「飛彩ちゃんに救われたんだもん! 私だって守りたい!」
男女の超次元的な喧嘩は道ゆく車の視線を奪い、何度も事故を起こしかけさせた。
歩行者が自分たち以外いないことに安堵しながら蘭華はテーザー銃を向ける。
「やめて! それ以上はあばれすぎよ!」
ただそれで聞く耳を持つような面子だったら、黒斗を始めとする上官たちに気苦労は存在しない。
ビルの壁を使った三次元的な動きで互いを翻弄して空中で拳や蹴りを交差させる。
「ララク! いい加減に……」
いよいよ気絶でもさせなければ街への被害に繋がるということでヴィランに向ける時と同じ力を込めて腹部目掛けて渾身の力で振り抜く。
「待ってたよ!」
突き出された拳を紙一重で避けたララクはそのまま飛彩の懐に潜り込み抱きついた。
胸が飛彩の腹部で形を変え、流石に動揺が走る。
「うぉっ!?」
「やぁぁ!」
放たれていた拳の勢いをそのままに、ララクはバックドロップの要領で後ろへと跳ねた。
飛彩の攻撃とララクの跳躍が合わさり二人の体は簡単に宙を舞い、飛彩を下敷きにする形で地面に着地する。
「ぐあっ!?」
「ちょっと! 二人ともやりすぎよ!」
寝転んだままの飛彩にのしかかるように抱きついているララクが一泡吹かせたが、はたから見れば押し倒したようにしか見えない。
羨ましい、もといけしからんと蘭華が引き剥がそうとするがララクは動こうとしなかった。
「ララクだけ待ってるわけにはいかないの! ララクが頑張らないと、飛彩ちゃん達が悪い人みたいに言われちゃうんだもん!」
「ララク……」
ヴィランを手中に収めた功績と同じくらい、ヴィランと仲良く出来ている飛彩達は冷めた目で見られていた。
ゆえにララクはこの作戦に参加して、自身が完全に人側についたことを示したいらしい。
「これ以上、ララクを守るために傷つく皆んなは見たくない! 自分のことは自分で何とかするから!」
胸に顔を埋めて涙を見せるララクの本音に飛彩は優しく頭に手を置いた。そのままゆっくりと身体を起こしてララクを隣に退かせる。
「わかった」
「飛彩ちゃん、じゃあ……!」
「三人目の仲間はお前だ。黒斗も許してくれるだろ」
「ありがとーっ!」
再び飛びついて押し倒そうとするララクを今度は蘭華がすんでのところで羽交い締めにして取り押さえる。
「それ以上のイチャつきは禁止ね……!」
「蘭華も混ざればいいんだわ!」
「こんな道のど真ん中で盛れるか!」
「あうっ!」
少女達のやりとりを笑いながら見つめる飛彩の胸中はさまざまな思いが交錯していた。
本来守るべき相手と共に敵地に赴く。己が抱いた矜恃が消えてしまいそうな気がしたが、それを上回るララクの覚悟を信じようと決めたのだ。
護衛対象が常に近くにいるだけで難しい任務が数段難しい任務になっただけだま自嘲して起き上がる。
黒斗と夜通し作戦会議をしなければと考える飛彩は明日どのように上層部を説得しようかと考え始めるのであった。
「とまぁ、敵は僕らの奪った三つの場所を取り返してくるはずだ」
人間との戦争、ララクの捕獲に賛同したらヴィラン達がリージェの傘下に降り、己の領地を手に入れることに躍起になっている。
城の守りを放棄して離れた場所に広がる別の街に本拠地を移したリージェは全員を集めて作戦を伝えていた。
「奴らの動向を探ることは出来ない……だから今まで遅れをとっていた」
事実、ヒーロー側は少しばかりの時間だが出現の兆候を検知して、先んじて配備出来ている。
故に変身準備を整えられるのだがヴィランとしてはやっと世界を渡ったかと思えば臨戦態勢の敵がいるのだ。
「でも今は別さ。戦いに備えることが出来る」
もはや敵の狙いは一つであり、ヴィランがヒーローの内情を知らないようにヒーローもまたヴィランの内情を知らないのだ。
孤立主義ゆえに城下に住んでいようと情報の共有があまりなされないヴィランたちだが、ララクの裏切りとリージェの発起に賛同するものも多い。
己の領土を夢見るヴィランたちが大量にリージェに従うことにしている。
その数は千を超え、ヴィラン最強の軍団と言えよう。
それが待ち構えているとも知らずに飛彩たちは着々と進軍準備を進めている。
ここで一つ飛彩たちにとって上手く奪還が進みすぎていたことが仇となっていた。
特に警備もされていない、弱いヴィランが異世での生存競争に破れて隠居する場所、のような印象も最近はついてきてしまっている。
リージェはそれを利用しようと凄まじい指揮者としての先見の明を使い、飛彩との再戦を願っている。
「さあ、第一陣は区域に向かうんだ。彼を歓迎してあげよう……」
始祖の悪と対峙したリージェは別人のような展開を放ち、新たな王の咆哮が如き展開を発動する。
その挑戦を受けると言わんばかりに始祖は静観し、リージェを泳がせた。
地球が異世と同じになればヴィランの生存領域は単純に二倍だ。リージェが反旗のようなものを翻したところで種全体で見れば大きな利益となる。
それを知っているから放置しているという達観した目線を感じたリージェは下克上の成功のため、飛彩の力を絶対に吸収するという誓いを立てるのであった。
翌日、潜入チームメンバーを報告する飛彩は黒斗と言い争いになることを覚悟していた。
護衛対象とでも言うべき情報源を結局潜入メンバーに引き入れるのだから。
「ということで、蘭華、天弾、ララクと俺で行く」
「そうか。結局そうしたんだな」
淡々とした様子に嵐の前の静けさを感じる飛彩は怒号を飛ばされる覚悟をしていたが、黒斗は気にした様子もなく事務作業を続けている。
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