「カクリ、いるかぁ?」
「飛彩さーん!」
半開きだった眼は、ぱっちり二重へと早変わり。
クラスの誰にも見せたことのない機敏な動きで迫っていた男子たちの間を抜けていく。
「どうしたんですかぁ? 用があるなら私から出向くのに!」
機敏な動きを披露するカクリと、騒ぎ立てられたことに辟易した表情を浮かべる飛彩は切り替えて短く要件だけを伝えた。
「一緒に帰るぞ」
「あ、はい。蘭華さんたちも……」
「いや、今日は二人っきりだ」
臆面もなく吐き捨てる飛彩の潔さに数人の男子生徒が吹き飛ばされる。
草食系男子が勇気を振り絞っただけではやはり敵わないんだ、と床を涙で濡らした。
しかし動ける男子はカクリと飛彩の関係を問いただそうと逆風の中をかき分けるように進んでいく。
「迎えの車を待つのは面倒だからな。俺のチャリの荷台に乗ってくれ」
「ふ、二人乗りですか!?」
「「「ぐはァァァァァァァァ!?」」」
青春度の高いイベントを目の当たりにした自称陽キャの男子たちは机をなぎ倒して転がっていく。
「くそっ……俺もあの胸を押し付けられながら一緒に自転車乗りたい……!」
次々と倒れていく男子を怪訝な目で見続ける飛彩。
帰り仕度を一瞬で終わらせたカクリは飛彩の背中を押しながら教室を後にした。
まだ倒れきっていないクラスのイケメン達はカクリを諦めることなく廊下へとおどり出る。
その瞬間、振り返った鋭い眼光の飛彩と目が合い、恐怖でその場に立ち尽くした。
「あ、あの人……隠雅飛彩さんだ……!」
「た、確か学校の可愛い女の人をいっつも侍らせてるっていう……!?」
「——カクリちゃんがすでに毒牙にかかっていたなんて! もうダメだぁ、おしまいだぁ!」
そして飛彩が何をすることもなくカクリに片思いをしていた連中は全て砕け散った。
ちなみに蘭華を好きな同級生達も同じように玉砕させている。
「随分と賑やかなクラスなんだな」
「たまたまじゃないですかぁ〜?」
ご機嫌なカクリを不思議に思いながら二人はあっという間に校舎の外へ出た。
基本的に学校へ置きっぱなしにしている自転車を取ってきた飛彩は、カクリを荷台に乗せて自転車を手で押して歩き出した。
「乗らないんですか?」
せっかくの密着チャンスなのに、という言葉を飲み込んでわざとらしく言葉を投げかける。
帰ってきた飛彩の返答はあまりにも意外なもので、カクリは荷台から転げ落ちそうになった。
「漕いだらすぐ帰れちまうだろ? 色々話したいんだ」
「ぬぁっ!?」
暴れ出す心臓に手を当てて、飛彩にこんな甲斐性はない、深い意味はないのだと頭の中で高速詠唱し続けた。
ただ、もしかしたら愛の告白なのではという一縷の希望が自分の中で膨れていくことを抑えることもが出来なかった。
最近は蘭華やホリィ、さらにはレスキューイエローの翔香まで飛彩の輪に加わり始めていたことをカクリは危惧してり、制度的に出来るはずもない飛び級しようと勉強に力を入れている。
ひとえに飛彩と一緒にいる時間を増やしたいという純粋な乙女心だ。
「ななななな、何のお話で……?」
「——お前、身体は大丈夫か?」
「え? 飛彩さんが人の心配……?」
「するわ! 俺を何だと思ってんだ!」
前を向いている飛彩とカクリは目があうことはないが長年の夫婦のように阿吽の呼吸で会話を積み上げていく。
「あははっ。飛彩さんは凶暴ですからねぇ」
「ヴィランに対してだけだろ」
「あと歯が尖がってます」
「関係ねぇだろ!」
クスクスと飛彩の後ろで笑い続けるカクリ。
人気者の飛彩を独り占めしているという優越感もさることながら、この時間がずっと続けばいいのにという朗らかな幸福感に浸っていた。
「ったく、話逸れたじゃねぇか」
「大丈夫ですよ。いたって健康です。能力使いすぎると全身筋肉痛みたいな感じになりますけどね」
かつて限界を超えろ、と何度も強制してきたことを思い出し静かに反省する飛彩。
常に自分の期待以上の働きを見せていたことに自身の能力と向き合い、期待に応えるための努力を惜しまなかったのだろうと推察する。
「あー……いつも無理させて悪かったな」
「気にしないでください。私の使命ですから。母星も飛彩さんの願いを叶えなさいって言ってます」
久しぶりに不思議っぷりを見せられて飛彩は急に気が抜ける思いとなる。
母星ってどこにあるんだよ、というツッコミは堪えて立ち止まりゆっくりと振り返った。
「どうしました?」
「お前の能力って、なんていうか……その……」
煮え切らない態度を見せる飛彩にカクリは何も言われずとも心情を察することが出来た。
何事もないように飄々としつつも、不安に侵食されていたのだ。
封印されていた左腕の強さはカクリとしても記憶に新しい。
しかも変身時間はほぼゼロ秒。
ヴィランそのもののエネルギーを吸収して支配下に置く能力に対し、何のリスクもないとしたらあまりにも都合が良い、とも思えるが実際ギャブランのような凄まじい能力でも基本的にはリスクが低いのだ。
何のリスクもなく強い能力が放てるからこそ強者とも言える。
何と答えるべきか、とカクリは荷台に座ったまま唇に右手の人差し指を添えてムムムと唸り続けた。
「いや、何でもねぇ忘れてくれ」
今、いつもの自信過剰な飛彩は完全に消えてしまっている。
そう感じたカクリはかけるべき言葉を見つけ、その小さくなった背中へと放った。
「——飛彩さん、助けを求めることは恥ずかしいことではないと思いますよ」
「誰がそんなダセェ真似するかよ」
「辛いとか怖いとか……受け止めてくれる人がいるだけで全然違うんですから!」
無言で飛彩は手押しをやめて自転車に跨り、速度を上げて漕ぎ出した。
立ち漕ぎの飛彩にくっつくことなど出来ず、カクリは荷台をしっかりと掴んだ。
「余計な心配かけさせたな。もう大丈夫だから安心しろ」
嘘だ。だが、カクリにはその言葉が紡げなかった。
表情が見えないだけに怖くもあった。そんな気休めの言葉など聞きたくないと感じたのかもしれないと。
それでもカクリは自分の言葉が気休めなどではないと信じ、閉じかけた口を開く。
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