「私はまたいつか……生きとし生けるものから生まれ落ちる」
フェイウォンの言う通り、幾千年の先かそれとも一年後か。
必ず悪の種が花開くときが、いつか訪れる。
「その時は、間違えるなよ?」
「っ……!」
呪詛の言葉を吐こうとしていたフェイウォンに先手を打った飛彩の言葉は優しかった。
拳を交え、何度も死戦を繰り広げた悪の始祖を想う言葉を飛彩はあえて紡いだのである。
「手を取って欲しいなら、見つめて欲しいならどうすればいいか……お前はもう分かったはずだ」
飛彩もまた、拳を交差するときにフェイウォンの心を垣間見ていた。
仲間を想う感情に狼狽した、始祖が最後の一撃に浮かべるには相応しくない様相を。
同情するつもりはないが、飛彩が蘭華や黒斗、熱太達や刑に春嶺のように全てを受け入れてくれる仲間に出会えていなければ寝返っていてもおかしくはないと俯いて。
「我から生まれ落ちた悪に、説教をされるとは……な……」
そのままフェイウォンは瞳を閉じていく。
上半身まで半透明になり始めたことで、いよいよ死が迫っているのだろう。
「だが、これでは終わらんさ」
「!?」
突如、メイやララク、そして飛彩はふらつきながらその場に屈み込む。
「世界展開を……展開力を生み出した我が消えるのだ。すなわちヴィランも全て死に絶える」
「何?」
「安心しろ、受肉した貴様らが死ぬことはない……悪の側面が消え去り、残るのは人の身体のみよ」
ヴィランでなくなることに抵抗も歓迎もないが、力の減衰に飛彩の表情は険しさを増した。
「そう、力をなくした貴様はここから出ることは叶わぬ」
「っ!?」
フェイウォンが崩壊を始めたように飛彩の力もみるみるうちに消え去っていく。
このままではワープホールまで脱出することも叶わないだろう。
さらにメイとララクという供給源を失ったことでホールは不安定になり、どんどんと小さくなっていく。
「飛彩くん!」
「ま、まずい、このままでは……」
動揺する黒斗は公園にいるヒーロー達の変身が解けかけていることに気付いた。
「メイさん! ララク! しっかりして!」
「そんなこと、言われたって……!」
「ま、まさか全ての力がフェイウォンに繋がってるなんて、ね」
苦しげな言葉を吐く二人は片膝をつき、倒れそうな身体を必死に堪えていた。
もはや空間を維持しているのは気合いだけなのだろう。
「ぐっ……早く、飛彩を……!」
熱太達も力の限界に達しているのか鼻血などが伝い始める。
互いに手を差し伸べても届く距離ではなく、浮島から離れて少し高い位置にあるそれを飛彩は呆然と見つめるしかなかった。
「これにて、悪の歴史は一度途絶え、る……」
改心したわけでもなく、最後までフェイウォンは悪としての誇りを貫く。
「貴様の命よりも大切な絆を奪えることが、これほどまでに喜ばしいこととは」
「テメェ……!」
「ははっ、お前の願いを踏みにじれたのだ。これは敗北ではないかもしれん」
やめろと言っても止まるはずのない力の減少に飛彩は歯噛みした。
今更飛彩との絆を求めるわけもなく、悪たる存在ならばどうあるべきかを最後まで徹底したようで。
「再び目覚めた時に見る世界が、楽しみ、だ」
孤独な頂点は、全てを従わせる自分が正しいと飛彩に死の淵でも突きつける。
絆がなければ失うことはなく、奪い続けられると。
「ふっ……本当は笑いたいんだがね、そんな気力もない」
わずかに動く顔を飛彩へと向けたフェイウォン。
その表情は悪意に満ちた笑みを浮かべており、飛彩の説教など何も響いていないと伺える。
「綺麗事を並べるものから奪われ続けるんだ。素直に逃げ出せばよかったものを」
「たった今わかったよ……お前が復活しようと、何度でも止められるってな」
憎々しげに言葉を放っても、フェイウォンが力の崩壊をやめるはずもなく。
絆だ何だと叫ぶ飛彩達の一番大切なものを奪えた、と満足そうに崩壊に身を委ねる。
「生まれ落ちた子も同然のヴィランよ。お前も死ぬ時は、独りだ」
そのままフェイウォンは狭間の世界で灰となり、散っていく。
最後まで自らの掲げる悪に徹した禍々しき始祖は最後に飛彩の絶望を手に入れたと笑った。
「独りじゃねぇ」
「……は?」
消える間際に聞こえた飛彩の声はまだ折れていない。
一瞬は俯いたものの、闘志が滾る瞳にフェイウォンの方が絶望させられる。
飛彩の意志を折る方法はなく、絆とは悪の力では断ち切れないのだと。
「俺は絶対に皆のところへ帰る。死ぬのはお前独りだ、悪の始祖!」
「あぁ……」
仲間を想い合う心の強大さを真に理解させられたフェイウォンは嘆きの中で死の忘却を受け入れた。
「最後まで、思い通りに、ならぬ奴よ……」
どうすれば心を折れたのか。
それを考えるよりも、奪うばかりの惨めな一生を変えることが出来たのかもしれないと絶望が返ってくる。
フェイウォンは、飛彩のような生き方も選べたはずだ、と後悔と羨望のうちにその命に幕を下ろすのであった。
その微かな展開力を奪い取ろうとするも、飛彩の力が呼応することはない。
「展開力そのものが消えてくってのかよ……!」
「飛彩、近くに岩とか浮いてないの? それを渡って来れない?」
「悪い、戦いの中でほとんど消えちまったよ」
「そんな……」
会話も、途切れ途切れのようなノイズが入り始めた。
位置の固定を買って出ていたメイとララクが倒れたことで、負担は他の面々へと引き継がれている。
「ぐっ、うあぁっ!」
最初に血を吐いたのはエレナだった。
ハイパーレスキューレッドに力を託していたこともあり、他のメンバーよりも展開力が少なかったのだ。
変身解除と共に倒れ込むエレナに寄り添う翔香だが、レスキューワールドは三位一体の力ということもあり、連鎖的に変身が解けていく。
「そんな……ダメ!」
「飛彩を救うまで、倒れる、わけには……!」
そう歯を食いしばる熱太は鼻血どころか目や耳からも血を流していた。
展開力の限界を超えた状態に、弱り切った身体が耐えられなくなっている。
ワープホールはみるみるうちに小さくなり、飛彩が入るには窮屈すぎるサイズになっていた。
「ダメです……ダメですダメですダメです! ここで倒れたら飛彩さんが!」
鼻や耳からの流血も気にせず、カクリは幼い顔を険しさに染め上げている。
「落ち着け、カクリ。俺を助けるために死んだら意味ねぇだろ」
「何言ってるんですか! 私は飛彩さんが……!」
気力で能力を維持しているカクリに全員が助けたいとはを食いしばるも、連続連戦による限界が身体に歯止めを与え始めた。
「蘭華、すま、ない……!」
「春嶺くん!」
倒れ込む春嶺を素早く抱きとめた刑だが、想像以上に疲弊していたようでそのまま一緒に倒れ込んでしまう。
「ぐっ……飛彩くん、僕はまだ君に、殴られないんだよ……借りは返させて欲しい」
「安心しろ……皆! 俺は諦めたわけじゃねぇ!」
その空元気はホリィや蘭華にはお見通しのようで。
「仕組まれた因果律! 未来確定の力よ! 飛彩くんがここに戻ってくる未来を!」
ホリィが残る力を全て能力に費やし、蘭華が身体を支えてようやく立てるほどに能力へ集中する。
おかげでワープホールの崩壊は止まるものの、現状維持がやっとというところだった。
「ホリィ、蘭華……!」
「私も! 私も諦めません! 甘い理想でも何でも! 私が絶対に手に入れてみせる!」
「そうよ、すぐに考えるから! 飛彩がこっちに帰ってくる方法を!」
少女達の叫びは飛彩になくなったはずの力を滾らせる。
今までもこのくらいの窮地は乗り越えてきたじゃないか、とかろうじて浮いている岩を見つめてワープホールまでの道筋を考える。
(あいつらが全力でやってるんだ、俺だって……)
見えない狭間の渦に、足を取られることなく突き進む難しさを飛彩は理解していた。
一歩間違えれば重力の奔流に押し潰される状況に、足が震えない訳が無い。
「くっ、うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜……!」
「あれもダメ、これも……どうすれば、飛彩を」
「飛彩さんのためなら、カクリは……」
三人の少女もまた限界が近い。
維持されていたはずのワープホールもどんどんと小さなものへと変わっていく。
微かに見える互いの位置。
そこから視線を逸せないのは、お互いに二度と会えないと感じてしまっているからだろうか。
(四の五の言ってる場合じゃねぇ……ここでもう一回限界を!)
軸足に力が込められた瞬間、今まで感じてこなかった気配に背中が粟立った。
「やめておけ」
その声は驚愕をもたらしたことで飛彩の焦りを逆に落ち着かせる。
「リー……ジェ……!?」
浮島へと着地した黒鎧の主は、フェイウォンの攻撃で風穴を開けられたはずのリージェだった。
異世の崩壊とともに姿を消していたはずの存在に、飛彩は幽霊を見たような気分になる。
地面を這うララクもワープホール越しに見る兄の姿に目を見開いた。
「お前……生きてたのか?」
「ああ。君と決着をつけるまでは死ねないさ」
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