諦めたようなコクジョーもまた腕を伸ばし、クロスカウンターを狙うもそれはクラッシャーの画面にヒビが入るだけで居合の勢いは止まらない。
「ハァッ!」
誰の目にも止まらぬ神速の斬撃を認識した頃には、うつ伏せに倒れ込むコクジョーの足元でゆっくりと展開の中へ武器を格納していた。
コクジョーの身体から漏れ出す展開とも血とも取れぬ黒い液体は敗北を物語り、闇の命が潰えたことを知らしめる。
「それにしてもらしくないね、君も冷静なら倒せただろう?」
「あぁん?、馴れ馴れしいぞテメェ。俺の何が分かるんだよ」
仮面から綻びた髪をかき上げるクラッシャーは小さく笑い声を漏らし、ひび割れた仮面を外す。
そこから流れるように溢れた美しい銀髪に飛彩は驚きの叫びを上げた。
「刑!? お前、苦原刑か!?」
「久しぶりだね。君の窮地を救いにきたよ」
「あ、ありがてぇが頭の処理が追いつかねぇぞ!?」
銀色の髪の毛を靡かせる長身の刑は仮面を完全に脱ぎ去り、整った顔立ちを露わにする。
ギャブランと共に戦ったのを最後に連絡を取ってもいなかった飛彩だが、ハイドアウターに操られてしまっていた責任を取り、地方の誘導区域で細々と戦わされていたとしか聞いていなかった。
それ故に素顔を隠して戦っていたことに飛彩は驚きを隠せない。
「お前、展開力の能力を引き下げて早く展開できるようにしてるな?」
「ああ。惨刑場を封印して武者修行さ」
その結果が変身時間の短縮と能力の極大弱化である。
自己顕示欲で悩んだ刑が仮面を装着し、世間から離れたことは過去からの脱却を目指したことは自明と言えるだろう。
「じゃあ、なんであいつの能力を無効化できたんだ?」
「ヤツの能力は単純だ。確率を操作する。ある意味未来を選ぶにも近いが、完全に決めるホーリーフォーチュンの下位互換に過ぎん」
「——は?」
「はぁ……簡単に言えば、俺の攻撃する意志の中で様々なパターンがあると思うがその中から一つを選ぶというものだ」
淡々と語る刑の言葉に疑問符を浮かべつつ城の頂点にある塔へと向かう飛彩は足早になりつつコクジョーの能力を理解しようと考えを働かせる。
「ホリィと同じじゃないのかそれ?」
「いいか? 人間の思考は戦いの中でも雑念がいっぱいだ。コクジョーはその中での確率を操作するに過ぎない」
「じゃあ、どうしてお前の攻撃は必ず当たったんだ?」
冷静な横顔を眺めている飛彩を一瞥することもなく刑は当たり前のことのように呟く。
「この攻撃は『当たる』それ以外を考えなかっただけだ」
「——はっ、すましてくれちゃって! 刑は頼りになりますねぇ」
雑念まみれで戦っていた自分が恥ずかしくなりつつも、並大抵の努力では掴み取れない無我の境地を手に入れた刑に嫌味を浴びせつつも二人は塔の扉に手をかける。
「さあ、早く蘭華たちを助けてララクのところにいくぞ」
「!」
ヒーローの中でも一際展開力の扱いに長ける刑は侵略区域の外から感じる巨大な気配に足を止めてしまう。
まるで全身を握り潰されるかのような錯覚に振り返ってしまった時、希望となるはずの陽の光が絶望として届けられた。
「あー、飛彩ちゃん! 来てたんだ〜」
悪寒と共に振り返ることコンマ数秒。
打ち壊された侵略区域の穴に片足をかけるララクが後光を伴って現れる。
黒い街に夜明けが訪れたにもかかわらず、より深い絶望がこの地を包んだような気がした。
「……彩! 飛彩! 聞こえるか!?」
「黒斗?」
侵略区域に大きな穴が空いたことで通信が回復する。
伝えられるのは良い知らせではないとわかりつつも、遠く離れたララクを見つけてしまっただけで黒斗の言葉を拒否することも出来ずに耳に受け入れるしかなかった。
「レスキューワールド達は敗北した! しかも誘導区域を打ち壊し、そのままそこに向かったせいで異世領域がいくつか発生し、ヴィランが区域外にも現れてしまった!」
暗にこれ以上の救援は送れないと語られた飛彩は刑の肩を引き、塔の扉へと突き飛ばした。
「刑! 蘭華達を頼む! 天弾も安全なところへ運んでくれ!」
「き、君一人でどうにかなる相手ではないぞ!」
「ああ……わかってる」
駆け出した飛彩の背中を見送りつつも、刑にはそれを止められなかった。
覚悟がなく、未だ迷いを抱えている背中だと全てを見抜いても、可能性があるのは飛彩しかいないと感じて。
「飛彩くん! ホリィさん達を連れてすぐ助けにいく! それまで死ぬなよ!」
背後から聞こえた叫びに耳を貸す余裕は飛彩にはなかった。
刑の考えていた通り、ララクに対する答えを飛彩は未だに見つけられないでいる。
故に対話を引き延ばすような作戦ばかりを行なってきたのだ。
「ララク……」
飛彩としてはいっそのこと、バリアーノやサクケーヌ、さらにはコクジョーと同じようなヴィランらしいヴィランでいて欲しかったと嘆く。
なまじ人間らしさを垣間見えさせるララクだからこそ迷いが生まれるからだ。
右脚の高速移動が発動しつつも全速力からは程遠く、光差す穴へはなかなか辿りつかない。
ララクが無理やり結界を押し除けたせいで吹き飛んだ一帯は完全な更地になっていてその場に降り立った人物達が照らされており、暗闇からはよくその姿が視認できた。
「あれは……熱太達か!?」
ララクの足元に転がる三人の戦士はすでに変身が解けており、もはやそこに生命は宿っていないようにも見える。
「飛彩ちゃん! 来てたんなら教えてよ〜!」
無限の遠さにも感じられていた場所に一瞬でたどり着いた飛彩は砂地になってしまった地面で照らされるララク達のところへとゆっくり歩いていく。
深い砂地になっていたが故に足を取られた飛彩は足取りの悪さをそれのせいにした。
怯えや憎しみや、何もかもを通り越してララクと対峙した時の心情は未だに様々なものが渦巻いてまともに思考することが出来ない。
「飛彩ちゃん、この人達お友達でしょ?」
遊園地で遊んでいた時と何も変わらぬ声音。
「あの時は取り乱してごめんね。少しだけ発散したら、頭が冷えたわ」
和解を感じてしまう儚い希望。
「あ、この人たちの命は取ってないから安心して! ちょっとやり過ぎちゃったけど……治したら許してくれるわよね? あ、飛彩ちゃんもその時は一緒に話してよね?」
芽生えかけた友情。
揺れる天秤がどちらに傾くこともないままに、飛彩はララクから数歩だけ離れた場所まで歩み寄った。
そのまま何を語れば良いのかも分からぬままに見つめ合う。
バイザーの奥で迷い、視線を泳がせる飛彩と申し訳なさそうに笑うララクはどちらがヒーローでヴィランなのか見分けがつかないようにも感じられる。
「俺たちと友達になれると思ったのなら、なんで熱太たちを倒した?」
「え、だって……あっちから仕掛けてきたし……それに、ララク、ちょっと機嫌が悪かったもん」
いたずらがバレてしまった子供のような視線の逸らし方に、脅威を覚えているのにも関わらず脅威が薄れていく。
しかし、それこそが飛彩が一番慄いている理由だ。
スティージェンの時とは違う、敵なのに敵と思いたくない心が働いてしまうのだ。
何よりも迷って答えを先延ばしにするためだけに蘭形を助けにきたのか、と飛彩は臍を噬む気持ちになる。
「なぁ、ララク……俺、馬鹿だからよぉ、直接聞かないとわかんねぇんだわ」
「何かしら?」
「……お前とは友達になれてたのか?」
その言葉は残酷なまでにララクの胸を抉る。
より強き者は弱者を労ることも弄ぶことも出来る。
だが弱者からすれば強者とは畏怖の象徴でしかないのだ。
友と強者が思っても、その戯れに弱者がついていくことは出来ない。
人類の代弁をする飛彩を遠く感じたララクは瞳を潤ませる。
「ララクは、そうだと思ってた。飛彩ちゃんだけじゃなくいろんな人と友達になれると思ってる」
「……出来るのか?」
その一言でララクが飛彩に感じていた友情のようなものは千切れて事切れてしまった。
踏み込んだララクの掌底を右膝で封じた飛彩だが、悲しみで彩られた表情をまっすぐ見ることが出来ずにそのまま勢いよく広大な砂地で吹き飛びながら後退する。
「ひどいよ! 仲良くなれたって思ったのは私だけだったの?」
「俺だって信じたい!」
倒れ込まずに持ち堪えた飛彩は片膝をつきつつも顔を上げて悔しさを纏わせた感情を吐露する。
「だけどなぁ、お前らは俺たちを支配しようとする連中だ! 足元を見ろよ!」
横たわる熱太たちは意識がないまま、微動だにすることはない。
飛彩の言う通り熱太たちを見やるも何か間違ったことをしたか、というような困惑したララクしかいなかった。
だからこそ飛彩は歯を強く食いしばる。
「そんな顔するんじゃ、信じたくても信じられねぇんだよ!」
後悔する。
間違いなく後悔の念に包まれることになる。
この日の戦いを思い出して死ぬまで後悔するだろう。
それでも飛彩は大きく振りかぶって拳を突きつけるしかなかった。
「ララク!」
「やっぱり……そうなっちゃうよね」
開かれた傘に打ち付けられた左拳は、逆に展開力が血のように節々から吹き出すだけで傷一つ付けられていない。
それでも飛彩は何度も拳をララクの傘へと叩きつけた。
「人間ぶん殴って憂さ晴らしして! それで冷静になったんなら逆に怖ぇに決まってるだろうが!」
正論を伴った右脚の蹴り上げがララクの鉄傘を後方へと弾き飛ばす。
再び防御される前に決着をつけようと赤い展開力が螺旋を描き、ドリルのような脚撃が鳩尾に向かって発射される。
「お前は変わるのかよ!?」
火花を走らせた金属音がドレス型の鎧に減り込んだ証拠だと手応えを感じたものの、身体をくの字に曲げていたララクはすかさず左手で受け止めていたようでそのまま飛彩を引き寄せる。
「女の子は蹴れない? 迷ってる?」
「ッ! だから、お前は変わるのかって訊いてるんだ!」
あえてララクの問いに飛彩は答えなかった。
むしろ、それが答えになってしまったことに気づかないまま軽々と砂地へと叩きつけられる。
「がっ!」
「私は私よ。人間だったとしてもこの性格や価値観は絶対に変わってないだろうし、変わることもない。私は……キラキラした世界を作るために生きてるの」
その返答を聞いた瞬間、飛彩の心には諦観が蔓延った。
もはや目の前にいる存在は人の形をした「何か」でしかないと決めて素早く足払いしながら立ち上がる。
軸足を刈り取られたララクが空中で横たわった瞬間に飛彩は回転の勢いを乗せた左拳をララクの身体へと振り抜いた。
「いい? だから飛彩ちゃんや……人間が必要なの!」
再び白目を黒く染め上げたララクは空中に投げ出されながらも体勢を整え、飛彩の拳撃を片手でなかったことにしつつ頭を地面に向けたまま悠々と浮かんでいる。
そのまま拳を引いたララクは、薄い鎧である手袋を鳴らしつつ飛彩の水月へと拳を叩き込む。
着撃した拳をねじりながら着地したララクは攻撃の勢いを殺さずに飛彩を空中へと浮かせるように殴り抜けて追撃の構えへと移った。
「な、にッ!?」
黒い涙を流す禍々しいララクの拳はどこを狙おうとしているのか丸わかりのテレフォンパンチだったが、宙に浮かされた飛彩がそれを避ける術もなく。
「どうして飛彩ちゃんこそ分かってくれないの!」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!