高速戦闘になってしまえば、春嶺でも援護は不可能だ。
実際、飛彩は全ての蹴りを紙一重で回避している。
「くっ……」
その光景を見ていた熱太は仮面の奥で歯噛みした。
「悔しいが奴の言うとおり、今の飛彩には決め手がないぞ」
「隠雅が何の作戦もなく飛び出すはずがないと思います!」
戦いから目を逸らさない翔香は、飛彩の勝利を信じて疑わない。
祈りが飛彩を復活させたと確信している一人だからこそ、何が起ころうと勝利を信じ続けるのだ。
「ま、走駆の言う通りだな」
「まさか、まだ武器を!?」
驚くのは誠道だけでなく、熱太達もだ。
小太刀以外の近接武器を会得する暇もないはずだと、飛彩の一挙一同に目を見張る。
「飛彩には最高の武器があるもの」
人混みをかき分けた蘭華が瞳に収めた飛彩は、口角を上げて勝利を確信しているようだった。
動揺が誠道の脚撃に緩みを作り出す。
それを待っていたと言わんばかりの飛彩が、攻撃に合わせて一気に懐へ潜り込む。
「しまっ……!?」
蹴りを背中に掠めながら、突き進む飛彩はその勢いを全て攻撃に注いでいった。
「とっておきだぁぁぁ!」
振り抜いた右拳が頭部の鎧へ炸裂する。
鈍い音が飛彩の骨が折れたことを告げるも、その衝撃は鎧の中にある誠道の脳を揺らす。
「ぐ、がぁ……?」
数歩後退しながら誠道は空へと手を伸ばした。
「俺だって、こいつらだって、お前みたいに強くなりたかった、さ……」
どこで自分は道を踏み外したのか、と悪に手を染めたことを悔やみながら意識を手放していく。
身体能力の高低差が強さに直結するわけではない。
だからこそ誰もが悪の囁きに耳を貸してしまう。
ただ、それでも飛彩は厳しく誠道の意識を刈り取った。
「平和を食い物にしてた罰を受けるんだな」
そのまま地面に倒れ込んだ鎧の戦士は指先一つも動かせないようで。
駆けつけたヒーローを守る存在に大歓声が上がるのは、自明の理と言えよう。
「「「「「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」」」」」
駆けつけたアーマーに身を包む戦士の功績は人々の命を救っただけではない。
新たなヒーローの登場に世界はさらなる熱狂に包まれていった。
「最高だー! あの新ヒーロー!」
「きっとあの人がヴィランを全滅させたんだー!」
ホリィや名だたるヒーロー達が戦えなかっただけに、飛彩の強さは鮮烈に映っただろう。
向けられ慣れていない歓声に飛彩はバイザーの奥の瞳を鬱陶しそうに細めた。
「おーし、マイクはまだ動いてるな」
戦いの熱狂が覚めやらぬ中、かろうじて形を留めているステージに上がってマイクを奪い取る。
「え、飛彩くん? 何のお話を……」
「大丈夫大丈夫、変なことは言わねーよ。おい、そこの報道カメラ! ちゃんと映してるか?」
空中から撮影していたヘリコプターがマイクを突きつける飛彩をズームする。
中継を見ているカエザールや黒斗が飛彩の復活や偽ヴィランの登場よりも驚きを隠せずにいた。
音声や映像はホリィの演説を届けるために、放送を止められないようにメイが細工している。
それが吉と出たのか凶と出たのかは不明だが、飛彩の声はドームだけでなく画面の向こうにも届いている。
もともと権力闘争や機密保持などには全く興味のない飛彩が、何を言い出すのかに本部はとにかく焦りを募らせた。
「だ、誰か止めに向かわせろ!」
カエザールなどの上層部が避難したドームの地下。
そこは偽ヴィランが登場した以上に慌てている。
本部職員の一人が声を荒らげるも、それを止めたのは意外にもカエザールだった。
「いや、そのままにしておけ」
どんな蛮行だろうと、カエザールが是とした場合に止めるものはいない。
元の式典が出来ないとしても、事態を鎮圧するために裏方が動き出す。
慌ただしくシェルターを出ていくものがいる中、側仕えのスティージェンがカエザールに耳打ちする。
「よろしいのですか? 今の彼の言葉はヒーロー本部の今後を左右するものになると思いますが」
「表立った報酬は渡せんのだ。一言くらい世界に放つのは奴の権利だろう」
「しかし」
「なに。ねじ曲げることも私ならば容易いわ」
偽ヴィランごと飛彩の仕込みということにして、責任を押し付けることも出来るのだと非道な思惑を脳内に描く。
画面越しの飛彩がなにを話すのか、権力者から市民まで全ての注目が集まっていく。
「あー、こういう場は慣れてねぇから手短にいくぜ」
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